今日の恥

突然だが、今日私は人生最高の奇行を行ったはてに、今病院のベットに横たわっている。

中身の無い奇行。



これまで至って誠実に生きてきた私の、目的も悪意もない、初めてで最後のくだらない奇行だ。



始まりは、友達と車で遠くのコンビニに来ていた時のことだ。

おもむろに昨日見た不思議ちゃん番組を思い出し,「私、歩いて帰るね。」と友人に言って白い目で見られた。だがこんなのは序盤に過ぎなかった。



友達が車でコンビニを出て行くのを確認した後、私はコンビニに戻ってトイレに行った。



そこには重大な問題が待ち構えていた。

今日履いたパンツは白だったのに。





赤い。どちらかというと茶色に近い赤に染まっている。


私のパンツは変色していた。生理によって。
しかも財布も車に置いてきていた。



ナプキンが買えないことに気がつき、大きなため息が床に落ちる。




個室から外を覗くと,肌荒れのひどい清掃員の女の人がいた。

気が動転していた私は、

「すみません、ナプキンとかってあったりしますか?」

と、気が付いたら掃除の人に尋ねていた。


「え、ありませんけど。」


さも迷惑そうに眉間に皺を寄せ、ピシャリとそう言わたので、


「そうですよね〜〜‼︎」


と、謎に高テンションで返してしまい,いてもたってもいられなくなった私はそそくさとトイレを後にした。

そして途方に暮れた。家まで大体8km前後。

歩けば確実に血が滲み出てくるだろう。



だがプライドの権化のような私は、先程の友人に迎えを頼むなどできるはずもなかった。




仕方なくベンチに座り込み,無料ゲームをつついていると、いつの間にか日が暮れ、友人からも何件かメッセージがきていた。

ここに来たのが5時前後なのでもう2時間ほどたってしまったのだ。



本日二度目のため息を地面に吹きかけていると、さっきの掃除の人がコンビニバイトから上がっていた。


気分的に会いたくなかったので、気づかれる前に逃げようとベンチを立つと,
隣で立ってタバコを吸っていたオッサンが

「うわああああ!!」


と大声を上げた。


びっくりして振り返ると,私の座っていたベンチに血溜まりが出来ていた。


出所はどうやら私の股のようだ。今まで気がつかなかったのが信じられない出来事だ。


なのに、当の私はなぜか「まあそうなるよな」と冷静で、しかも貧血で思考がまとまらず、自分の服の裾で血を拭い出してしまった。


拭い始めてから、周りがコッチに軽蔑の目を向けていることに気がついた。



そしてその視線を送る1人に、あの肌荒れのひどい清掃員の人が居るのにも気がついたが、もう遅い。



わざとゆっくり、丁寧に、綺麗に拭ってから(暗かったので本当に綺麗に拭えたかは不明)、走ってその場から離れた。

途中で服の裾が重いことに気がついた。さっきの拭った血が染み付き、べちょべちょだった。


邪魔だったのでその辺に血まみれの上着を脱ぎ捨てた。


何とか家に着いた頃には、淡い黄色だったズボンは赤茶色に染まり,上半身が下着だけの状態に成り果てていた。

オマケに所々乾いた血が、皮膚にこびりつき、動くと産毛が引っ張られて妙に痛痒い。


これまで行ったことのない奇行。浴びたことのない軽蔑の目。

最悪なはずなのに、初めてやったトイレの落書きみたいな、殻を破って、食べてしまったような、変な底知れない達成感のようなものが込み上げてきた。


ふと、突然後頭部を殴られたような鈍い痛みを感じ,膝から崩れ落ちてしまった。
漫画のワンシーンのように、そこからすぐに意識を失うことなくもなく、暫くは痛みの原因について朦朧とする頭で考えながらこの痛みと対峙した。

当然貧血が理由だろう。 だが、私にはそれよりも心理的なものの方が大きい気がした。



それから数分だったかも知れないし、数時間経ってからだったかも知れない。

いつの間にか意識は重く、酷くゆっくりと、暗闇の中にずっぷり沈み込んでいった。


私はそのまま玄関を開けっぱなしで寝てしまった。




どのくらいたったんだろう。あかるい。目を瞑っているから、瞼を通る血の色だけが脳に反映される。

赤。昨日見た私の赤よりもずっと綺麗だ。

瞼をどかすと,明るいのは西日のせいだった。つまり玄関で眠りこけてから朝が来て、丸一日経ったのだ。



そして何故か。


白い布団と独特の匂いのする見慣れぬ部屋にいる。大部屋で他にも寝ている人がいる。




そう。




病院だった。




人生で初めての点滴にも特に感想は浮かばず,そして数日もしないうちに、家に帰ることができた。



そこまでは流れに身を任せるだけだった。

が、


回復してからが大変だった。どうやら近所のおばちゃんが、玄関を開けっぱなしで血まみれの半裸でぶっ倒れている私を見つけて通報してくれたらしい。




そして、これが最も問題だった。
昨日、コンビニでしでかした奇行が噂になって、警察の人に事情聴取されたのだ。自分でもよくわからない事をしたな、と思っていたので答えるのが大変だった。


友達からもたくさんメッセージがきて、どれも返答に困るものばかりだった。



中身の無い奇行。しかも恥というおまけが付き。


今までこんな風に注目されたことがなかったので、不謹慎だが非日常を楽しんでいた私がいる。




数ヶ月後。ほとぼりも冷め、誠実な私の人生が戻ってきた頃,あのコンビニに寄ることがあった。何気なくベンチを見れば、私の血痕であろう、茶色いシミがまだ残っていた。




















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