● 共益費は実質賃料か(不動産鑑定評価/賃料増減額請求に関して)

1.問題意識

世上、建物賃貸借契約では、賃料のほかに共益費が支払われる契約と、賃料のみ(賃料に共益費を含む。)の契約があります。

賃料増減額請求では、ある程度の賃借面積を超える例では、ほぼ例外なく、当事者双方から不動産鑑定評価書が提出され、また、訴訟になった場合には、裁判所鑑定が行われます。

これらの不動産鑑定評価書を見ていると、賃料と共益費が支払われている例では、共益費については言及がない例がほとんどです。共益費は実質賃料ではないのでしょうか。共益費が実質賃料に含まれるとすると、鑑定結果は異なったものとなってくるはずです。

2.共益費

法律上、共益費の定義はありません。参考となるものとして、以下のようなものがあります。

日本ショッピングセンター協会が発行している「SC賃料・共益費」という文献では、「共益費とは、ディベロッパーが総括して管理する共用部分・共用施設の運営管理に要する費用をいい、賃料やテナントが自店内で使用する各種費用(直接費)とは区別されるものである。」と定義づけられています。

日本住宅建設産業協会の研究報告書では、共益費に含まれるものと含まれないものを以下のように提案されています。

【共益費に含まれるもの1】共用部分の維持管理にかかる項目

①共用電気料、②共用水道料、③共用灯保守・交換料、④ゴミ置場清掃費、⑤定期清掃費、⑥特別清掃費、⑦配水管及び枡清掃費、⑧植栽剪定・管理費、⑨給水ポンプ保守管理費、⑩雨水貯留槽保守管理費、⑪自動ドア保守点検費、⑫昇降機点検費(法定点検以外に自主的に行う点検)

【共益費に含まれるもの2】法定点検・検査・報告等が必要な項目

①消防設備点検費、②昇降機点検費、③受水槽保守点検費、④簡易専用水道点検費、⑤浄化槽保守点検費、⑥受変電設備管理費、⑦特殊建築物定期検査、⑧建築設備定期検査、⑨防火管理業務費、⑩専用水道施設、⑪テレビ電波障害防除施設点検・保守

【共益費に含まれないもの】

①昇降機点検費(法定点検)に関し必要となる部品交換のためにかかる費用、②宅配ボックスメンテナンス料、③町内会費、④インターネット利用料、⑤ケーブルテレビ視聴料金、⑥24時間緊急対応、⑦砂場の管理、⑧専用庭管理費、⑨電話料、⑩常駐管理人警備等人件費、⑪機械警備料、⑫管理委託手数料、⑬設備機械遠隔監視料金、⑭機械式駐車場保守管理費

なお、現在の賃料の差押えの裁判実務では、差押えの効力は、共益費には及ばないものとして取り扱われています。

3.実質賃料の定義

不動産鑑定評価基準では、実質賃料は、以下のように定義づけられています。

「実質賃料とは、賃料の種類の如何を問わず賃貸人等に支払われる賃料の算定の期間に対応する適正なすべての経済的対価をいい、純賃料及び不動産の賃貸借等を継続するために通常必要とされる諸経費等(以下「必要諸経費等」という。)から成り立つものである。」

必要諸経費等については、不動産鑑定評価基準では、新規賃料を求める鑑定評価の手法のうち積算法において、以下の費用が列記されています。

ア 減価償却費(償却前の純収益に対応する期待利回りを用いる場合には、計上しない。)
イ 維持管理費(維持費、管理費、修繕費等)
ウ 公租公課(固定資産税)
エ 損害保険料(火災、機械、ボイラー等の各種保険)
オ 貸倒れ準備費
カ 空室等による損失相当額

4.共益費は実質賃料か

以上のことからすると、不動産鑑定評価基準では、実質賃料(を構成するもののうち必要諸経費等)には、維持費、管理費、修繕費等が含まれていることが前提とされています。そして、2.で見た共益費の定義あるいはそこに含まれる費用項目は、維持費、管理費、修繕費等に他ならないのではないかと思われます。
また、このようにいうまでもなく、共益費は、「賃料の算定の期間に対応する経済的対価」に当たるようにも思います。こう考えると、共益費は、実質賃料に含まれるものとして、賃料+共益費をもって、実際支払賃料(これに敷金保証金の運用益等を加算したものが実際実質賃料)と認識されなければならないのではないかと思われます。

