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Cabbage3

《your side》
「昼ご飯をウチで食べるつもりらしいので、昼前には来ると思います」というギョンスさんの言葉通り、11時頃になると砂利道を走る車の音がした。

お!大男さんが来たぞ!

引っ越し作業の手を止めて迎えに出る。
あれ?ギョンスさんが大男って言うからプロレスラーみたいな人を想像していたんだけど、違ったみたい。車高の高いアウトドア車から颯爽と降りてきたのはモデルみたいなシュッとした男の人だった。

えー!?この人?

確かにデカい。大男。でも、思ってたんと違う!
イケメン!分かりやすくイケメン!
仕事の途中で出てきたのか、洗いざらしのつなぎにモシャモシャの髪というラフな姿だけど、それすら様になっている。

イケメン大男さんは出迎えに出た私を見ると、お化けでも見たみたいに大きな目を更に大きく見開いて

「え……?あ……い、いる……何で……」

数歩後ずさると、ジャカジャカと派手に砂利を蹴ってギョンスさんの家へ走って行ってしまった。

……「いる」って、私のこと??

何が何だか分からず立ち尽くしているとイケメン大男さんの叫びが響いた

「ギョンスー!ギョンスー!ギョンスー!聞いてないよ!ちょっと!ギョンスー!ギョンスヤーー!」

めっちゃ呼ぶじゃん。

※・・・※・・・※

少ししてギョンスさんとイケメン大男さんが連れ立ってやって来た。心なしかギョンスさんがうんざりして見える。

あれ?

大男さん、さっきまで着てたつなぎの上半身を脱いで腰の所で縛っている。細い腰が高い位置で強調されてすごくスタイルがいい。モシャッと乱れていた髪も計算された無造作ヘアに変わってる。

「はじめまして!チャニョルです。近くで牧場やってます」

キラキラの笑顔で挨拶したかと思うと、ガッと手を掴まれてブンブン握手される。

「は、はじめまして」
「まだ引っ越して来てないと思ってたので、こんな格好でごめんね」

ちょっと眉間を寄せて、イイ男の顔を作ってる。声も作ってるよね?さっき「ギョンスー!」って叫んでた声とは別人だ。

「こいつ、もう居るの知ってたらもっとお洒落してきたのにーって騒いでました」
「あっ!言わないで!」

なるほど、私が居るって知らなかったのか。それでさっき走って逃げたと……。
いや、何で?
何もしなくても充分カッコいいのに面白い人だなぁ。
チャニョルさん、ぶんぶんと握手しながらTシャツの袖をたくし上げたものだから、鍛えられた逞しい腕がぜーんぶ見えた。いや、見せられた。

あー、はいはい、褒めて欲しいのね。

編集部には筋肉自慢が多かったから、鍛えてる人の心理はお手の物。可愛いもんだ。「但しイケメンに限る」だけど。

「腕、スゴイですね。鍛えてるんですか?」
「えっ!いや!全然ですよ全然!仕事で!自然に!」

めっちゃ嬉しそう。素直というか単純というか……こんな容姿と様子が噛み合ってない人初めて見た。

「おい、いつまで手握ってるんだよ。運ぶぞ」
「お、おう、待ってよ~、ギョンスー」

ギョンスさんはさっさと物置へと行ってしまった。

※・・・※・・・※

男二人掛かりであっという間に冷蔵庫と洗濯機を運んでくれた。嬉しい!これで現代人らしい生活が出来る。
実は昨日もギョンスさんに夕食を作ってもらったから、ありがたい反面申し訳なくて……
でも美味しかったな~、ブロッコリーたっぷりのマカロニグラタンとコールスローサラダ、アスパラのポタージュは初めて食べた。コールスローには黒コショウが効いていて、ギョンスさんのアレンジなのかな?後で聞いてみよ。

「さて、これで配線もバッチリですね」

軍手の埃をパンパンはたきながらギョンスさんが立ち上がる。

「ありがとうございます!本っ当に助かります」
「こんなことで良かったらいつでも呼んでね」

チャニョルさんが力こぶを作って見せる。

「さ、みんなで昼飯食べよう」

恐縮しながらもギョンスさんの家に三人で移動する。
玄関に続く軒下には家庭菜園の道具や長靴がきちんと整理して置いてあった。庭には小さな桜の木があり、その周りには野草なのかハーブなのか良い香りのする花々が咲いていた。菜園には小さなプラカードが何本か立てられていて、何をいつ植えたのか分かるように書かれていた。
優しくて穏やか、それでいて几帳面な気配も漂っていて何だかギョンスさんらしい庭だった。

「お邪魔しまーす」
「上がって上がって!むさくるしい所だけど!」
「お前が言うな」

チャニョルさんが答えてギョンスさんにどつかれている。
初めて上がったギョンスさんの家は畳、ちゃぶ台、縁側の三点セットが揃っていて理想の実家みたいだった。

お、落ち着くぅ~~

やけに物が少ないけど、男の人の一人暮らしってこんなものなのかな?

