相続した不動産の家賃収入の帰属のこと2/2

(承前)

4.入居者・テナントの目線から

入居者・テナントの目線からは、家主の相続は結構面倒です。前の記事の2.遺言がない場合①相続開始後、遺産分割協議が整うまでの場合には、とりあえず、相続人代表者を決めてくれれば、(書類の整え方は別として)それで問題ありませんが、そうでない場合には、相続人【A】からも、相続人【B】からも、賃料の支払い請求を受けるということが起こり得ます。

この場合には、「相続人の全員」を確知できれば、分割して賃料を支払うことになります。振込手数料が余計にかかりますが仕方がありません。「相続人の全員」を確知できない間は、債権者不確知を理由として供託する、というのが教科書的な進め方になると思います。入居者・テナントの側で相続人調査をする必要まではないと思います(もちろん相続人調査をしてもよいです。)。【A】と【B】の2名だけから請求を受けていても、もしかすると相続人【C】とか相続人【D】がいるかもしれません(いない保証がない)ので、戸籍等や法定相続情報証明書などで全相続人を確認できるまでは、供託するのがセーフティーかと思います。

5.遺言の有効性が争われている場合

前の記事の1.遺言がある場合でも、遺言の有効性が争われている場合には、入居者・テナントの立場からは、遺言で不動産を相続した【A】から賃料全額の支払請求を受け、そうでない【B】からは法定相続分である1/2の額の支払請求を受ける、ということが起こり得ます。

この場合には、いずれにしても【A】に帰属する1/2については、【A】に支払いをし、【A】【B】双方から請求を受けている残り1/2については、供託をする、ということになると思います。入居者・テナントは、面倒なので全額を供託したいと考えると思いますが、この局面で全額供託を試みるなら、法務局と相談することになると思います。

6.供託金の還付請求

供託された賃料について、相続人は、供託所(法務局)に対して、「還付を受ける権利を有することを証する書面」(供託規則24条1項1号)を提出する方法で、その還付を受けることができます。

還付を受ける権利を有することを証する書面については、典型的には、他の相続人全員の同意書ということになります。ですが、相続人間でモメているから供託されているのですから、他の相続人の同意書は取れないかもしれません。

同意書が取れなくて、あるいは、その他書類の不備により還付請求が却下された場合には、供託所(法務局:国)を被告として、供託金還付請求の却下処分の取消しを求める訴訟(行政事件)を提起して還付請求をすることはできます。名古屋高裁H23.5.27金商1381ー55がそのような事例で、請求が認容されています。ただし、この裁判例からすると、上記4.入居者・テナントの目線からで紹介した法定相続分どおり単純に分割して支払われるべきものである場合でも、同意書が取れない場合には、相続開始後の賃料の精算は遺産分割の対象とされていなかったことまで明らかにできないと、還付請求は認められない可能性があります(この高裁判決はおそらくそこまで求めていないと思いますが、下級審ですし議論の余地はあると思います。)。

他の相続人の同意書が取れず、還付請求訴訟にも適しない場合は、他の相続人全員に対して、供託金還付請求権が自分に帰属することを確認する訴訟を提起することができ、その確定判決を「還付を受ける権利を有することを証する書面」とすることによって、供託金の還付を受けることができます。

他の相続人との間で行う供託金還付請求権の帰属確認訴訟は、結局、遺産分割協議で争われている点が争われることになります。このため、賃料を供託されてしまうと、容易には(短期間には)還付を受けられない可能性があります。

また、後日遺産分割が整うときは、供託金の還付請求権の帰属について確認する条項を入れておくと、改めて同意書を取りつけたり、少なくとも法務局に対する説明が容易になるという意味で、還付請求の事務手続負担が軽くなるかもしれません。

7.むすび

途中で、新たな賃貸借契約の締結(特に東京地判H14.11.25判時1816ー82)について言及したので、思いのほか長くなってしまいました(別の機会にこの裁判例だけでも切り取って整理する必要があると感じています。)。目線も相続人に置いたり、入居者・テナントに置いたり、バラツキがあります。遺産分割協議が整わないまま長期間経過する事案は珍しくありませんし、その間に、二次相続が開始することもあります。遺産分割前の賃料を(他の相続人が権利主張しないことをよいことに)独り占めしている相続人がいる場合に、後で、他の相続人がおかしいと気付くこともあるでしょう。最初は賃料も遺産分割の対象にするつもりだったけれど、途中で考えが変わる場合もあると思います。実際の局面はさまざまですので、よく考えて判断する必要があります。

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