碧色の青年

「……くそ!何も見えない」
碧色の煌めきは全く衰えを見せず、ローもキティも困り果てていた。ジルの姿も見えなければ、容易に得体の知れない碧色の光に触れることすら出来ない。
しばらく沈黙だけが、二人の間に流れていた。だが親友の無事を確かめるより、今この場で優先されるものなど無いはずだ。ローの中に燃え上がる友情が、彼の身体を動かした。
「……ジルっ!」
意を決し、伸ばした指の先が煌めきに触れるが早いか否か。碧色の輝きは一気に膨れ上がり、天を貫く巨大な柱となった。
「うわあああああっ!!」
弾き飛ばされ、苔の上に転がる。おかげで怪我は負わなかったが、ローは痛みや恐怖よりも、ジルの身を案じた険しい顔で碧色の光を睨み返した。
そして、彼は見た。
碧色の光が弾け、光の柱が少しずつ消えていく。霧が晴れるように次第に明確になっていく視界の先、見覚えのあるシルエットが現れた。
「ジ、ジル……?」
声を掛けて、一瞬、固まる。
現れたのは確かにジルだった。彼のよく知る、痩せ型で少し暗い雰囲気を纏った……。
いや、違う。
現れた親友は、既に彼の知らない姿へと変わり果てていた。
彼を象徴するかのように、艶やかに輝く黒髪は一本も無くなっていた。代わりにエメラルドを散りばめたように、碧色にキラキラと輝く髪の青年が立っていた。
「……だ、誰だ?」
「何を言ってるんだい?ボクだよ、ジル・グルスだ」
ジルは見た事もないくらい得意げな顔で、微笑みながら言った。よく見ると髪だけではなく、身体全体がキラキラと碧色の光を帯びていた。
「ああ、清々しい。最高の気分だ」
ジルは碧色の髪を風に靡かせながら、ふわふわと歩いた。目の錯覚かと疑ったが、よく見ると身体が少しだが宙に浮いているのがわかる。
「……だ、大丈夫なのか?」
「何がだい?今言った通り、最高の気分だよ。だって、ホラ。見てくれよ、ロー」
左手を広げ、天に向けて伸ばす。既にジルの左手は碧色に輝いていた。その掌から、碧色の光が溢れ出る。それは靄のように滑らかに、しかし確実に形を定めてゆっくりと集まっていく。
「ロー、どうだい?」
先程まで碧色の靄だったモノは、鋭そうな剣へと変化した。光を受けて煌めく刃の透明感も、柄の重厚感も全て、どう見ても本物の剣にしか見えなかった。
「ジル、それは……」
「キミの剣より強そうだろ?ロー。魔法だよ、魔法」
得意げに笑いながら、ジルがその刃を振り切ると、刀身が霧の様に消え失せて花が咲き乱れた。
「あはははは、綺麗だろ?」
高らかに笑うジルに、ローは恐怖していた。
明らかに何かがあって、ジルは正気を失っている。だがそれよりも、何があったかは不明だが、突然に魔法が使えるようになっている。
「な、なあジル。聞いて良いか?なんで、その、お前さ。その、髪が碧色に、魔法が…」
ローは焦るあまり、言葉が上手く繋がらない。
「なんで、急に魔法が使えるようになったの?」
はっきりと問い掛けたのは、やはりキティだった。だがそんな彼女でも、微かにだが恐怖に身体も声も震えていた。
「髪の色も碧色になってるし、魔法石……、そこのエメラルドと何か関係があるの?」
「さすがはキティ、ご明察だね」
にこやかに微笑み掛けながら、ジルは掌をまた輝かせた。光の輪が集まって、ハートや星といったファンシーな模様を浮かび上がらせた。やがて花冠のように輪を形作ったそれらは、キティの頭上にふわふわと浮かんでいった。
「ようやく、ようやくだ。ボクは魔力を手に入れたんだ。それも普通の魔力じゃない、無限の魔力だ」
「……無限の、魔力?」
驚いて目を丸くする二人に、さらにジルは続けた。
「そう、無限。尽きる事の無い、永遠の魔力。だから例えば、この森を今から焼き尽くしたとしても、ボクは一切間を置かずに次の魔法を使う事が出来るんだ」
「そんなこと…、で、出来るわけないぜ」
「これだけの規模に火を放つ魔法なんて、きっと国中探しても、一人二人見つかれば良いくらいのレベルよ……?」
「ふふ、まあ森を焼き払うような自然破壊的な趣味は無いから、そんなこともちろんしないがね」
クスクスと笑うジルは、なんだか道化のようで気味が悪かった。何か得体の知れないモノが、ジルの身体を乗っ取ってしまった。感覚的にではあるが、二人はほぼ同時にそう思った。
「さて、では帰るとしようか。土産でも持って」
そう言うと、ジルは細い指先をくいっと動かした。その動きに合わせて、地中から巨大なエメラルド鉱石が迫り上がってきた。
「そうだ。どうせなら、コイツに送ってもらおうか」
指を広げ、二人に向ける。キティもローも、ふわりと浮き上がると、エメラルドの上に跨がるように座らせられた。
「さあ!しっかり掴まってるんだ、二人とも!」
ジルが地面を強く蹴ると、彼の身体は勢い良く空へと飛び上がった。そしてそれに合わせて、エメラルドも浮かび上がる。
「わ、わわっ!」
「ちょ!ちょっと!ジル!」
二人は慌てて手を広げ、巨大なエメラルドの塊にしがみ付いた。その手はエメラルドにぴたりと吸い付き、掴む場所すら無いはずなのに不思議と安定することが出来た。
「よーし!高らかに、凱旋帰国だ!!」
叫びながら、ジルは弾丸のようにネルミラを目指して飛び出した。その後ろを、エメラルドと共に二人が追って飛んで行く。
「わ!うわわわっ!」
「もっ、ものすごいスピードだわっ!」
目も開けていられないような速さで、彼らは都市を目掛けて飛び去っていった。
その遥か眼下で、モノの世界樹がゆっくりと色を失って枯れていったが、誰もそれに気付く事は出来なかった。

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