「落ち着きますね~、最高!」
「でしょ、でしょ?ギョンスんチ、良いんだよな~」
「どうも」

やかんから温かい麦茶を淹れながらギョンスさんが微笑む。

「じゃ、ご飯の用意してきます」
「手伝います!」
「じゃあ俺も!」

立ち上がりかけたチャニョルさんを「お前が来ると狭いから」と制してすぐ隣のキッチンに向かう。
ギョンスさん宅のキッチンは、キッチンというより台所と言った方がしっくりくるような古さだった。けど、すごく綺麗に使われていて、ギョンスさんの大切な場所であることが伝わってきた。慣れた手つきでエプロンをしながら

「今朝、蕎麦を打ったのでそれを茹でます。あと付け合わせに天ぷらを作ります」
「お蕎麦打ったんですか?今朝?」
「はい、美味しく出来ているといいんですが」

料理が趣味とは言ってたけど蕎麦まで打つとは…
手際よく動くギョンスさんの横でオロオロと鍋やザルを洗うのが精いっぱいだった。

「じゃあ、蕎麦を一人前ずつ盛ってもらって、余りはそっちの皿に入れて下さい。チャニョルが食べるでしょうから」

綺麗な色のかき揚げをお皿に盛り付けながら指示してくれる。

「チャニョルー、天ぷら塩で食う?」
「んー」
「すみません、そこの引き出しに岩塩があるので少し削って下さい」

岩塩を……削る?
言われた通りに引き出しを開けると拳の大きさのピンク色の岩塩の塊が入っていた。え?これって一般家庭にある物なの?すぐ横におろし金が用意されていて、ギョンスさんの手際の良さの理由を見た気がした。

「チャニョルー、取りに来てー」
「んー」

この二人のやり取り、親子みたい。
お母さんとでっかい息子。
ヌッとチャニョルさんが現れると途端に台所が狭くなる。

「おっ!美味そー!」
「あっ!コラッ!つまみ食いすんな!」

やっぱり親子だ。
フフッと笑うとチャニョルさんがエヘヘと笑い返してくれる。ちょっとだけ見つめ合う形で笑い合っていると

「ほらほら、運ぶぞーー」

ギョンスさんが二人の間を切り裂くようにお盆を持って通り過ぎた。

※・・・※・・・※

「あー、食ったぁ~」

両足を投げ出してバタンと後ろに倒れるチャニョルさん。横になると本当に大きい。チャニョルさん用に多く茹でたお蕎麦も、夕飯の一品にしようとギョンスさんが多めに揚げた天ぷらも全部食べてしまった。「まだ食うの?」と言いつつもギョンスさんは嬉しそうだった。
しばらくすると寝息が聞こえてきて「子供かよ」と言いながらもタオルケットを掛けてあげていた。

食後に「これ位はやらせて下さい」と立候補して淹れさせてもらった緑茶を飲みながら、ギョンスさんとお喋りをする。ギョンスさんの纏う空気感とこのお家の雰囲気がピッタリで、出会って数日の人とは思えない位馴染んでしまった。いや、いきなりドキドキさせられるから油断は出来ないんだけどさ。

外はポカポカ温かくて花は咲いてるし、何か小鳥も囀っちゃってるし、まるで桃源郷。

「打ち立てのお蕎麦って初めてで、すっごく美味しかったです」
「そうですか?打ったかいがあります」
「今度、打つところ取材させてもらってもいいですか?SOTODEROのホームページ内にブログ持つことになったんです」
「いやいや僕なんて。村の蕎麦打ち名人を紹介しましょうか?」
「いえいえ!若い人の方が読者も親近感湧くでしょうから是非ともギョンスさんで!」
「そういうことなら…」

わぁ!照れた!耳が赤い!かーわいー!

