ギラン・バレー症候群と抗糖脂質抗体

ギラン・バレー症候群(GBS:Guillain-Barré Syndrome)の診療において、抗ガングリオシド抗体などの抗糖脂質抗体の測定が有用な場合があります。また、近年では抗糖脂質抗体は中枢神経系の炎症にも関与する可能性が示されており注目されています。今回は、GBSと抗糖脂質抗体についてまとめてみました。


糖脂質(スフィンゴ糖脂質)とは何か

糖脂質は糖と脂質の両者を持った分子で、長鎖アミノアルコールである”スフィンゴシン”と”脂肪酸”が結合した”セラミド”の誘導体であることから、正確には”スフィンゴ糖脂質”と呼ばれます。

スフィンゴ糖脂質は体すべての細胞膜の重要な構成要素ですが、特に神経組織に多く存在します。細胞膜では外層に局在しているため細胞外環境に接しており、細胞間相互作用(細胞接着や認識等), 成長, 発生の制御に関与しています。

また、スフィンゴ糖脂質には抗原性がありABO血液型抗原, 胎児発生段階に特異的な胎児性抗原, 腫瘍性抗原の主体を占めるとされます(抗原決定部位は糖鎖で、この変化は悪性細胞の特徴の1つでもあります。脂質部位は膜アンカーとして機能します)。さらにコレラ毒素, テタヌス毒素, ある種のウイルスや微生物の細胞表面受容体でもあります。スフィンゴ糖脂質を正常に分解できない遺伝性疾患では、これらの分子が細胞内に蓄積します。

“ガングリオシド”は最も複雑なスフィンゴ糖脂質であり、特に神経終末に存在します。酸性スフィンゴ糖脂質であり生理的pHでは負電荷を持っていますが、これはシアル酸であるN-アセチルノイラミン酸(NANA:N-acetylneuraminic acid)によります。ガングリオシドの命名について、G(ガングリオシド)分子内のNANAが1個ならM(mono), 2個ならD(di), 3個ならT(tri), 4個ならQ(quatro)が続き、その後の数字は中性糖骨格の構造を表し、その後の英字は骨格糖鎖へのシアル酸の結合様式を表しています。

GBSでみられる血清抗糖脂質抗体には、ガングリオシドの他にもGalactocerebrosideなどのシアル酸を持たない中性糖脂質に対する抗体もあります。抗糖脂質抗体は先行感染した病原体に対する分子相同性機序によって産生されるものと考えられており、抗体の種類は先行感染の種類に規定されることが多いです。

抗糖脂質抗体の臨床的意義

急性期に血清抗糖脂質抗体が陽性になる場合、GBSやFSの診断に有用であり、GBSにおける陽性率は約60%とされます(日本神経学会.ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン2024)。

原則としてIgG型糖脂質抗体(サブクラスは補体活性化作用を持つIgG1やIgG3)が病的意義を持ち、IgM型糖脂質抗体は先行感染を反映するもので神経障害とは直接関与しないものと考えられています。例えば神経障害のないカンピロバクター腸炎患者の27%にIgM型GalNAc-GD1a抗体が陽性であった(J Neurol 2015;262:1954-1960), 神経障害のないマイコプラズマ感染症患者ではIgM型galactocerebroside抗体が高率に陽性になること(Ann Neurol 2016;80:566-580)などが報告されています。IgM型糖脂質抗体のみ陽性のGBS症例では、未知のIgG型糖脂質抗体が存在する可能性も考慮しながら、検査結果を解釈する必要があります。なお、近年では後述する混合抗原や、抗体測定系にCa²⁺を添加したときのみ陽性となるCa²⁺依存性GQ1b抗体の報告(J Neuroimmunol 2016;298:172-177)などもあり抗体検出の様々な手法が開発されています。

血清抗糖脂質抗体の抗体価は発症後、経時的に低下していき、IgG型GM1抗体の陰性化率は6か月以内で83%(陰性化時期:52.4±46.2日)と報告されています(厚生労働科学研究費補助金 免疫性神経疾患に関する調査研究 平成20年度総括・分担研究報告書, p149-151, 2009)。従って、急性期に診断がついていない症例であっても急性期以降に抗糖脂質抗体を測定する意義はあるものと考えられます。

抗糖脂質抗体は予後予測因子になり得るとする報告もあり、GBS377例の血清GM1抗体に関する経時的な解析で発症時IgG型およびIgM型GM1抗体力価が高いこと, IgG型GM1抗体力価が持続的に高いことは転帰不良(10m独歩不能)と関連したとする報告(Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2023;10:e200107)、人工呼吸器装着群(44例)は非装着群(87例)に比して有意にIgG型GQ1b抗体の陽性率が高かった(27%vs8%)とする報告(Neurology 2004;62:821-824)、GBS234例の検討でGD1a/GD1b複合体あるいはGD1b/GT1b複合体に対するIgG型抗体の存在と重症化や人工呼吸器装着との間に有意な関連性がみられたとする報告(J Neuroimmunol 2007;182:212-218)などがあります。

なお、抗糖脂質抗体は中枢神経系の炎症にも関与し得ることが示されており、特にencephalo-myelo-radiculo-neuropathy(EMRN)と抗中性糖脂質抗体の関連(Neurology 2014;82:114-118)などが注目されています。

混合抗原に対する抗体

単独の糖脂質を抗原とした場合に抗体が陰性でも、混合抗原の使用により抗体が陽性となる場合があります。抗体が検出可能になる混合抗原として糖脂質+リン脂質(ホスファチジン酸など), 2種類の糖脂質(糖脂質複合体), 糖脂質+コレステロールが知られています(Muscle Nerve 2003;27:302-306)(Ann Neurol 2004;56:567-571)(J Neuroimmunol 2007;182:212-218)( J Neuroimmunol 2021;356:577580)。

例えばGM1抗体陰性GBS89例中の12例にGM1とホスファチジン酸の混合によりGM1への反応性が出現した報告(Muscle Nerve 2003;27:302-306)、ヒト神経系の主要なガングリオシドであるGM1, GD1a, GD1b, GT1bのうち2種類の混合によるガングリオシド複合体に対するIgG抗体が234例中39例(17%)にみられたとする報告(J Neuroimmunol 2007;182:212-218)、FSにおいて62例中30例(48.4%)にGQ1bあるいはGT1aを含むガングリオシド複合体に対するIgG抗体が陽性であったとする報告(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2008;79:1148-1152)があります。

抗糖脂質抗体と臨床像

ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン2024を参考に作成

上表のように糖脂質抗体と臨床像は相関し得ると報告されており、末梢神経組織における標的糖脂質の局在に規定されます。

ただし、同じ抗体でもその微細な反応性の差異により臨床像が異なることが経験され、あくまでも相関は臨床的な傾向として理解します。

参考文献

日本神経学会 ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン作成委員会編:ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン2024.南江堂

リッピンコットシリーズイラストレイテッド生化学 原書8版.丸善出版

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