大人になる第一歩は、先延ばしができるようになることだろう。

　いわゆる世間的に立派な大人の人たちの言動を見てみるといい。ほとんどが先延ばしだ。それは叡智なのだ。多分。

「これはもうだいたい知っているから」「どうなるかほぼ決まっているから」という理由で先延ばしができる。

　楽しみにしていた新刊を帰り道で歩きながら読むことはもう無い。おもちゃの包みをすぐに開けてしまうことも無い。一週間くらいは、場合によっては一ヶ月くらいは寝かしておける。
　楽しみにしていたが、だいたいどうなるかはわかってる。今は他にやることがあるから。

　本当に？　明日には死ぬかもしれないのに。

　喜びだけでなく悲しみも先延ばしすることができるようになる。だいたいどれくらいつらい出来事なのかはもう知っているつもりなので、今は悲しまないでおくことができる。
　悲しいが、今は他にやることがあるから。

　本当に？　明日には死ぬかもしれないのに。

　そうして喜びも悲しみも時差で訪れるようになる。
　より正確に言うと、うまい具合の時差で訪れてくるように人間は自分の感情を操作する。

　まるでその操作で時間を制御できるかのように。

　自分の体と感情を半分壊しながら触媒にして人間は時間を支配したと勘違いする。

　……なんて大げさなことは本当はなくて、きみはただ疲れているだけかもしれない。

　ですからおくすりを出しておきますね。
　この時間という薬はとてもよく効きます。
　「あ」と言う間にもうこの瞬間をさかのぼって効いてるんです。