●相続のことを考えるとき(被相続人/親の立場から)

1 相続を想起するきっかけ
人が自分が死んだ時や死んだ後のことを想起するのは、年齢を重ねて、体力や精神力の低下を感じたり、老眼が強くなったり、なんでもないところで躓いたり、長時間眠れなくなくなったりなどといった、些細なきっかけがあるときかもしれません。顕著なこととしては、病気になるような機会や配偶者を亡くす機会もこれに当たると思います。ハッピーなほうでは、孫が生まれたとか、孫が進学するというような機会もあるかもしれません。
事業をされている方であれば、自分の世代で事業を終わらせるのか、次世代に承継させるのか、という課題もあるでしょう。
最近では、終活などと称して、自分が死んだ後のことをどうするかということを想定して準備をしましょうというような記事やセールストークに接することがあるかもしれません。

たとえば病気の場合、認知症の初期や、癌であれば、診断がついてからでも遺言を書くなどの準備は可能なことも多いと思います。ですが、心臓(心筋梗塞など)や脳(脳梗塞、脳塞栓など)の疾患であれば、発症と同時に遺言を書く能力もなくなってしまうようなことが起こります。自分のこととして想起すれば、怖いなという気分になります。

2 生活上困ること
自分が認知症や意識不明になったときに、生活上困るのは、自分の預金を払い戻して、生活上必要な支払いができなくなる、ということになると思います。自分が病気とかになったときに、預金がおろせなくて困る、という局面を避けるためには、信用できる子があるのであれば、預金通帳と届出印とキャッシュカードを渡して(あるいは保管場所を教えておいて)、暗証番号を知らせておく、というのが最も便宜だと思います。もちろん、その子が、勝手に資産を使ってしまうリスクがあります。また、他の兄弟姉妹からすると「あいつが好き勝手している」という疑いを生じさせるおそれがあるので、入出金はきちんと再現できるように記録を残すのが望ましいです。

信頼できる人がいなければ、法律専門職を含む第三者に委託することを考えることになります。信託銀行も代理出金機能のついた信託商品を販売していると思います。民事信託、家族信託などもありますが、どれぐらい便利なのかとか、どれぐらい利用されているかとか、開始時の信託設定内容の特定、途中でやめたり条件を変えたくなったときどうするのかとか、実務的な課題はあると思います(信託法上の受託者の義務の履行も容易なことばかりではないかもしれません。)。

信頼できる人がいないときは、法律専門職との間で、財産管理契約を締結するというのが、最も現実的な方法だと思います。そして、財産管理契約のほかに、任意後見契約と、必要に応じ死後事務委任契約を併用する、というのが、一つの典型的な形だと思います。
任意後見契約については、第三者に頼るのであれば、面識のある弁護士など、知己かつ専門職を利用することが推奨されます。

こういった配慮なしに能力を喪失すると、子供などの親族が自分の財産から費用を支出するか、そうでなければ、成年後見人を利用することになります。というか成年後見人を利用するしかありません。成年後見人は、多くの場合、始まると本人が死亡するまで終わりません。財産の運用はディフェンシブで現状維持的です。家庭裁判所への報告もしなければなりません。弁護士などの専門職後見人であれば、全然知らない人が財産を管理することになるので、近親者からすると意外で不満に感じられる場合があります。

3 遺言のこと
自分が死んだ後のことについては、何か自分でコントロールしたいときは遺言を残すことになります。公正証書遺言か自筆証書遺言が一般的な形式です。最近では自筆証書遺言を法務局が保管してくれる制度があるので、これが便宜な場合があるかもしれません。

解釈に疑義が残るような遺言は紛争のもとになるので、遺言を作成するときは専門職に相談するのがよいと思います。遺言執行者を設けるかどうかはケースバイケースで、状況次第では、遺言執行者を設けない判断もあり得ます。ふわっとした気持ちで「こんな感じかな」と遺言を作ってしまうと、残された相続人間に紛争を生じる原因を増やしてしまう可能性があります。

