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妄想の夜

タイA-4


お洒落な音楽を聴くと自分がお洒落になったような気分になる。なるよね。


外国の街を一人で歩いてみると強くなったかのように錯覚する。するよね。

ついでに椎名林檎の曲が勝手に脳内再生される。されるされる。

なれるものなら、一度でいいから、椎名林檎のような色気のある人になってみたいと思う。あの、人を惹きつける綺麗さも強さもあるところがたまらない。

カオサン通りという繁華街を夜に徘徊してみた時の話。

夜8時ごろ。なめられないように、変な人から声をかけられないように、半袖シャツのそでを肩までまくって外に出た。リュックサックは宿に置いていったので身軽だ。いつでも駆け出せる。「カオサン 夜 歩く」とググったら、治安が良いという記事ばかりだったので、大丈夫だという自信はあった。それでも、宿から通りまでの最初の200メートル間は携帯で誰かと会話しているふりをした。一人で外を出歩くときはそうすると防犯になると書いてあったから。でも、誰も自分のことなんて見ていなかった。全く馬鹿らしくなって、すぐにスマホをしまった。

繁華街っていうのは、人の欲望が法律でも取り締まり切れなくてドロドロあふれだしてしまっているところだと思う。みんなそれぞれのことに夢中になっていて、私の居場所はない。だからそういう場所に行くと自分が霞んだ存在になった気がして、良い。どんな服でも何をしても誰にも構われないっていう解放感が、良い。誰にも相手にされないから勝手に椎名林檎みたいな女になった気分になれる。真っ赤なヒールを心で履ける。母親やおばあちゃんが耳にしたら確実に眉をひそめる場所であるのは分かっている。でもそれも楽しい。

路上でブレスレットを売っていた人の髪型が忘れられない。細かい三つ編みを、巻きふん状に束ねていた。「俺の親父がジャパニーズを好きだから、安くしてあげる」という店主の言葉にのって、ブレスレットを360円出して買った。言い値より少しだけ値切れたことで、もう無敵になった思いだった。

「Laughing Gas」と書かれた看板を持った人たちがたくさんいた。違法、ではないのかもしれないが、日本語にしたら笑気ガスだ。アヤシイ。観光客は声を掛けられているようだったけど、私には誰も声を掛けてこなかった。負けないぞと念じながら堂々と歩いたおかげかな。
しかし、よく考えてみると、髪がぼさぼさで化粧もしてなかったせいに違いない。お金がないと思われたんだ。そういえば、店のガラス扉に自分が映るたびにがっくりした夜だった。タイだろうが日本だろうが皆化粧はする。口紅1本すら持って行かなかったのは情けない限りであった。メガネを外せば少しはましな顔が映るだろうと思い、一瞬外してガラスをのぞき込んでみたりもした。相変わらずのぼんやり顔がぼんやり映っただけだった。

一番よく声をかけてきたのはサソリの丸焼きを売る人だった。彼が片手に載せていた銀のバットの中のサソリたちを、じっくり眺めてしまった私も悪いのだが。1匹300円を断ると、次は180円で、なんて言ってきた。4割引きできるんかい。ぼったくりにもほどがある。
通りにはサソリ売りが沢山いた。一人50匹くらいバットにいれていそうな人が10人はいた。夜10時ごろでもバットの中身が減っている人は少ないようだった。ということは、毎日カオサンではサソリが軽く300匹くらいは捨てられるのだろうか。サソリって、そんなにいるんだ。もしかしたら、サソリは毎日捨てずに、使い回ししている可能性もある。あぁ恐ろしい。小心者なので、どうしても買えなかった。悔しい。

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