従業員に対する損害賠償裁判例手控え

1.最1小判S51.7.8

従業員が事故などで会社に損害を生じさせた場合、これを会社が従業員に賠償請求できるかという問題については、この最高裁判決がリーディングケースでしょうか。定着している用語かどうか分かりませんが責任軽減法理とか言われることがあって、いつでも全部従業員に賠償させられるとは限らないです。

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。」

最高裁は、総合判断で信義則上相当と認める範囲で請求できるという言い方をしていますから、事案の積み重ねとか類似事案を探すことで、どういう評価が相当かを考えるしかありません。

この事案では、普段は小型貨物自動車の運転を担当していて、臨時的にタンクローリーの運転手が起こした交通事故について、1/4の限度で従業員に請求できるとしました。金額としては、損害額が411,050円であることに対し、認容された金額(従業員が賠償すべき範囲)は102,762円とされました。

同じ事案でも、損害額が400万円であったとした場合に、同じように1/4の限度で従業員が責任を負うという判決になるとは限りません。

第三者に損害を生じさて会社がこれを負担した場合と、会社に直接損害を生じさせた場合とがあるのですが、以下区別せずに書きとどめます。

2.大阪地判H23.1.28

こちらはタクシーの運転手による交通事故で、運転手に全額の賠償責任を認めました。金額としては、250,868円です。

事情としては次の点があります。

  • 入社してから2年程度の間に13件の交通事故を起こしていた。

  • 12件目の後、「又交通事故を起こした場合いかなる処分を受ける所存でございます」と記載された始末書を提出していたのに、13件目を起こした。

  • 労働組合から会社に、他の従業員に示しがつかないとの申し入れがあった。

  • 13件目の交通事故のために減給の懲戒処分を受けた。

  • 減給処分の際、次に事故を起こしたら懲戒解雇の可能性があると告知されていた。

  • その後、運転者適性診断の特別診断を受診した。

  • この上で、本件交通事故を起こした。

  • 事故当日「会社の損害金は私が全て責任をもって現金にて支払い致します。相手側の損害費用を全て私が責任をもって負担します。」と一筆入れた。

ここまで行くと、過失でも100%従業員が負担させられても仕方ない感じがします。というより、タクシーどころか普通のドライバーとしての適性すらそもそも欠いている人のように感じますけど。

3.名古屋地判S62.7.27

こちらは、交通事故ではなくて、プレーナーという工作機械を操作中に、約7分間居眠り状態に陥り、そのために、プレーナーテーブルを損傷したという事故に関するものです。

この件では、損害額の1/4を従業員の負担としています。金額としては、損害3,336,000円の1/4である834,000円と、これに弁護士費用100,000円を加えた934,000円です。

裁判所は、次のような事情を考慮しています。

  • 会社と従業員の経済力、賠償の負担能力。

  • 会社が保険加入しておらず損害軽減措置を講じていない。

  • 深夜勤務中の事故であって従業員に同情すべき点がある。

  • 会社における物損事故に対する取り扱いの状況。

  • 従業員が出勤停止の懲戒処分を受けている。

損害に対して付保がないことは、従業員の責任を軽減する方向に作用します。

4.東京地裁H15.12.12

これは、事故ではなくて、取引における損失です。中古車販売会社の店長が、本当は代金の全額が入金されないと車両を引き渡してはならないのに、代金全額の入金がない状態で車両を引き渡してしまい、会社に5156万円の損害を生じさせた、という例です。

この例では、従業員に1/2の責任(金額として2578万円)を認めています。

裁判所は、店長である従業員は売上実績を上げたいという心情を利用された結果であって、従業員が直接個人的に利益を得ようというのではないこと、従業員はその店の販売実績を向上させていること、ブロックマネージャーは、手段を選ぶななどと申し向けて販売至上主義ともいうべき指導を行っていたこと、従業員が取り扱った車両には、他の直営店で買い手が付かない在庫車両も含まれていたこと、幸い決済できた車両では会社は利益を得ていること、などの事情から、店長である従業員の責任を1/2としました。

5.その他

以上の他、こういう類の話は、裁判例が割とあります。割とあるということは、世上、従業員が会社に損害を与えるということが割とあって、その精算をどうするかを巡ってあちこちで争われている、ということです。

  • 東京地裁H17.7.12 貸金業 内規違反の貸付 責任10% 1,722,600円

  • 東京地裁H15.10.29 製造業営業職 請求書未発行 責任25% 2,000,000円

このほかにも、名古屋地判S59.2.24、福岡高判S59.6.6、大阪地判S61.2.26、大阪地判H3.10.15、東京地判H4.3.23、大阪地判H9.3.21、大阪地判H11.1.29、京都地判H12.11.21、福岡高判H13.12.6、など、いろいろあります。

横領のようにまるっきり故意の不法行為だと従業員100%負担になります。過失の場合は過失の程度が問題になります。あとは、損害の発生防止に関する会社の備え(損害回避のための付保の有無、機械設備だと安全管理態勢)とか、懲戒処分などを受けているか、実情として従業員の支払能力なども問題になります。過失があっても、従業員の責任が0%ということもあり得ることになります。
ということで、最初に書いた最高裁判例を踏まえて、総合判断による下級審裁判例が蓄積されていますが、事案次第で0%から100%まであり得る問題です。

6.蛇足

半ば余談ですが、公務員だと、プールの水道が出しっぱなしになって高額の水道代が発生して、それを公務員一人に全額賠償させたり、関与する公務員たちがお金を出し合って埋め合わせる、みたいなニュースに時々接します(自腹弁償。実際に耳にしたこともあります。)。プールの水って、たくさん出ていると一定の量なり時間で自動的に止水するとか発報するとか、そういう設備はないんですかね。山口県阿武町の4630万円も同じような問題で、行政機関は事故の発生を防止するポカヨケみたいな対策に予算を割かないカルチャーがあるのかもしれません。公務員賠償責任保険というものもあるようです。民間では労働者が加入する賠償責任保険というのは聞いたことがないです(もしかしたらあるのかもしれません。)。官と民では、この問題の解決のロジックが少し違うように感じます(予算に関する議会の議決とか、住民監査請求のように、行政機関には民間企業と異なる事情もあるのでしょうけれど。)。

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