事実調査のための自宅待機 1/2

事故とか不祥事があって、懲戒処分や解雇があるだろう/あるかもしれない、という場合に、その懲戒処分について結論が出るまでの間、当該従業員の処遇(賃金の支払い)をどうするかというのは、まあまあ悩ましい問題である場合があります。社内では事故や不祥事の噂みたいなものは一瞬で広まりますし、多少のことであればともかく、重大なことであれば、もはや、あるいは、当面、出勤させられない局面も普通にあると思います。

ですが、そんなところまで就業規則に書いていないこともあると思います。ので、参考になりそうな裁判例を書きとどめておきます。事案に現れてくる就業規則の例も参考になります。

1.東京地裁R3.5.28

これは、会社が従業員に自宅待機命令(判決書では休職命令という用語も使用されています。)を出した例です。休職命令が出された理由は、従業員が競業避止義務に違反した取引を反復継続して会社に損害を与えていた可能性がある、という状況の下で、解雇が妥当か否かを調査するため、という点にありました(事実としては、その40日程度後に解雇されています。普通解雇です。)。これに対して、従業員が、休職期間中の賃金の支払いを求めた、という例です。

解雇が妥当か否かを調査する目的で発された休職命令について、裁判所は、これを、労務の提供の受領を拒絶する意思を明確にした、と認定しています。そしてこの上で、この休職が会社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものといえるか、を判断しています。

この点について、裁判所は、競業避止義務違反の疑いがあった事実を認定した上で、「被告が原告に対して解雇が妥当か否かを調査するために原告に対して本件休職命令をもって休職を命じたのは合理的であるというべきであ」るとして、会社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものとは認められないとしました。

そして、結論としては、労働基準法26条に基づき、平均賃金の60%の支払いを義務を認定しました。

判決書では、自宅待機命令が出た場合の給与の取扱いについて、就業規則に定めがあったかどうかについての事実認定は見当たりません。

この判決では、競業避止義務違反があったと疑われるべき事実を認定しています。おそらく、非違行為の疑いの濃淡によって、労働基準法26条(平均賃金の60%)で足りるか、民法536条2項(全額)によるかの判断は分かれるだろうと思います。

就業規則では、自宅待機命令のときに給与がどうなるかという規定まではないことが多いと思いますが、ここを、平均賃金の6割と規程するか、規定がない場合でも平均賃金の6割は支払っておくと、後日紛争が発生することを避けやすいということはできると思います。

2.東京地裁H24.12.12

こちらの例では、就業規則の取り決め自体が次のようになっています。

自宅謹慎:懲戒に該当する行為があった者について、事実調査のために必要がある場合は、その処分が決定されるまでの間、1か月以内で指定する期間につき、自宅謹慎の措置をとるものとし、この期間中、欠勤扱いとして1日につき平均賃金の6割に相当する金額を支給する。

休職:前記の謹慎期間がやむを得ず1か月を超えるときは、休職扱いとし、この期間中、平均賃金の2割に相当する金額を支給する。

解雇及び解雇事由:職員の勤務態度、職務成績又は技能が著しく不良で改善の見込みがなく、被告の職員として、就業に適さない場合は、その職員を解雇とする。

事案では、自宅謹慎 → 休職扱い → 解雇(普通解雇)と進んでいます。

裁判所は、次のように判断しています。

「上記就業規則の規定によれば、その規定の適用を受ける者は、労基法26条所定の賃金額を下回る賃金(平均賃金の2割)しか得られないことになる場合があることになるが、使用者が労働者の就労を拒否し、賃金債務を免れ得るのは、その就労拒否が使用者の責に帰すべき事由に基づくものでないときに限られることは、民法536条1項、2項、労基法26条に照らし明らかというべきであるから、上記就業規則にいわゆる「懲戒に該当する行為があった者について、事実調査のための必要がある場合」に該当するためには、懲戒に該当する行為が行われたと疑うべき合理的な理由があり、その事実調査のために必要であるというだけでは足りず、事故発生、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれが生じているなど、当該従業員の就労を許容しないことについて実質的な理由があるため、当該就労拒否が使用者の責に帰すべき事由に基づくものではないと認められることが必要であり、かかる場合に限り、これに該当するとしたものと解するのが相当である。」