「そうだ、昨日いただいたコールスローなんですけど、ブラックペッパーが効いててとっても美味しかったです」
「マヨネーズだけだと飽きてくるんで、胡椒多めに入れたんですよ。季節によっては柚子とかも意外とマヨネーズと相性良くて」
「ギョンスさんお料理上手でスゴいなー。私、実家出たことなかったので手伝い位しかしたこと無くて……でも冷蔵庫も置いてもらったし、今夜から自炊頑張りますね」

…………

沈黙が続いて、あれ?とギョンスさんを見るとどこか思い詰めた顔をして湯呑みをじっと見ている。

「……そのことなんですけど、僕が……その……毎日夕飯作ったら迷惑ですか?」

両手でモジモジと湯呑みを揉んでいる

「え?」
「あっ!……いや、その、近くの農家さんから野菜を沢山貰うんですが一人じゃ食べ切れないんですよ」
「あ、あぁ〜、なるほど」
「野菜を分けてもいいんですけど、僕も料理したら誰かに食べて欲しくて…。美味しそうに食べてくれるし、もし、嫌じゃなければ……」

どんどん声が小さくなって、反対に耳が赤くなっていく。
あぁ!うんうん!食べる、食べるよ!鍋ごとだってたいらげる!作って!何人分でも作って!

あまりの可愛らしさに抱きつきたい衝動に駆られる。

「こちらこそご迷惑じゃなければ、とっても助かります!」

パッと顔を上げると、それはそれは嬉しそうに笑った。笑うとまぁるいほっぺがムニュっと出てきてツヤツヤ。赤ちゃんだ。

「良かった。平日はそんなに手の込んだ物は作れないですけど」
「いえいえ、もうすっごい楽しみです!」

「ふぁあ〜……、何盛り上がってるの~?」

ギューンと伸びをしながらチャニョルさんが目を覚ました。

「何でもない。そろそろ帰らなくていいのかよ?オヤジさんに怒られるぞ」
「ヤベ!じゃあな!あ、また会おうね、絶対だよ!」

私の手を取ってブンブンと握手をすると、ドシンバタンと賑やかに音を立てながら帰って行った。

※・・・※・・・※

《Kyung-soo side》

『これから帰ります』

すぐに既読が付いて『お疲れ様です』のメッセージとペンギンのキャラクターが『お腹すいた』って言ってるスタンプが送られてくる。お、新しいスタンプだ。可愛い。
彼女が越してきてからそろそろ1ヶ月。大体の夕飯の時間が分かるように、仕事終わりに連絡するのが習慣になった。初対面の頃の堅苦しさもだいぶ取れてきた…と思う。

終業後の誰も居ない役場の廊下で一人ニマニマしていると、後ろから肩をガッと抱かれた。上司のスホ部長だった。

「幸せそうな顔してどしたー?ん?」
「いや、何でも無いです」

スホ部長のホールドから逃れようと身をよじる。

「おっ!もしかして例の雑誌の?仲良くやってる?」

スマホの画面を覗き見たことを隠しもせず聞いてくる。

「ちょっと、プライベートですよ」
「あはー、ゴメンゴメン。同じ釜の飯食った仲じゃないか」
「それはそれ、これはこれです」

大学時代に同じ学生会館に住んでいたスホ部長、大学は違ったけど同郷ってことで可愛がってもらったし、上司と部下の関係となった今もお互い遠慮が無い。俺が予約していた公用車に乗って行ったのもこの人なら、世話役の仕事を振ってきたのもこの人だ。

「上手くやってるの?」
「上手くって何ですか」
「仲良くなった?」
「仲良くは…なりましたけど」
「付き合う?」
「まだ、そんなんじゃ…」
「まだ?じゃ、いい感じなんだな?」
「まぁ、その…」

毎日俺の家で夕飯一緒に食べてるなんて言ったら「何やってんだ、早くキメろ!」とか言いかねない。この人、せっかちだから。
勝手に盛り上がるスホ部長を何とか撒いて帰路につく。
別に関係を急ぎたいわけじゃない。ゆっくりでいいんだ。

※・・・※・・・※
《your side》

車が砂利を踏む音が聞こえると作業の手を止めて急いで外に出る。出迎えは必要ないと何回か言われたけど、仕事して帰って来て夕飯まで作ってくれるギョンスさんに「おかえり」を言いたくて結局毎日出迎えている。

「おかえりなさーい」
「ただいま……」

一人暮らしが長くて出迎えに慣れないというギョンスさんが照れ臭そうにボソッと答える姿が何とも可愛い。
駐車場から玄関までの短い間に、その日の出来事を話すのもいつものこと。この1ヶ月、ギョンスさんの帰りが遅い日を除いて毎日一緒に夕飯を食べて、だいぶ打ち解けた。

