それぞれの成長 ⇔ 過去の記憶

空想小説『マグネの魔界探索記』より抜粋ー
「我々は大きな河に出会った。
後ろからは巨大なジネドラゴンが追い掛けてきていたが、私はまったく慌てたりはしなかった。
指輪をかざし、河に向けて魔法を放つ。氷の矢が何百と束ねて放たれ、河を渡る橋を作り上げた。」

魔法記外伝『トーンズ魔術列車』より抜粋ー
「魔術列車は止まらない。
その心臓部に埋め込まれた魔法石により、雷の魔力が尽きるまで走り続けるのだ。」

『リャジャ・リジャの魔法見聞録』より抜粋ー
「私はその石に命じた。窮地の際は我が盾となり、有事の際は我が矛となれと。石はある時は巨大な敵を貫く槍に、またある時は凶悪な刃を防ぐ盾となった」


「……また、見つけた」
あれから、ジルは様々な文献を読み解くのみならず、果ては空想物語にまで研究の幅を広げていた。
それは今までフィクションだと思考の外に逃していた物が、実は一番自分の求める物に近いのではないかという新しい視点からだった。
ジルは図書館の蔵書整理に加えて、魔法歴史研究の研究者としての仕事を始めた。もちろん、魔力を持たない彼に簡単に資格は与えられなかった。しかしジルは過去十数年に渡り書き上げた論文と、実際に魔法を自らの手のみで操る術をいくつか発表し、瞬く間に研究者の間でも一目置かれる存在となった。
そして十八歳になる頃、ジルは図書館を抜け出して研究棟に専用の部屋を三つ持つ、魔法学研究の教授となっていた。
「ジル、いま良いか?」
軽いノックと共に現れたのは、同じく十八歳となったローだった。彼はその恵まれた身体と、持ち前のアニキ節を評価され、歴代最年少で都市警備守護騎士部隊の隊長となった。
「ああ、どうした?」
「実は、最近またガーランドが不穏な動きを見せているんだが」
「ああ、あの脳筋どもか」
ネルミラ内には特別大きな争い事は無かったが、近隣にあるガーランド帝国が時折火種を見せてくる事があり、両国の関係はあまり良いものとは言い難かった。
ガーランド帝国はネルミラと違い、完全なる武力での統治と発展が成されていた。魔法にこそあまり長けてはいないが、ガーランド周辺の山で採れるメタルコンという鉱石は強度が凄まじく、これを素材に作られた武具はかなり厄介なものだった。
対するミネルタ都市国家は、やはり魔法を纏わせた武具で戦うのが基本スタイルだった。しかし、稀にローのような肉体派もいて、そこにミネルタの誇る強化魔法が加わればかなり頼もしいものとなる。
「良いよ。兵士が平均よりも高い能力で戦えるような作戦を、また考えてみる」
「ありがとう!頼りにしてるぜ、ジル!」
学生の頃から変わらず、二人は互いを信頼し合っていた。ローは部隊の作戦をジルと練り(まあ、正確にはほぼ彼に考えさえて)、ジルはまたローの爽快な性格のおかげで研究の行き詰まった時はかなり助けられていた。
「相変わらずね、二人とも」
ノックも無しに現れたのは、キティだ。
彼女もまた、相変わらず二人と仲良く過ごしていた。
「おや、キティじゃないか。いや、今はロック婦人かな?」
「からかわないで、まだ早いわよ。かなり、ね」
ローが顔を真っ赤にしたのとは対極的に、キティの反応は慣れたものだった。
二人は結局、あの後付き合い始めた。しかしローの実直さに魅かれながらも、やはりジルの鋭い意見や探究心にも強く心魅かれていたのもまた事実だった。
キティは変わらず研究棟に勤めていた。研究棟内での調査、実験に満足出来なかった彼女は、実際に現地に赴いて採取、調査を行う新しいチームを作った。彼女だけは当然既に二十歳を越えていたが、それでもまだ十分に若い。なにより体力を補って余りある好奇心が彼女を動かし、チームはかなりの新発見で都市に貢献していた。
だがそれぞれ立場は変わっても、三人の関係は変わらず友人のままだった。
「しかし、あれから早いものだなあ。ジルが図書館辞めて、研究者になるって聞いたときは驚いたけど、いまや有名教授だもんな」
ローが窓辺に腰掛けながら、しみじみと語った。
窓の外には冬の気配が始まり、キラキラとクリスタルダストが舞うのが見えていた。
「……冬がまた来るな」
クリスタルダストとは、魔法都市であるミネルタにだけ見られる季節の自然現象だ。大気中に含まれる魔法の力と、宝石を加工する際に散る輝きが混ざり合い、冬の始まりのある一時だけキラキラと空気が輝く。
「子供の頃は不思議だったな、クリスタルダスト」
「魔法と宝石を組み合わせた副産物、魔法都市ミネルタの象徴と言っても良いくらいだもの」
キラキラと輝き続ける窓の外を眺めながら、ジルは切なげな目をしていた。寂しそうな、儚そうな、今にも消えてしまいそうな表情だった。
「……ジル?」
不安そうに覗き込んだキティに気付いて、ジルは困ったような苦笑いを見せた。
「大丈夫?何かあったの?」
「あ、いやいや。大丈夫だよ。ちょっとね、昔を思い出していただけさ」
「むかし?」
キティが不思議そうな顔で、聞き返した。
「ああ、そうだな。ボクには昔なんか無いよ」
苦笑いするジルを見て、キティは少しだけ自分の言葉を反省した。
構わず、ジルは続ける。
「たぶん、都市の調査隊に発見される前なんだと思う。ボクは世界樹の根の下に埋まって、意識はあったんだけど、たぶん思考が無かった。変な話だけど、まるで人形みたいに転がって、呼吸だけなんとかしてるような状態だったんだ」
ジルは空を見つめながら、記憶を頼りに語り続けた。
「けど、あの真っ暗な闇の中を漂うような不確かな中で、一つだけ確かなものがあった」
唐突に強い口調で言うジルの態度の変化に、二人は何とも言えない不安を過らせた。
「そうだ、光だ。眩く煌めく、光の群れ。あれは、いや、何だったのか。思い出せない」
ふと目を伏せたジルは、そのまま硬直してしまった。どうやら思考を巡らせ、脳内世界にシフトしてしまっているらしい。
その様子に、ローはただ困った顔で立ち尽くすしかなかった。
「そんなに気になるなら、行ってみる?」
沈黙を破ったのは、キティの声だった。
ジルも体制こそ変えないものの、目はしっかりと開いて聞き耳を立てていた。
「ジルが埋もれてたのって世界樹の根元だから、エリアでいうとウッドブロックの辺りよね?あそこは調査隊の採取探索範囲内に入っているはずだから、次の調査エリアに候補として挙げてあげる。それに特別研究補佐官として参加させてあげるわ、どう?」

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