感動を覚えてる？

　みな自分について、なにか新しいことを知りたいと思っている。誰かに教えてもらいたいと思っている。
「あなたには意外にこういう面があります」という甘い言葉。
「自分はこういう人間だったのか」という美しい発見。
　あるいはそれを感動といってもいいのかもしれない。甘美な情熱だ。自分を探して新しい自分を見つけて明日から違う人生を生きる。この瞬間を記憶して生きよう。新しい歩みを。

　というつもりで翌朝にはもう何も覚えていない。本当に不思議なくらい覚えていない。もう覚えていないということすら覚えていない。

　しかしその何も残らなかった感覚は美しいのではないだろうか。覚えていないということすら覚えていられないくらい、きみの心には他に気になることがあったのだ。

　ずっと深く。心の中に沈んでいる。その淀みは発見するまでもなく自分自身であり、ずっと前に何かを見つけてしまった痕跡だ。

　確かにそこにある。けれどもう無い。もう見つけることはできない。ただ確かに痕がある。今はもうないが、何かがあった。喪失の痕跡。
　喪失でありながらそれはきみのほとんどを占めている。ほとんど一体化してしまったために、ありながら無い。無い痕跡がすべての感動を飲み込んでいく。

　その痕がきみと同じ深さの谷を形作っていた。
　涙が降れば、ほら、何もない谷に虹が。