人の死の告知に関するガイドラインのこと

1.ガイドライン

令和3年10月8日に、国道交通省(不動産・建設経済局不動産課)から、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます。)というのが出ています。

人の死の告知に関しては、宅建業者に対してではなく、売主に対する責任追及が行われる場合もあります。売主、宅建業者双方に対する責任追及の余地もあります。

ですが、このガイドラインは宅建業者向けのものなので、宅建業者の責任という切り口で書いてみます。とはいえ、売主については、宅建業者という専門業者ではないといっても、物件の所有者であって(相続してすぐ売る、みたいな例でなければ)物件の属性を知っていて当然と思われるのが通常の人です。このため、売主も宅建業者と同等の責任を負うと考えて差し支えないと思います(実務的な感覚としては、売主の責任を考えるのが先で、宅建業者を視野に入れる方が後かなと思います。)。

2.告知義務の法律上の根拠

ガイドラインでは、どのような法律上の根拠に基づいて告知義務を負うのかについて、具体的に法文を引用していません。それでいいんかという気はしますが、宅地建物取引業法(以下「法」といいます。)上は、法35条(重説義務違反)、とか、法47条(告知義務違反又は不実告知)となると思います。

法47条に関しては、1号ニ(「前略…宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」)に含まれてくることになると思います。法35条に関しては、特定の条項に当たってくる感じではないのですが、同条の記載は、例示列挙と解されていますので、人の死に関する事実は、法35条の重要事項に含まれうるという立てつけになるでしょう。

また、宅建業者、売主ともに、付随義務なり信義則に基づく告知義務違反(契約責任)とか、不法行為という構成もありえようかと思います。

3.瑕疵担保責任のことなど

人の死に関する情報の告知については、これまでは、瑕疵担保責任(心理的瑕疵)という切り取り方で、多くの裁判例で争われてきています。ですが、民法改正で、瑕疵担保責任は契約不適合責任に変わりました。

契約不適合責任が今後どのように実務上機能するかは、まだ分からないのですが、一般的なこととして、何が契約不適合なのかという部分がはっきりしないと思います。表明保証があれば、それが間違っていれば、契約の内容に適合しないことになりそうですが、現在の不動産取引実務では、表明保証責任の記述が定着しているとはいえません(契約不適合責任・.表明保証との関連では、告知書/物件状況報告書を法的にどう評価するか、という課題があると考えています。)。

このため、今後の紛争の現れ方としては、契約不適合責任ではなくて、契約上の告知義務違反という形になるのではないかと考えています。

4.ガイドラインの内容

ガイドラインの内容は、要約すると次のとおりです。ガイドラインの対象は、住居です。

ケースは次の3つに分けられます。

A 自然死等:老衰・持病による自然死、日常生活で起きた不慮の事故による死亡(自宅階段からの転落、入浴中の溺死、転倒事故、誤嚥など)。但しBを除く。
B 特殊清掃等:自然死等のうち、死亡後長期間を経過するなどの事情のために、特殊清掃や大規模リフォーム等(以下「特殊清掃等」といいます。)が行われたとき。
C 自然死等以外:自殺、事件事故など自然死等にはあたらない死亡。

[賃貸借取引]
居室
Aについては、告知を要しません。[①]
B、Cについては、死亡の発覚から概ね3年以内は告知を要します。但し、死亡の発覚から3年経過後でも、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い場合は告知を要します。[②]

通常使用する共用部分(ベランダ、共用玄関、昇降機、階段、廊下など)については、居室と同じ取扱いとします。[②]

通常使用しない共用部分、他の居室については、告知不要です。但し、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い場合は告知を要します。[③]

[売買取引]
居室
Aについては、告知を要しません。[①]
B、Cについては、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、告知を要します。場合は、告知を要します。[①②③以外]

通常使用する共用部分(ベランダ、共用玄関、昇降機、階段、廊下など)については、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、告知を要します。[①②③以外]

通常使用しない共用部分、他の居室については、告知不要です。但し、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い場合は告知を要します。[③]

上記[賃貸借取引][売買取引]にかかわらず、「買主・借主から事案の有無について問われた場合や、その社会的影響の大きさから買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等」には、告知を要する。

以上です。分かりにくいですね。[自然死等・特殊清掃等・自然死等以外][賃貸借取引・売買取引][居室・通常使用する共用部分・通常使用しない共用部分・他の居室]のマトリクスになっています。
「特殊清掃等と自然死等以外」「通常使用しない共用部分と他の居室」は、いつも同じ取扱いです。
そして、いろいろ分類して立論している割に、最後に「とはいえ社会的影響が大きかったようなときは要告知ね。」という広い網がかけられています。

売買取引(居室)に関して、自然死等以外は要告知になっていますが、この点について、●年以内という期間に関する目安が示されていません。賃貸借取引は3年という目安が示されています。

また、「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」とは何か、という問いに対する答えとして、「取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合」と答えている部分があるのは、いかがなものかと思います。

5.実際どうするか

ガイドラインは、「当該宅地建物取引業者が民事上の責任を回避できるものではないことに留意する必要がある。」としていて、ガイドラインを守っていたからといって民事上責任がないと言い切れるわけではないよと言っていますので、最後は自分で考えるしかありません。

だったらガイドラインなんていらないんですけど、行政庁の宅建業者に対する監督ではこのガイドラインが参考にされるということです。また、民事上の責任についても、考えるきっかけにはなります。
裁判になったときは、ガイドラインは決定打にはなりませんが、参考にする(いちおう見ておく)ぐらいの資料にはなります。
売買に関しては、いつまでという期間の目安などが示されていないので、どちらかといえば、「告知義務を負う」という方向で訴訟上引用されそうな気がします。

