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能力をぶち上げたい人だけ読めばいい。


石灰水の問題

「白くにごる」って書いておけば

ほぼ当たる説




僕が中学2年の冬

県全体で行う学力調査テストで

「この橋の総称を答えよ」

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(出典:Wikipedia)


という問題が出て

正答率が1%を切るという割と重大事件が起こりました。


四国に何度か旅行に行ったことがあるMさんも

成績がオール5で将来は財務大臣になるために東大に行くと言っていたUくんでさえも不正解であり


授業はおろか

自分たちの中学校で使用している教科書にも載っておらず

完全に初見の問題でした。


あまりの正答率の低さに

高校受験に影響する

この学力調査のその問題は

「全員が正解」と前代未聞の扱いをされました。


ほとんどの同級生は

「ラッキー!」のままで終わっていましたが

僕はある事に気がつきました。



テストを作る側の人間の立場になれば見えてくるものがある。



そもそもテストの目的とは何か?

大雑把ではあるが

「中学生が知っておくべき知識を確認するもの」

ではないかという仮説を立てました。


(当時は真理に気づいてしまったと有頂天になっていましたが)



タイトルの「石灰水の問題」の意図は

「白く濁る」という事が問題を解く上で

求められるはずなので

「石灰水…」と問題に書いてあれば

「白く濁る」で答えはほぼ間違いない。


例えば

「『何も起きない』という答えは教育的に言及されるにちがいない」

「『白く濁る』ということを学べない問題でなければ意味がない」

と後々会議(わかりませんが)とかで

言われるはずであるので

基本的にはありえない。


つまり

テストはある程度のお約束があるに違いない


という仮説を立て

(実際そうであるとわかったのは10年以上後でしたが)


学力調査の一件以降は

そういう考えのもと

勉強をするようになり


「この問題」には「この答え」

問題を見たら反射的に答えが出るようになるまで

徹底的に反復をしました。


いざ

定期テストの時も

(お、U先生おれが作ろうとした問題と同じ問題だしてるな?)

(T先生、この問題の書き方いやらしいねぇ!だから短パンってあだ名つくんだよ)

など

テストを作った先生と対話するかの如く楽しんで

周りの誰よりも問題を解き終わり

見直しも終え


残り時間は全て

ドラゴンクエストのホイミスライムの足を

いかにたくさん描けるかに

全勢力を費やしていました。



授業中も常に

「テストに出すならどんな感じで出そうかな」

というスタンスで常に聞いていたので

すぐに理解できないことも放置せずに


完全に理解し

テストを作れるまで知識を落とし込めるよう

アプローチをしていました。



所詮は

応用問題も

問題作成者の意図によって作られた

基本問題の組み合わせであるので

解けない問題はほぼありませんでした。


冷静に観察すれば実生活の複雑な問題も

簡単な問題の組み合わせという事も

自ずとわかるはずです。



その結果

家ではトルネコの大冒険とファイナルファンタジーと

バイオハザードをやらなければいけなかった為

平均30分くらいしか勉強していませんでしたが


自分の県の国公立ではトップクラスの中学校で

予備校に行かずして

学年10位以内を常にキープする事が

できておりました。


大学入試で

教授の自慰行為としか思えないマニアックな問題や

いわゆる捨て問題と言われるものに出会うまでは

ずっとこのスタンスでした。



時が過ぎ


大学で合気道の大会に臨む際も

主審・副審がどのような事を考えて審判に臨んでいるかを分析する為

部室に保存されている試合のデータベースの試合動画

(過去5年間分で100時間以上はありました)

を全てチェックし(今考えると恵まれた環境でした)


選手一人一人の得意技・動きの癖・弱点に加え

各審判がどのような考えのもと

審判をしているか

動画に加えて先輩やOB達にヒアリングをし

自分なりの選手・審判員リストを作成しておりました。


そして、試合に出場する時は

①Nさんの審判は短刀突きの判定がガバガバ

②Sさんは合気道の技に重きを置いている為
短刀突きはなかなかとらない

故に

短刀突きを自分がする時はNさんに見え
Sさんには見えなく反対側の見えるNさんに
判断を委ねるような角度で行う

短刀突きを受ける(避ける)時はその逆のポジションを心がけて動く

という事を行い

なんだかんだで全日本学生合気道大会で


誰も達成する事が無かった


2年間連続優勝を果たす事が出来ました。


就職活動での圧迫面接に遭遇した際にも

(完全に偏見ですが)