そうでなければ、賃料と共益費が別に支払われているケースと、賃料に共益費を含むケースとで、整合性が取れないように思います。

5.何が問題を引き起こしているのか

ではどうして継続賃料の鑑定評価では共益費が無視されることがあるのか。これは、不動産鑑定評価上、実質賃料の定義の先にある次の記述に原因があると思われます。

「なお、慣行上、建物及びその敷地の一部の賃貸借に当たって、水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等がいわゆる付加使用料、共益費等の名目で支払われる場合もあるが、これらのうちには実質的に賃料に相当する部分が含まれている場合があることに留意する必要がある。」

多くの鑑定評価書では、明記はされませんが、この記述をよりどころとして、共益費は原則として実質賃料に含まれないことを前提として、鑑定評価が行われているものと思われます。これと合わせて、実際の水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等(100)を超えて付加使用料、共益費等が支払われている場合(120)には、その超過部分(20)は実質賃料であると考えられている向きがあるようです。

しかしながら、水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等が、共用部分の維持管理のための費用であれば、それは、維持費、管理費に他なりませんから、その全額(120)が実質賃料なのではないかと考えられます。(逆に、水道光熱費、清掃・衛生費、冷暖房費等で、賃借部分のための費用であるものについては、実質賃料に当たる余地がないことはもちろんです。)

実際の鑑定評価の手順を想定しても、賃借人の立場からは、超過部分(20)があるのかどうかを事前に判断することもできませんから、不動産鑑定評価基準において「留意する必要がある」と言われても、どうしようもありません。また、多くの場合、共益費は不動産収入として認識されるだけで、個別の費用と紐付けられて管理されていないと思われますので、賃貸人にとっても、共益費の内訳を示せと言われても、すぐには分からないことがほとんどだと思います。

この点に関して、共益費は必要な費用を賃料とは別立てで徴収しているもので、その額がそのまま各費用のために支払われる(通り抜け)のであるから、実質賃料にあたらないと言われることがあります。しかしながら、通り抜けると言われる費用は、必要諸経費等(維持費・管理費など)として、実額又は査定により実質賃料に計上されています。にもかかわらず、共益費を実質賃料から除外してしまうと、維持費・管理費などに該当する費用は、賃料と共益費において、二重計上となるように思われるのです。

このため、共益費を実質賃料と見ずに鑑定評価の枠外に置くのであれば、共益費に相当する額は別に支払われているものとして、必要諸経費等の査定において共益費相当額を除外しなければなりません。

また、通り抜け費用だから賃料にはあたらない、というのであれば、共益費込み賃料の場合(賃料とは別に共益費が支払われない場合)でも、支払われている賃料から、通り抜け部分を控除しないと、バランスが取れないことになるはずですが、そのように取り扱われる例があるとは聞いたことがありません。

そして、そもそもの話としては、共益費は実質賃料であることを前提として、鑑定評価がされなければならないのではないかと思われます。

6.不動産鑑定士の先生方の認識(と思われるもの)

不動産鑑定士の先生方から、この点について明確なお話しをうかがったことはありません。(世間話のついで程度の話として「共益費は必要諸経費等に当たるものが含まれているので実質賃料ではありませんか。」と聞いたことはありますが、明快な回答を得られたことはありません。)

文献では、田原拓治先生の「賃料[地代・家賃]評価の実務」という文献において、共益費は実質賃料に含まれることを前提とした記述があります。この文献では、田原先生は、共益費が実質賃料に含まれることを主張しておられます。この点について明確に記述された文献は、この他に私は知りません。もしあるようであれば教えて頂きたいです。

7.結語

この記事では、共益費が実質賃料であるのかどうかについて、明確に結論づけたいわけではありません。ただ、特に継続賃料の鑑定評価を巡っては、不動産鑑定評価の実務と、訴訟実務が交錯する局面があって、個別の訴訟や、訴訟事例の積み上げでは解決に近づかない問題もあるように思われることから、一つの見方として記述するものです。
この点を含め、継続賃料の鑑定、特に、賃料増減額請求訴訟に関して、業界横断的な研究が進むとよいなと思います。

(追記)2017.6.1
商業施設などの賃貸借契約では、共益費の中に、販売促進費(セールや催事を実施するために費用等)や、地域の催事等への協賛費、連続する他の建物・地下街等との共同の管理運営関係費用等が含まれている場合があります。このような費用は、当該建物の維持管理のために必要な費用とは考えにくいので、賃料の鑑定評価上は、賃料にも共益費にもあたらないと考えるのが自然であると考えます(実際には実情に照らしたケースバイケースの判断になるでしょう。)。
こういった費用は、共益費の内訳として金額まで明示されていれば認識が容易ですが、そうでなければ、切り分けが難しくなるという課題があります。

※2020.5.4 旧ホームページから転載しました。日本語レベルで多少の編集は加えています。
※2021.10.31 noteの最初の記事として転載しました。
※2022.3.30 編集しました。

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