就業規則の適用要件を、絞る解釈を加えています。この上で、裁判所は、就労を許容しないことについて実質的な理由があったと判断しています。結論として、休職扱いの期間について、平均賃金の2割を超えて支払義務を負わないとしました。

これは、民法536条2項にいう、使用者の「責に帰すべき事由」に当たらない、という判断となります。このため、2割という就業規則の適用が許容されることになりました。ここが無給であれば、無給が許容されることになります。

その判断に関して、裁判所は、事故発生、不正行為の再発、証拠隠滅を例示していますが、「社内の動揺の予防・鎮静化」もあってよいのではないかと思います。

この事案でも、最初の事案と同じで、従業員の非違行為やその疑いの程度が、民法536条2項適用の有無に影響を及ぼしているということができます。

なおこの会社の就業規則では、謹慎6割 → 休職扱い2割と、期間が長期化すると支給される賃金が減る効果があります。これは労働者に不利益だと感じます。
実質的には、兵糧攻め(←あまり使いたくない言葉ですが)にも見えなくもありません。裁判官によっては、ここにひっかかる可能性があるのではないかと思います。期間が伸びてしまう場合には、そのこともやむを得ないというべき実質的な理由が必要だと言われるだろうと思います。この事案では、自宅謹慎の後解雇されていますが、自宅謹慎から解雇までの期間は6か月強となっています。

3.東京地裁H30.1.5

こちらは、上場会社の例です。就業規則には、次のような条項があります。

職場秩序維持の必要上、当該糾問から懲戒処分までの間、就業を禁止することがある。会社は、従業員が懲戒に該当する行為があり、その事実について調査する必要があると認めたときは、当該従業員に対し15日以内の出勤停止を命じ、かつその間の賃金は支払わない。

このように、この例では、出勤停止期間の賃金ナシ、という就業規則です。事案としては、結果的に、出勤停止から懲戒解雇まで36日程度を要しており、就業規則の15日というのを超えています。

裁判所の判断は次のとおりです。

「使用者が労働者に自宅待機や出勤禁止を命じて労働者から労務提供を受領することを拒んでも当然に賃金支払義務を免れるものではないが,使用者が労働者の出勤を受け入れないことに正当な理由があるときは,労務提供の受領を拒んでも,これによる労務提供の履行不能が使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるとはいえないから,使用者は賃金支払い義務を負わない。」

「ただ,無給の自宅待機や出勤禁止が長期化することは労働者にとっては生活資金となる賃金を得られない一方,解雇されたわけでもないから自宅待機や出勤禁止が解除されて勤務を再開しなければならない可能性が残り,兼業や兼職も就業規則等に基づき制限される状態(前記第2の2前提事実(2)ア(キ),前記1(4))が継続することになって,その地位の著しい不安定を招くから,使用者としては労働者を懲戒解雇するか,懲戒解雇以外の懲戒にとどめるのか,懲戒には付さないのか,遅滞なく意思決定をすべきであり,相当期間を超えて中途半端な無給の自宅待機又は出勤禁止を継続することは許されないというべきである。」

このように裁判所は、民法536条2項のにいう使用者の「責めに帰すべき事由」によるとはいえないときは、賃金の支払義務を負わないとしています。ただし、長期間になるといけないので、会社は、懲戒に関し遅滞なく意思決定してね、としています。

そして、この件では、就業規則上の出勤停止期間15日を超えて、出勤を停止していますが、この点について、裁判所は次のように判断して、無給を許しています。

「労働者が就労していないにもかかわらず,使用者が賃金全額の支払を免れない民法536条2項でいう「責めに帰するべき事由」は,賃金債権とは別個の休業手当請求権を定める労働基準法26条でいう「責めに帰すべき事由」よりも狭く,使用者側に起因する経営,管理上の障害一般にとどまらない故意,過失又は信義則上これと同視すべき事由を指すと解されることに照らすと,被告就業規則の定める無給の自宅待機の期間を超えても,直ちに民法536条2項を適用すべきとはいえない。」

判決書では、事案に関する事実認定が続きますが、結論として、15日を超えた期間についても、無給を許容しました。

続く

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