「今日は再来月号の記事を書き上げました!この前、ギョンスさんに手伝ってもらった外壁のペンキ塗りの時のことも載りますよ」
「それは楽しみです」

ギョンスさんは職業柄あまり外部の人間に仕事の話は出来ないから、つい私ばかり話してしまう。

「あ、そういえば、昨日からお風呂の調子が悪くてなかなかお湯にならなくなっちゃったんですよ」

湯船に冷水を溜めてから温めるという古いタイプの湯沸かし器を使っているのだけれど、どうも昨日から調子が悪い。

「もう古いですからね。修理を頼んでおきます。昨日はお風呂どうしたんですか?」
「ぬるま湯でパパっと」
「それはいけない!風邪を引きます。言ってくれればお風呂貸したのに」
「えぇっ!?家のお風呂はハードル高い……」
「ハードル?何言って……あっ!良い所がある!ご飯食べたらお風呂行きましょう」
「銭湯でもあるんですか?」
「似たようなものです」

玄関の鍵を開けながら悪戯っぽくフフと笑った。

※・・・※・・・※

「旬が終わるまで延々に色んな所から同じ野菜貰うんで、しばらくキャベツとブロッコリーが続きます。覚悟して下さい」と言うギョンスさんの言葉通り、仕事先からキャベツを貰って来たり、いつの間にか玄関の前にブロッコリーがダンボールで置いてあったりするのが田舎の日常らしい。今日もキャベツだけど、色んなメニューを駆使して飽きないようにしてくれる。尊敬。ちなみに、今夜は春キャベツたっぷりキムチチゲだった。

食後の片付けもそこそこに、お風呂の用意をして来るように言われた。

「さぁ、行きましょう。すぐですよ」

※・・・※・・・※

家から更に10分程車で山を登ると、レトロなオレンジ色の裸電球に照らされた丸太小屋に着いた。

「ここって?」
「共同浴場です。村民なら誰でも無料で入れます」
「もしかして…温泉?」

少し得意げに眉を上げてコクコクと頷くギョンスさん。

「嬉しーーい!実は昨日、冷えちゃってよく眠れなくて!」
「だから、言ってくれれば……」
「さぁ、早く入りましょ!入りましょ!」

温泉と聞いてテンションが上がり、ギョンスさんの腕を引いてグイグイ歩いて行く。ギョンスさんの少し上ずった声が後ろから聞こえる。

「いっ…いいですか、ここは夜はほとんど人が来ません。何があるか分からないので絶対に一人で来たらダメです。しばらくは毎日お風呂も一緒ですよ」

「えっ!?あ…は、はい」

うわぁ、また出たよ。
ギョンスさん、自分が何言ってるか分かってるのかな…?これだけ毎日、夕飯一緒に食べて更にお風呂も一緒とかもう…そんなのさぁ。
いくら世話役とはいえ面倒かけ過ぎだよね。ギョンスさんは私のことをどう思ってるんだろう。私はすごく楽しいし嬉しいけど、さすがに負担になってないかな…ギョンスさんの親切に甘えてばかりの生活に一抹の不安がよぎる。

※・・・※・・・※

小屋の中に入ってみると簡素な脱衣所と手作りの岩風呂があるだけの小さなお風呂だった。もうもうと立ち込めた湯気の奥からはトポトポと湯船にお湯が注がれる音が聞こえてきて、知る人ぞ知る秘湯に出会えた気がして興奮した。

「すごーい!めちゃくちゃ雰囲気ある!後で取材させて下さい!」

大きな声で男風呂のギョンスさんに話しかける。

「気に入った?」
「もう最高〜」

アハハと笑う声が聞こえて水音が続く。あ、そうかギョンスさんもお風呂か。意識すると色々想像しちゃう…いやいや、ちょっとヤメなさいって。ザバッと頭からお湯をかぶって邪念を払う。

※・・・※・・・※

「先に出まーす」
「はーい」

男風呂の引き戸がガラガラと引かれる音がする。
これって一昔前の新婚さんみたいじゃない?赤い手ぬぐいマフラーにするやつ。ひとりでニマニマしながら急いでお風呂から上がる。髪を拭きながら外に出ると、すぐ横のベンチで濡れ髪に黒いスウェット姿のギョンスさんが涼んでいた。
初めて見るくつろいだパジャマ姿。良いモノ見た。

「お待たせです。いい湯でした〜。あー、熱い。何か飲み物持って来れば良かった」
「あー、ビール?」
「いいですねぇ。でも残念、買い置きがなーい」

こういう時はコンビニが無い暮らしが恨めしい。

「うちで飲みます?」
「いいんですか?」
「もちろん。よし、じゃあ急いで帰ろう」

スクッと立ち上がると車に向かって急に走り出したギョンスさん。
えっ!?こんな無邪気なこともするんだとびっくりしたけど、私も負けじと「まって〜」って追いかけて、二人で笑いながら車のシートにドサッと座った。どうよ?ねぇ?

