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Cabbage5

《your side》

「うん、カンッペキ。元々可愛いけど、もっと可愛くなった」

鏡越しに目を合わせてニカッと笑うベクちゃんのお世辞にスマートな返しが浮かばずヘラヘラする。
うん。でも…我ながら…
まじまじと鏡の中の自分を見る。

忙しさにかまけて放置されていた髪は軽やかに肩の辺りでカットされ、ツヤのある栗色のカラーが施されている。

今日はスクーターを譲ってもらう代わりにと約束していたカットモデルの日。想像していたより大掛かりで、美容院のスタッフ総出みたい。

「んじゃ、メイクもすんね」
「え?ベクちゃんがやるの?」
「そだよー。俺、上手いんだ。俺好みの女にしちゃる」

軽口を叩きながらもベクちゃんの目は真剣で、私自身を見ている訳じゃないと分かっていてもドキドキする。

「はい、完成!目を開けて」
「……うわぁ〜〜、別人」
「んじゃ、お着替えよろしく。スタッフぅ〜、スタッフぅ〜」

ベクちゃんが芸人さんの真似をして声を掛けると、若いスタッフさんが「それ止めて下さい」と言いながら現れて、更衣室に案内してくれた。

用意されていたのはパステルイエローのワンピースで、お店からほど近い大きな公園で写真撮影をした。こんなに撮るの!?って位撮られた。

※・・・※・・・※

「お疲れちゃーん。だいじょぶ?」

ベンチで休んでいると、ベクちゃんがアイスコーヒーを差し出してくれる。

「うん、モデルさんの大変さが分かった」
「ハハ、今日はありがとね。店の広告に使うから皆気合い入ってんだわ」
「わぁ、責任重大だ」
「大丈夫だって。すごく可愛かった」
「そ、それはベクちゃんの腕があるから……」
「ん?まぁ、そうだな」

キヒヒと笑ったから、軽く叩いてやった。

「そうだ、今夜ヒマ?もし予定無いなら青年会行かない?」
「青年会?」
「何だよー、ギョンスの奴まだ誘ってないのかよ。あのね、村の若いモンの集まりなんだけど、今の季節は実質ただの飲み会なんだわ。村に住むなら顔出しといて損は無いよ。取材のネタが拾えるかもだし。ギョンスも来るし、どう?」
「そういうのがあるんだ……」

ギョンスさん、時々帰りが遅くて残業かと思ってたけどそういう日もあったのか。
全然聞いたこと無かったな……
ちょっと疎外感。

「せっかく可愛くしたし、このまま帰るの勿体なくね?そのワンピ着て行ってギョンスびっくりさせようぜ」
「うーん……、でもギョンスさんに誘われてないのに行っていいのかな?」
「大丈夫、大丈夫!村に住んでる若いモンなら皆参加する権利あるんだから!皆ウェルカムよ」

ギョンスさんは誘ってくれなかったけど、ベクちゃんに誘われた訳だし行ってもいいのかな?

「よし、決まりー。店の片付け済んだら一緒に行こ。そのカッコで行こうぜ。ドギョンスもびっくりだな」

四角い口が笑った。

※・・・※・・・※

ベクちゃんの車で着いたのは村役場の近くにある昼は食堂、夜は居酒屋の村に一軒の飲食店だった。少し緊張しながらベクちゃんの後に付いて暖簾をくぐる。

座敷に細長いテーブルが並ぶ店内で、10人位のグループが座布団に座ってお酒を飲んでいた。ギョンスさんはまだみたい。

「よお!今日はスペシャルゲスト連れてきたぞー!」

ベクちゃんが声を掛けると全員の注目が集まる。
自己紹介を済ませると、チャニョルさんが「こっち、こっち!」と手招きしてくれて、横に座らせてもらう。正面にはベクちゃん、反対隣には下がり眉毛の優しそうな人。

「今日凄いキレイだね!見違えたよ。あっ!前がどうとかって意味じゃ無くて、えーと……」

大きな目をウルウルさせて困ってるから「大丈夫だよ、ありがとう」と大型犬をなだめる流れになった。

「こっちはジョンデ。俺らとギョンス、同級生なんだー」

ベクちゃんが下がり眉の人を紹介してくれる。

「はじめまして。ジョンデです。大工してます」

誰かが「ヨッ!キム建設次期社長!」という合いの手を入れた。宴会ノリ。

「コラー、やめろー。全然そんな立派なもんじゃないからね」

爽やかに微笑みながら「お酒いける?」とさり気なくグラスに半分だけビールを注いでくれた。うわ〜、スマート。モテるだろうな。

「ウソウソ、こいつんチすげーから。親父がこの辺一番の高額納税者だから」
「ハハハ、知らなーい。俺はただの大工だから」

否定も肯定もしない所を見ると、きっとそうなんだろうな。

青年会の皆が次々に私の席に来て自己紹介をしてくれる。
中でもビックリしたのは診療所のお医者さんのジュンミョン先生。絵から抜け出た様な美青年だった。何故かワイングラスでお茶飲んでたけど。
ジュンミョン先生の横からヒョコっと小柄な女の人が出てきて「妻のスホ美です」と名乗った。可愛い。そしてものすごく似た者夫婦。

「青年会は女性メンバー少ないので嬉しいですぅ」

ホワホワ可愛いスホ美さんと盛り上がっていると、ガヤガヤと数人がお店に入って来た。
ギョンスさんが来たっ!

「お!ドギョンス登場~」

誰かが囃し立てる声がして、笑いながらそっちに行ってしまった。

ギョンスさーん、気付いて~

そうか、髪切って変身したから私って分からないかも。気付いて欲しくて小さく手を振ると、びっくりした顔をして固まった後、フイッと顔を背けてしまった。

え……あれ?

