親友の恋 《神を越えろ》

ラプラックス学術棟には、様々な学問を研究する為の設備や部屋が整っている。物理学、宗教学、哲学、化学、生物学。実に幅広く、多種多様な学問が研究されていた。
その中で、彼女は歴史学、特に神話の研究に没頭していた。
「名前はメイン・キティ。歳は俺たちより少し上で十七歳、身長は153cmのちょっと小さめ。性格はちょっとキツい所もあったりするが、基本的には優しい。姉が二人いるらしいが、別の地域に住んでいるから今は学術宿舎に一人暮らしだ。甘い物が好きで、最近は特にハートアップルのパフェがお気に入りだ。髪が長い事を教授に注意されたらしく、先週髪型をロングから肩上までのセミロングに変えた」
ジルは言葉も出ないまま、ローの真剣な横顔を見ていた。
「?なんだ、どうした?早く声を掛けてくれよ!」
ジルは「お前、それストーカーだぞ」の一言を懸命に飲み込んで、彼女を見た。
なるほど。ローが好きになるだけあって、可愛い。金色の長い髪はさらさらと風に揺れ艶やかに輝き、ややふくよかな身体付きも愛らしさを感じさせる。少し童顔な事もあってか、あまり歳上には見えない。
「……よし」
ジルは立ち上がると、彼女に向かって歩き始めた。その様子に驚きながらも、不安と期待に耐えられずローは建物の影に隠れた。
だがその身体は、細く白い手によって捕まれ、無理矢理に彼女の前に引っ張り出された。
「うわあ!」
わざと大きな声を出して、ジルは彼女の前に倒れ込んだ。なるべく怪我をしないように計算したつもりだったが、擦り剥いた掌が痛々しく赤く染まった。
「だ、大丈夫ですか?」
彼女が言うより早く、ローが飛び込んだ。
「何やってんだよ、ジル!大丈夫かっ!?」
はっと気付いたときには、既に二人の目は互いに釘付けになっていた。頬を赤らめながら、ローは憧れの想い人の顔にじっと見入ってしまった。
突然の事態に困惑した彼女もまた、意味がわからないままにローと見詰め合ってしまった。
ほんの一瞬の出逢いが、永遠にも感じられる不思議な瞬間だった。
「あ、いてて……」
ジルの声で二人は我に返り、すぐに駆け寄って彼を立ち上がらせてくれた。
「まったく、びっくりしたぞジル。大丈夫か?」
「どこも怪我はありませんか?」
掌の血を見られないように、すぐにハンカチで軽く拭き取って向き直る。そしてあまり二人の方を見ないまま、ジルは「大丈夫、ありがとう」と機械的に礼を言ってその場を離れた。
彼が去ったことで、ローと彼女はその場に二人きりになる事が出来た。
「あ、あの。アイツ、俺の親友なんだ。ありがとう」
咄嗟の事で動転したせいか、ローはジルの話をしてしまった。足早にその場を離れながらそれを聞いてしまったジルは、「やっちゃったな、ロー」と少しだけ悔しさに眉を潜めた。
「親友?じゃあ、なあに?いまのは、まさか…わざと?」
核心を突く言葉に、嘘の吐けないローは身体全体で思い切り焦りを見せてしまった。心臓が激しく脈打ち、紅潮する顔がさらにそれを強く彼女に知らせてしまった。
「あ、や、その、えっと」
最早ローの持ち味である堂々たるスポーツマン的態度は欠片も無くなり、ただ好きな異性の前であたふたする、どこにでもいる思春期の男子に成り下がった。
「慌て過ぎでしょ。ねえ、あの子。上手く隠してたけど、掌擦り剥いて血が出てたよ?こんなにまでして、貴方達、何がしたかったの?」
彼女の言葉には、少し意地悪さが込められていた。
だが、ローの言葉と態度は、彼女が予想したようなものとは全く違うものだった。彼の目から焦りが消え、輝きを取り戻したかのように信念に満ちた眼をしていた。
「すまなかった!!」
まるで自分に怒鳴るかのような、重い怒りを交えたような声でローは頭を下げながら言った。
「アイツは俺の親友で、俺に度胸が無いから、君との関係をつくるきっかけにと、わざと転んでくれたんだ!それなのに、俺はまだ君の前で焦っている!だが、目が覚めた!ありがとう!やっぱり君は素晴らしい!どうか、俺と友達になってくれないだろうか!!」
叫び終わると、ローは無言で手を差し出したまま止まってしまった。
まるで出来の悪いコントでも見ているかのような感覚に、彼女はしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。
だが裏腹に、不安そうな素振りを一つも見せなくなったローに対して、じわじわと興味が湧いてくるのを彼女自身も止められなかった。
「……ねえ、それはつまり、私が好きになったっていう意味で良いのかな?」
「!!」
再び核心を突くかれ、一気にローの表情にはまた焦りと照れが表れた。汗の滴る音が聞こえるくらいに、彼の時間は止まり、思考がぐるぐると複雑に回り始めた。
だが、ジルの事を思い浮かべると、すぐに表情をきっと戻して顔を上げた。
「はい!貴女が好きです!俺と付き合ってください!」
近年稀に見る、どストレートな告白だった。
あまりに意表を突く返しばかりされて、彼女の時間もしばし止まる事となった。
だが、意外性や変わり種ばかり流行り始めた昨今、逆にストレートな言葉というのは人の心を捕らえるのだろうか。それとも、やはり女性は確かな言葉の方が、より信頼を感じられるのだろうか。
彼女はにやりと笑い、彼の目を見つめながら答えた。
「初対面で告白されるのは悪い気はしないけど、ちょっとすぐ返事をするのは難しいかな」
その言葉に、わかりやすくローの目から光が消え始めた。だが、その光が消えるより早く、彼女はローの手を両手で掴んで続けた。
「けど、君の真っ直ぐさと、さっきの黒髪の彼の犠牲的精神に興味が湧いちゃったよ。だから、友達としてなら、君と仲良くしても良いかな」
単純なローの瞳は、一瞬にしてキラキラと歓喜に満ちて輝き始めた。
「ただし、もちろんさっきの黒髪の彼も一緒に、だよ?」
そう付け加えようと言い切る前に、ローは大きな声で叫んだ。
「ジル!ありがとう!友達になれたぞ!やった!ありがとう!ありがとう!!」
建物の影でじっと聞いていたジルは、苦笑いを浮かべながらほっと胸を撫で下ろした。
「あ、そうだ。まだお互い名前も言ってなかったね。私はメイン・キティ、キティで良いよ。研究棟で歴史研究をしてるんだけど、主に神話やそれに纏わる神々の足跡を研究してるの」
「ああ!お、俺はロー!ロック・ローだよ!図書館で働いてる!」
「そっか、じゃあどこかでもう会ったりしてたのかもね」
クスクス笑いながら、キティは言った。
「私が好きなら、頑張ってね?ロー。私がいま一番好きなのは神々の軌跡、つまり神様なんだから」
「えっ」
驚いた顔で固まるローの肩を叩きながら、キティは研究棟に走り去っていった。
「私を振り向かせたかったら、神様より私がローに興味を持てるように頑張って!じゃあ、またね!」

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