※・・・※・・・※

さっきまで夕飯を食べていたギョンスさん宅の居間で、今度はビールで乾杯する。ちゃんとグラスに入れてくれたビールがよく冷えていて美味しそう。乾杯する。

「んー、美味しー!お風呂上がりのビール最高!」
「おー、いいですね。沢山飲んで」

喉が渇いていたのもあってついグビグビ飲んでしまった。私の飲みっぷりを見てニコニコしながら追加を注いでくれる。

「ギョンスさん、お酒飲む人だったんですね。いつも夕飯の時飲まないから」
「毎日は飲まないけど、休みの日とかは」
「そっか、明日土曜日ですもんね。じゃあ、今度から買い出しの時ビール担当になりますね」
「そんなのいいよ……」
「いえ、私も心おきなく飲みたいので是非買わせて下さい!」

大袈裟に頭を下げてお願いすると、ハハッと笑って「じゃ、ご自分が飲む分だけお願いします」と言ってギョンスさんがもっと深々と頭を下げたので二人で笑った。

お酒もそこそこ進んだ頃になると、見るとも無しに流していたテレビのバラエティが終わってドラマが始まる。そろそろお暇しないとと思いつつも、最近ハマっている時代劇だったのでつい居続けてしまう。だって居心地いいんだもん。

「あの俳優さんが王様の息子役でお世継ぎなんですよ。だけど奥さんと姑の裏切りにあって暗殺されそうになるんです。で、命からがら逃げるんですけど記憶を失ってしまって、助けられた農村で偽装結婚してダメ夫として生活するんです」
「ふぅん」

あんまり興味無いかなとチラッとギョンスさんを盗み見ると、結構真剣に観ていてホッとする。所々説明を挟みながら物語が進むにつれ、二人ともどんどん話に引き込まれて無言になる。

……ん?あれ?この俳優さん、ギョンスさんに似てるな。目とか眉毛とか唇とか。
アハ、そっくり。

ほろ酔いだったのも手伝って、つい大胆に横顔を見つめてしまった。うーん、いつ見ても完璧なフォルム。
視線に気付いたギョンスさんが振り向くと、今度は私が見つめ返される番だった。ギョンスさんの視線は強くて、一度捉えられると簡単には目をそらせない。テレビの音が遠のいて、代わりに心臓の音が大きくなる。
どちらかが行動を起こせば何かしら始まりそうな、甘くて危うい緊張感が二人の間に流れる。

……先に逃げたのは私だった。別に逃げる理由なんて無かった。だって好きなんだし。けど、悲しいかな経験不足が災いして、どうしていいか分からなくなった。

慌ててテレビに視線を戻すと折悪しくキスシーン。よりによって今!?アワアワしながら話題を求めてギョンスさんが用意してくれたおつまみに手を伸ばす。

「こっ、このナッツみたいなの何ですか?」
「…松の実です」
「へ、へぇ〜、初めて食べるかも」

私の手がお皿に届くより一瞬早くギョンスさんの手が伸びて松の実を摘まむと

「どうぞ」

私の口元にその手を伸ばす。

いやいやいやいや!「あーん」てこと?
そんな!?いいの!?

口元の松の実からギョンスさんに視線を移すと、少し首を傾げながら頬杖をついている。いつも礼儀正しいギョンスさんの崩れた姿が妙に色っぽくてドキッとした。その表情から感情は読み取れないけど、目元がうっすら赤らんでトロンとしてる。

あれ?もしかして結構酔ってる?
あー、なるほど、酔っ払いのおふざけってこと?
じゃあ、これは深く考えないで乗っかっちゃって大丈夫なやつ?

恐る恐る指先に口を寄せるとギョンスさんが「あー」と口を開けて、私に口を開くよう促す。うぅ、何か…何か…

ポトリ

小さな実が舌の上に落とされる。反射的に少し口を閉じてしまい、ギョンスさんの指が唇をかすめた。

「美味しいですか?」

無言でこくりと頷く。ドキドキして味なんてしない。

「それは良かった」

そう言いながらごく自然な流れで指に付いた塩を舐めた。

舐めた!舐めたよこの人!この歳になってこんなことで騒ぎたくないけど、か、間接キスじゃん!
これも無自覚にやってるの?
あぁもう、何て人なんだろう。心臓がもたないよぅ。

その日、私が眠れぬ夜を過ごしたことをギョンスさんは知らない。

Cabbage4に続く

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