ギョンスさんはそのまま私が居る場所から離れた席に座った。他の方も次々に挨拶に来てくれたけど、ギョンスさんは来てくれない。こっちから行こうか迷ったけれど、色んな人から話かけられてタイミングが掴めないし、何よりさっきの態度が気になって体が石みたいに固まってしまった。

やっぱり、何も言わずに来ちゃったから怒ったのかな……
チラチラとギョンスさんの方を見ているとやっと目が合った。救われた気持ちでニコッと笑顔を向けると、スッ……目を伏せられてしまった……

あ……確定。
避けられてる。

何で?やっぱり勝手に来たのがいけなかった?
呼ばれてもいないのに図々しかった?
心臓がドキドキする。
やっぱり来なければ良かった。
ここから消えてしまいたい。

ギョンスさんの冷たい態度に自分でもびっくりする位ショックを受けてしまい、泣かないように、動揺を悟られないように、貼り付けた笑顔を崩さず時をやり過ごすだけで精一杯だった。

それから会がお開きになるまでの記憶が曖昧だ。

※・・・※・・・※

「ヤー、ギョンスどうしたんだろうなぁ。車だからっていつも飲まないのに」

飲み会がお開きとなり、酔ったギョンスさんと一緒にベクちゃんに車で送ってもらう。
後部座席で酔い潰れて眠るギョンスさんにバックミラー越しにチラリと視線を送りながら、ベクちゃんが心配そうに呟く。

何て答えたら良いんだろ。
これは私のせいなのか、それとも違う理由があるのか分からず曖昧に笑う。
寝ていてくれる事にほっとしながら、ヘッドライトの先の暗闇をぼんやり見つめる。

家の近くまで来ると砂利道で車が大きく揺れてギョンスさんが目を覚ました。

「おう、起きたか。一人で家入れるかよ?」
「……んー」
「よし。んじゃ、オレ明日早いからここで!今日はありがとね。また店来てねーん♪」

手を振りながら去って行くベクちゃんの車のテールランプを見送る。車が完全に見えなくなると、月明かりの中、沈黙が訪れた。
どちらも何も言わないし、家に入ろうともしない。

どうしよう。
さっきの事、聞きたい。
けど聞いてどうなる?
聞いちゃったらもう元には戻れない気がする…
でも、気になる。
じゃあ、やっぱり聞く?
でも怖い…

考えがぐるぐるして全然まとまらない。
聞くならお酒の勢いがある今なのに、面と向かって聞く勇気が出ない。

ダメだ…帰ろ。

手にしていたスマホで時間を確認する。

「わ、わぁ、もうこんな時間!寝なきゃですね!おやすみなさい!」

不自然に明るい声を出す。
その時、スマホの光に吸い寄せられた虫が、唸りを上げて手元に当たってきた。

「キャッ」

思わず取り落としたスマホが、ギョンスさんの足元に転がる。
酔っているはずのギョンスさんは、思いの外しっかりした動きでそれを拾って私に差し出した。

「…ありがとうございます」

受け取ろうとすると、力が入っていて渡して貰えない。

「あの……」

画面に視線を落としたまま動かないギョンスさん。
ライトに照らし出された伏し目が美しい弧を描いている。

「買い出し…」
「え?」
「…次の買い出し、チャニョルと行くって?」

いつもより少し雑な言葉遣いにドキリとする。

買い出し?そう言えば、そんな話をチャニョルさんとした気がする。
ギョンスさんに無視された後だったから、上の空で空返事をしてしまったかも。

「…雨どいの修理は?ジョンデと?」

ジョンデさんの「そんなの俺に任せてよー、すぐ直すよ」というよく通る大きな声が耳に蘇る。そんな話もしたかも。

「…他にも、色んな奴から色んな話あったみたいね?」

ギョンスさんが視線を上げると、大きな瞳に月の光が冴えて冷たく光る。
手がゆっくり伸びてきて、そっと私の髪に触れた。突然の行動に驚いてちょっと首をすくめると「フッ」少しだけ唇の片側を上げて冷たく笑った。怖い。ギョンスさんじゃないみたい。

「そんな格好して来て……どういうつもり?」

ギョンスさんの手が髪を滑り、温かい指が優しく耳の輪郭をなぞりながら染めたばかりの栗色の髪を耳に掛ける。
優しい指と冷たい言葉の温度差に混乱する。

「そんな格好……ですか」

その一言で、我ながら似合ってると思っていた髪もワンピースも一気に色褪せた。
ギョンスさんに見てもらいたい!なんて浮かれて、呼ばれてもいない飲み会にのこのこ出て行った自分が恥ずかしい。

「青年会って合コンじゃないんですよ。…そうやって、村中の男を手玉に取るの?」

罰を与えるかの様に耳朶を優しくつねると、手が離れていく。

「そんなことっ……」

思ってないですと言いたかったけど、続かなかった。
何でそんなこと言うの?無断で青年会に行ったのってそんなに悪いことだった?

心臓は早鐘を打っているのに、指先からは血の気が引いていく。鼻がつんとして、涙が溜まり始めるのが分かった。

「誤解です」って言わなきゃ。
「そんなつもりじゃない」って言わなきゃ。

あ、もうダメだ。泣いてしまう。
早く一人に……

「……っ、ごめんなさい」

最後の方は滲んで言葉にならなかった。
何とかそれだけ言うと、スマホを強引に奪い取って家に走った。

その夜はぐちゃぐちゃの感情を抱えて泣いて過ごした。

Cabbage6に続く

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