碧の夢
眩しい。
碧色の光が全体に広がり、それ以外何も見えない。暗闇でない分、いくらかはマシに思えたが、今自分がどうなっているのかは確認出来ない。
『というコトは、つまりは闇も光も何ら変わらないのではないのカナ?』
「……そうだな、そうかも知れない」
答えてから、ジルはハッとした。誰だ?いま自分は、誰と会話したんだ?
『ココだヨ』
声がした方に目を向けると、巨大なエメラルドの塊があった。眩い輝きの中でもわかるくらい、堅固で強大で、鋭い輝き。
碧色に輝く巨大な水晶の集合体のような、そんな印象を受けた。相変わらず光でぼんやりとではあるが、少なくともジルにはそう感じ取れた。
『面白いネ、キミ。ボクに向かってナニカ叫んでいたヨネ?』
その言葉で、確認するまでもなくそいつがあのエメラルドなんだなとジルは確信した。
「ああ、ここは魔法か?まあ、なんでも良い。ボクから奪った魔力、すぐにボクに返してくれ」
『……奪った?』
エメラルドの結晶体は、輝きの中に不思議そうな表情を宿して、聞き返してきた。
『何の話カナ?ボクの名前はエメル、エメラルド魔法石に宿る悪魔だ。キミに会うのは初めてだし、ボクはヒトから魔力を吸い取ったりは出来ないヨ』
チカチカと輝きを点滅させながら、エメルは笑った。いや、正解には笑っているように感じられたのだが。
「そんなはずは無い!ボクの身体から、魔力を全て抜き取っただろう!誤魔化すな!」
ジルは珍しく、大声で怒鳴った。碧色に囲まれた空間の中でも、彼の怒声は強く鳴り響いた。
だがそんな様子も何も意に介さず、エメルは続けた。
『ボクの自己紹介、正しく言い直してあげヨウ。ボクは魔法力そのものを司る悪魔、つまり体内に無限の魔法エネルギーを宿している。だから何者からも魔力を奪うコトは出来る。が、しかし、それをする意味もメリットも、ボクには無い』
ジルは真面目な顔で説明を聞いていたが、睨み付けた眼差しには、まだ深い疑念が宿っていた。
『キミが生まれてくる際に魔力を持っていなかったのは、もしかすると他のエネルギーに変換されてしまったのではないかとボクは考えるヨ』
そう言うと、エメルの指先のような場所から、碧色の球体が二つ現れた。
『だがしかし、ボクにとってはどちらも同じだ。光と闇に差異がないように、エネルギーをわざわざカテゴライズして分類するのは、キミ達の思考や歴史的観点から導き出された考え方の一つに過ぎない。ボクなら、どちらも魔力に変換して使うからネ』
その言葉を聞いて、初めてジルの目から敵意が消えた。
「……という事は、まさかボクの奪われたと思っていた魔力は、違う形でボクの中に宿っている…?」
『可能性は、あるネ』
信じられない。まさに、青天の霹靂。だが、同時に目から鱗の新事実でもあった。今までジルは「奪われた」という考え方以外しなかった為、その自分の中に在ったであろう魔力を「取り戻す」ことばかり考えていた。
だがもし、エメルが言うように、本来在るべき形の魔力が、何らかの理由でその形を変えてしまっていたとしたら。
思考が思考を生み、推測と否定の螺旋階段が彼の脳内で繰り出され始めた。
もしそんな話が真実だとしたら、あるいは魔術器具や呪術の類を駆使すれば、自分にも魔力を宿せるかも知れない。仮に一時的だったとしても、少なくとも「普通に」生きていけるかも知れない。
ジルは学問を己の武器に生きる場所を確立したが、本当はやはり皆と同じように魔法を使いたかった。魔法を仕事に、生活に、人生に取り入れたかった。
そして、それは今まさに、臨界点を迎えた。
その様子を見て、エメルが微かに嗤った。だが、そんな事は当然ジルには気付けなかった。
『……ナア、キミさえ良ければなんだが』
不意に声を掛けられ、反射的にジルは視線を前に戻した。エメラルドの眩い輝きの中に、ぼんやりとだがエメルがコチラを見ている気がした。
『……ちょっとした提案があるんだが』
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