相続税の問題があるときは、これに配慮した遺言にするのが望ましいです。また、考え方はいろいろですが、遺留分侵害額のことにも配慮した方がよいのではないかと一般論的にはいえると思います(遺留分の問題があることが分かっていて、意図的に無視して遺言する、という判断は、あり得なくはありません。)。

遺言代用信託とか後継ぎ遺贈型連続信託などの信託については、信託の終了、税務、遺留分を含む相続、それぞれに、ケースが少ないので実務的に解決方法が定着していないこともあるので、信託で動かし始めるのはよいとして、最後信託の終了の局面で安全に着地できるのかという問題があります(裁判所は、信託を利用するほうがメリットが出る、みたいな判断はしないと思います。信託・非信託を問わず同じ結果になるように判断すると思います。)。相続人に紛争のある場合にも、解決を困難にする可能性があるのではないかと思います。また信託銀行は、遺言執行の対象を限定していることがあり、ややこしそうな問題は遺言信託で解決されない場合があります。

障害がある子のための遺言代用信託は、実務的な必要性(親なき後問題)があるので利用する余地があると思いますが、その他の局面では、できるかぎり信託を利用しない方法で、希望を満たす内容を実現することを考える方が、いまのところはセーフティであるように感じます。相続人が未成年者である可能性があるときは、未成年後見人を遺言で指定することも必要です。

4 生前の財産処分のこと
生前の財産処分については、不動産は、遺産分割という局面だけを切り取っていうなら、ないほうがよいので処分してしまうのがよいです。
とはいえ、空家なら処分可能かもしれませんが、自分や家族が住んでいるなどの事情があるときは、簡単にはいかないことも多いでしょう。農地や山林は処分が難しくなることがあるので、処分するか、処分しないまでも相続人が困らないように備えておくことが望ましいです。収益物件は収益物件として残しておく価値は、もちろんあります。借入があれば、相続税対策として機能することもあるでしょう。小規模宅地の特例や配偶者税額軽減については、うまく利用するのがよいです。今ですと、配偶者居住権などもあります。
生命保険は、相続税の支払原資として想定することがありますが、他の相続財産の多寡によっては特別受益の問題を生じます。
贈与は、贈与税の問題があります。お金だと、毎年、110万円ずつ贈与契約を作成して確定日付を取得し、その気があれば少しだけ贈与税がかかるぐらい、例えば120万円贈与して、毎年少しずつ贈与税を支払っておけば、後で名義預金だとか言われるリスクの多くは避けられるのではないかと思いますが、実際には、またそのうちでいいや、みたいなことになりがちです。まとまった金額をふわっと子供の名義で預貯金して贈与税課税の時効を狙うというのは、思わぬ贈与税課税を受ける場合があると思います。
教育資金贈与や住宅取得資金贈与の特例についてはうまく使えるとよいです。

5 事業承継
承継する事業があるときは、例えばなのですが不動産を保有して不動産賃貸業だけの態様であっても、法人になっているときは、会社支配の問題があります。設立が古いと、株主が誰なのか、持株数はどうなっているのか、という点があやふやな場合があります。定款もどこにあるのか分からないということがありますし、株券発行会社では株券がどこにあるのか、という問題がある場合があります。また、親族だけでなく第三者である株主がいる場合にどうするのかという問題があります。
また、株価が高く出過ぎて相続税が高くなる場合や、遺産分割するために資金が必要になる場合があるので、支払原資をどうするかという問題がある場合があります。生命保険をかけておくとか、退職金をたくさん出すとかして、キャッシュを確保しておく必要があるかもしれません。
あるいは、会社財産と個人の財産が混在(敷地は個人所有だけれど、建物は会社所有など)する場合があるので、これを予めどのように整理しておくか、という課題になる場合があります。

5 終わり
以上は、ありそうなことを思いつくままに書きました。網羅的でもなければ個別の論点を掘り下げたものでも全然ないです。


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