「ああ、この人も家に帰ったら娘と妻がいて家庭に居場所がないのに
夜中まで残業してどうやって就活生を追い込むのか必死に頑張って言う事考えてたんだな、かわいいな」

と思いながら

えげつない質問が飛んできても

周りの人に比べ

全く萎縮せずに面接に臨めました。

むしろ面接官を圧迫して途中で退出させられたくらいです。



就職をしてからも

新人研修試験において

新入社員で唯一パーフェクトの成績を

おさめた話もありますが

企業秘密の部分を話してしまうかもしれませんので

ここでは割愛します。




ここまで

色々な事をやってきているように

感じるかもしれませんが


僕は

「全ての目の前の事象において、人間1人1人の思惑が絡んでいるのを考慮し、冷静に観察し少し考える」


という単純なことをしていただけでした。


デスゲームよろしく

試験・面接・仕事などを

「『見えない何か』に課せられるもの」

「やらされているもの」

という受動的な認識でいる人には

いつまでもそれに気づかないのだろうなと思います。


起きている物理は同じであり



先程申し上げた


「全ての目の前の事象において、人間1人1人の思惑が絡んでいるのを考慮し、冷静に観察し少し考える」


という


誰でも出来そうな超簡単な事しか


していないのに


なんか


いつのまにか周りと圧倒的な差をつける事が出来ていて


ああ


みんなおつむが弱いのかなぁと思っていました。


と同時に


勉強時間や練習時間が明らかに少ないのに

成果を出してるやつがいれば

どうやって考え、行動しているかを

聞いて愚直に真似をすればいいのに


「あいつは天才だから」

「才能があるから」


で片付け

真似するどころか

聞いてさえも来なかったです。

生ゴミみたいなプライドのせいで

私に聞くのを躊躇っていただけなのかもしれませんが。


それでも

もし

聞いてきた人がいたらどうなったのだろうと

考えていた事もありましたが…


どうなるのか

最近わかってきたような気がします。



僕の好きな

夢をかなえるゾウ

という本に

主人公とガネーシャとの

こんなやりとりがあります



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ポンコツ
「なんていうんでしょうかねぇ、こう、

『成功の秘訣』みたいなものを教えてもらえれば…」


ゾウ
「たとえば、『成功するには自分が働くのではなくて、お金に働かせなさい』みたいな?」


ポンコツ
「そうです、ぜひ詳しく教えてください」


ゾウ
「いや、教えるもなにもここに書いとるで」


ゾウは僕の部屋の本棚から

一冊の本を取り出して僕の目の前に置いた

自分が勢いで買ったビジネス書だった


ゾウ
「このページ見てみ」


ポンコツ
「あ…」


ゾウ

「付箋貼っとるやん」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



つまりそういう事なんだと思います。



だから


「能力を上げたい」


と思っていたら

いけすかないメンタリストや

マクドナルドのハゲの動画を見ているだけでなくて


言い方とかやり方とかどうでもいいから


「いいからやれ」



心からそう思いました。


指摘を受けたら

素直に改善し

会得するまでは

ロボットのようにひたすら反復


これに限ります。



教師・講師と生徒や上司・部下とのやりとりでもそうです

「相手が決して完璧ではない人間」ということを

忘れているが故に

完璧を求めているのか


「これは問題の出し方が悪い」

「これは言い方が悪い」

「面接官の言葉選びが悪い」

と文句を言うやべえ奴がいます。


「自分の頭が悪い」のを棚に置いて。



なんもわかってない愚か者に

わざわざエネルギーを使って

教えてやっているのに


「言い方が〜」とか言っているやつがいると

ケツをぶっ飛ばしたくなります。


「言い方がひどい」と言ってる輩は

言い方を直したところでどうせやらないし

やらないことを相手の言い方を言い訳にして

やらなくてもいいという事を正当化してるだけの


言い訳のスペシャリスト



「それでもなおその言葉の言い回しは大事」

とか

「言い方がひどいとやる気が起きない」

とか言ってる愚か者は

これから一生LINEスタンプか

モールス信号だけで会話でもしてればいい。







ちなみに

最初に書いた問題が分からないのにも関わらず

調べもせず

そのまま放置してここまで読み進めた人は

どうせ読み終わっても調べないでしょうね。

挙句

「記事に答えが書いてあると思った」


とか言い訳しそう






以上

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