見出し画像

ビーチ・バム 不真面目な補習

さて、最近youtubeの方では新作のレビューしかやっていない。何しろ旧作だとYoutubeのアルゴリズム上、アクセスがほとんど見込めないからね。

しかし旧作でも、もっとみんなに知ってもらいたい化け物のような映画はある。その一つがハーモニー・コリンXマシュー・マコノヒーのビーチ・バム まじめに不真面目(2021)という映画である。
私はこの映画、まじめに21世紀の映画ではベスト1だと思っている。

全米1の悪ガキ

ハーモニー・コリン監督といえば、「全米1の悪ガキ」とか、「アンファンテリブル(恐るべき子供)」というようなあだ名を付けられ、正規の映画教育を全然受けずに「KIDS(の脚本)」やら「Gunmo」「ジュリアン」など衝撃的な作品を連発した突如現れた天才監督扱いだった。

彼の特徴は、その題材にストリート・チルドレン、知的障害者、ドラッグ中毒者、身体障害者など、非常に奇抜な人選を好み、この社会におけるマージナル(辺境)に住んでいる人々、社会から疎外されて生きている人々をひたすら撮り続けてきており、ある意味この社会のオーディナリーな人々は一歳撮ったことがないというほどの徹底ぶりである。

あらすじ

ヘミングウェイも愛したと言われるキーウエスト島に住んでいる詩人のムーンドッグ。

すごい場所としか言いようがない

かつては詩で有名だったそうだが、今では金持ちの奥さんに生活費をもらってヒモ状態。毎日ドラッグと酒に明け暮れて絶賛ダメ人間なのである。

まずこの時点でまじめな日本人の観客からすると「共感できません」の声が聞こえてきそうだけど、正解である。共感できなくていいのである。

彼は奥さんや娘とは別居しており、娘の花婿候補からは「とっとと失せろクソ野郎」なんてまったく根も歯もないことを言われているのだが、いやまさに一般的な感覚から言えば正論なのである。

地味なキャラだけど、正論ティー

しかしそんなムーンドッグに対しても別居中の奥さんのミニーは唯一彼のことを嫌っていないのである。

そのミニーの気持ちがこの映画の救済になっているのだが、ところがミニーはある日オーバードーズが原因で亡くなってしまう。
このこと事実上、ムーンドッグの全幅の理解者はこの世界に誰もいなくなったと言っていいのである。

しかし、ミニーは自分がいなくなれば誰もムーンドッグを守ってくれる人などいないことをずっと前からわかっていた。
それゆえに50億円もの遺産をムーンドッグに相続させるにあたり「詩集をもう一度出版すること」という法的な条項をつけていた。
彼の人生を立ち直って欲しかったのだ。

だが人間そう簡単に変われるものではない、ムーンドッグは相変わらずその日の酒代を得るために盗みまで働く始末で、結局更生施設送りになるが、そこもまた脱走してしまう。全然成長しているように見えないのである。

しかしなんだかんだでようやくムーンドッグは友人たちの助けもあり詩集を出すことに成功して50億円を相続することができるようになる。
ところが、なんとここでムーンドッグ、あろうことか50億円のキャッシュに火をつけてまた馬鹿騒ぎをして全て燃やしてしまう。

何やってんだやめろ!

破天荒すぎるだろうという感じなのだが、しかしこのシーンでムーンドッグは「ミニーのために花火をあげるんだ」と言っている。つまりこれは死者への彼なりの送り火だったのかもしれない。
彼は結局ミニー以外に自分を受け入れてくれる人間など誰もいないこと、そのミニーが去った以上もう現世に望むものは何もなかったのかもしれない。
これは彼女への感謝の行動だったのではないかと思うのだ。

さてあらすじはこんな感じなのだが、設定にある要素を拾ってるページがあまりに少ないので不詳私が補足していく。


「ムーンドッグ」とは何者か。

これは1940代にニューヨーク6番街にいた実在の浮浪音楽家Moondogことルイス・トーマス・ハーディンというキテレツな音楽家から来ているだろう。

自ら「オーディンの服」と名付けた自作の服を着て、自作の楽器を演奏

「6番街のヴァイキング」なんて呼ばれていた変わり者。ムーンドッグという自称はどこから来たのかというと、ある日夜道をフラフラ歩いているときに、1匹だけやたら「月に向かって吠え続ける野犬」がいたそうで、そこから拝借したそうだ。なんだか朔太郎を思わせる逸話であるな。

月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。

萩原朔太郎 月に吠ゆる

ただし、キャラ造形はこのmoondogさんからだけ来ているわけではない。
作中でムーンドッグが読む詩「The beautiful poem」はR.ブローティガンのものから来ている。

The Beutiful Poems

I go to bed in Los Angels thinking about you.
Pissing a few moments ago
I looked doen at my penis
affectionately.
Knowing it has been inside 
you twice today makes me 
feel beautiful

美の詩

ロサンゼルスで君のことを思いながらベッドに入った。
さっきオシッコをする時に自分の性器をじーっと見てみた。
これが君の中に今日2回入ったんだよなあと思うと
「美しい」ということが何かわかった気がするんだ。

R.ブローティガン チャイナタウンからの葉書 翻訳:わい


youtubeなんかをちょっと見渡してると、「ムーンドックはブコウスキーぽい」なんて言ってる人がいたけど、とんでもない。ブコウスキーとブローティガンではまったく違う。ブローティガンの特徴は、破天荒でありながらも根底に優しさや明るさが漂っているところなので、この2人を混同するようじゃ、悪いけどエアプ。この映画はコメディであって全編優しさに包まれた音楽で彩られ、狂ってるけど優しいというブローティガン味が横溢している。

最初にお話しした通り、倫理や道徳的にはムーンドッグの行動や人生というのは共感することは出来ないし、ましてや生きる見本にするなんてのは絶対にダメなことだ。ダメ、絶対。
それでもこの映画はハーモニーコリン自身が、「皆さんに嬉しい気持ちになって欲しい」と述べているように、「社会から疎外された人、もう取り返しがつかない人、そういう人生の人たちにも今日も太陽の光は美しく注いでいる」というテーマを持った、信じられないほど美しい映画に仕上がっている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?