自分で自分を大切にしなければいけない。

　身近な人を大切に思うならそうらしい。そうするのがいいらしい。あなたといて幸せですよ、と発信し続けるしかないらしい。

　でもそうすると「こっちは苦しいのにおまえはいつものんきな顔をしやがって」と思われはしないだろうか。
　ときどきは苦しんだり悲しんだりするところを見せたほうがよいだろうか。気分の波を見せてあなたに尽くすべきだろうか。気分の波を消してあなたに尽くすべきだろうか。

　自分を大切にする。身の回りのものも大切にする。手入れする。愛おしむ。そんなことで本当によくなるのだろうか。

　夜に高速道路の下の脇道を歩く。地上の橋桁の上で生活の動脈が速く重い音を立てている。

　街灯が右からも左からも照らしているせいで私の影は六人分くらいあって伸び縮みする。
　まるで平行世界の自分が見えているみたいだと思う。この影のうちのひとつくらいに、善良で正しい自分が居て、そのやり方を教えてくれないだろうか。この影のうちのひとつくらいは優しい自分で、この自分の話を聞いてくれないだろうか。

　大切にするべき自分が見えないときに誰かを好きになるのは苦しい。
　好きになったせいできたない自分が見えてくる。

　知らなかったら無害だったのに。
　無害なら殺してしまえたのに。
　大切にしなければいけないらしい。