破滅の碧色 → 時代の終焉

大聖堂での爆発、轟音に気付いたのは、警備の兵たちだけでは無かった。
世界樹の森より先、不可侵エリアの向こうからネルミラを監視し続けていたガーランド帝国。彼らもまた昨今の騒動には危険を感じていたし、世界樹が枯れ落ちたことにも真っ先に気が付いていた。
「これはまさか、ネルミラで暴動か……?」
監視兵から連絡を受けたガーランド帝国騎士団長は、すぐさま国王に進撃を進言しに行った。内乱、暴動、テロ。国が騒ついている隙になら、いくらでも領地拡大のチャンスはある。
隣国のガーランド帝国は、完全なる武力国家だ。およそ魔法は生活の補助くらいにしか使わず、肉体労働と手作業に重きを置いていた。だからこそ、森を挟んで栄える魔法都市には、帝国中が長年敵対心を燃やしていた。それは嫉妬、軽蔑、差別。様々な負の感情が重なり、国民全体に同じ意思が伝わるよう巧みに心理操作されていた。

そして今、そのチャンスが訪れた。

機を逃してなるものかと国務大臣は進撃許可を出し、それにより軍部の人間達は激しく動き始めた。
ガーランド帝国が誇るガーランド鉱石から作られた鎧兜に身を包み、それを加工して磨き上げた剣や盾を手に、彼らはネルミラ目指して歩を重ね始めた。

ネルミラの魔法使い達は優秀ではあったが、およそ実戦経験値も低く戦闘慣れしていない彼らでは、常日頃から戦闘訓練に身を置くガーランド帝国には敵う術など無かった。
帝国の民が得意とするところは、ネルミラのそれとは真逆のものだった。魔法にはほとんど頼らず、鍛え上げた肉体と鉱石資源から成る強力な武具。正確にはそこに多少の魔法石などが混ざってはいたが、およそ帝国に属する兵士達は厳しい鍛錬による己の力のみで戦っており、接近戦での破壊力においてはネルミラなど足元にも及ばなかった。

だからこそ、彼らは勝てると確信していた。

真っ向からの戦争ならいざ知らず、隙を突いての進撃なら負ける事なんてほぼ有り得ない。

そう、自惚れていた。

実際自惚れているという表現は、間違っていたかも知れない。確かに武力でなら明らかにガーランド帝国はネルミラを大きく上回っていたし、彼らには驕りを含めても勝利が掴めるだけの力と経験があった。

彼らに誤算があったとすれば、ネルミラが何故突如内乱状態になったのかを確認しなかった事だろう。

都市の城壁を越えて踏み込んだ帝国軍は、目の前の風景に後悔と死を覚悟した。

燃え盛る街路樹に崩れた城壁と都市の護衛兵団が折り重なり、見える範囲はすべて死体と瓦礫に埋め尽くされていた。
「な、なんだこれは……」
言うより早く叫び声が、いや、その叫び声すら掻き消される速さで、閃光と爆発が辺り構わず巻き起こった。
硝煙か土煙か、遮られた視界の先にユラユラと一人の人影が見えた。

その指先がふと動いたか否か、認識するより疾く閃光が空を走り、鋼鉄に包まれた兵たちの身体を容易く貫いた。

「うわあ?!あ、ああっ……?」

誰もが自身に起きた事を認識できないまま、四肢を、胴体を、首を切り離されて絶命していく。

「な?だ、誰が……?何が起きてる?!」

間一髪の文字通り、本当に髪の毛一本分ほどの奇跡の差異で助かった兵士が、現状を確認せねばと辺りを見回した。

そして、ゆっくりとその姿を表した彼を見て、兵士は明確に死を覚悟させられる。

碧色に輝く髪を宙に舞わせながら、雷を纏うかのように煌めきながら歩を進めてくる。だが見間違いでなければ、彼は宙に浮いていた。ゆっくり、ゆっくり。まるで蛇が獲物を飲み込むかのように、慌ても焦りも見せずにジリジリと迫ってくる。

生きながら丸呑みされる蛙の気持ちで、兵たちは死を覚悟していた。あまりにも強大な力の前に、生物は皆等しく死を受け入れ、抵抗する術を諦める。

「は、はは……。終わりだ、帝国も都市も無い。今日が、まさに、世界の終わりだ……」

碧色の輝きは無慈悲に、しかし平等に、島に生きる全てのものを包み込んで消し去った。

薄れ逝く意識の彼方に、硝煙の向こう側に浮かぶ影と響き渡る笑い声が聴こえた。


ーー帝国暦674年、ガーランド帝国滅亡。

ーー王国暦881年、魔法都市国家ネルミラ滅亡。

ほぼ同時刻に滅び去った二つの国、その滅亡の原因は今尚解明されていない。

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