自然死等以外については、次のようにいえるかなと思います。裁判例もふまえています。

賃貸借に関しては、3年は一つの目安となり、あるいは、死亡後、一度入居者が入った場合には、死亡後最初の入居者がすぐに退去したケースではない限り、その後の入居者には告知不要という線で収まることが多いと思います。当然のこととして、事故物件でないように偽装するためにいったん短期間誰かを住ませるというのはNGです。

売買に関しては、期間の目安は付きにくいです。定性的な言い方しかできませんが、賃貸借と同じで、売買が繰り返されれば告知の必要性は減ってゆきそうですし、期間が経過すれば告知の必要性は減っていくと思いますが、これぐらいかなというのは難しいです。

事件事故後10年経過していても違約解除が認められている裁判例もありますし、事件事故が発生した家屋自体は既に取り壊されている例でも、売主の損害賠償責任が認められる裁判例があります。

逆にというとおかしいですが、自用の住居の売買ではなく、収益物件である住居の売買については、一室であれ一棟であれ、賃貸借の基準で3年とか、入居者が何度も入れ替わっていたら、収益物件としての価値の毀損はない(売買価格やその判断に重要な影響を及ぼさない)でしょ、と言いやすいと思います。反面、収益物件でも、自分が買うときに告知を受けていたら、次に売却するときどうするか、悩ましいと思います。

売買に関しては、事件の重大性(報道されてたか、とか、近所の人はみんな知っているかどうかとか、とか、事件の異常性の程度)、売買の目的(自用か収益か転売/分譲か)、当該不動産なのか既に建て替えられているかなどの状況を睨みながら、最後は個別の判断をするしかありません。
例えばですが、同等の事件でも、田舎の一軒家と都心のマンションで判断は分かれることがあるでしょう。絶対安全を求めるなら、何でも伝えておくことになりますし、それが取引の相手方に対して誠実だと思います。ですがそれだと……、みたいな話です。

6.孤独死

孤独死に関しては、ガイドラインには言及はありません。孤独死は、ガイドラインよるなら、特殊清掃等が入っているとき(発見が遅れたとき)は、特殊清掃等に分類して判断することになると思います。これは間違いない。

これに対して特殊清掃等はないときが問題です。
ガイドラインでは、自然死に関して「老衰、持病による病死など、いわゆる自然死」と記述しています。この自然死の範囲として、心筋梗塞とか急性アルコール中毒など「急な疾患による病死」が含まれるのかどうかについて、ガイドラインでは記載がありません(「など」には何が含まれるのか。)。いまどきのこととしていうと、「一人暮らしでコロナに感染して搬送されずに自宅で死亡した例」は、自然死に含まれるのか自然死以外なのか、ガイドラインからは判断がつきません。

感覚的には、心筋梗塞などの急病による病死は、特殊清掃等がないのであれば、自然死に含めてよいのではないかと感じます。急病で急に死ぬということが一定数発生することは、知られていることだと思いますので、これを自然死以外に分類しなくてもよいかな、という判断です。
コロナ自宅死も、搬送されなかったことに納得感のなさはありますが、告知義務の切り口では自然死の範囲内かなあと思います。ただ社会的影響の程度が少し気になります。

急性アルコール中毒も自然死でよいでしょうか。もっというと、覚せい剤中毒の急性症状で死亡した場合はどうでしょう。すぐ発見されたなら自然死(病死)に分類してもよいかもしれませんが、ニュースになっていたらどうするかとか、ギリギリのケースはありますね。孤独死からは離れますが、覚せい剤を他人に打ってその他人が死亡したとなると、同じ覚せい剤中毒死でも、殺人か過失致死か、事件であって、自然死とはいいにくい感じがしてきますね。

このように、ギリギリ考えると、ガイドラインだけでは判断が難しいこともあると思います。でも判断しないといけないのは、いつもギリギリのことです。

「老衰、持病による病死」以外の病死は、全て自然死ではない、と考えれば一つの割り切りにはなります。思考を放棄すると楽ですが、告知事項は次第に増えてゆきます。

7.調査義務のこと

あと、ガイドラインに関しては、宅建業者の調査義務に言及があります。宅建業者の調査義務は、法31条や民法にその根拠が求められます。

ガイドラインでは、次のようになっています。
1.自発的に調査する義務まではない。
2.売主、貸主、管理業者などから聞いて知ったときは、それが相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えらえれるときは、告知を要する。
3.売主、貸主に告知書(物件状況報告書)を記載してもらったときは、それが後日誤っていても、重過失がない限り、調査義務は尽くされたものとする。

ガイドラインは、宅建業者に対し、売主、貸主に告知書を書かせることを推奨しています。かつ、故意の不告知は民事上の責任を問われる場合がありますよと説明することを推奨しています。でも貸主に物件状況報告書を書いてもらう実務って、たぶんないですよね。

8.最後に

このガイドラインに関しては、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン(案)」というものが不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会(国土交通省)の途中で出されていて、参考になります。

あと、途中で一度書きましたが、ガイドラインは住居を対象にしていますので、商業・オフィスは対象外です。ですので、商業やオフィスは、ガイドラインとか裁判例を見ながら考えることになります。
また、ガイドラインは、住居でも、賃貸はともかく売買については自用の住居の売買を想定していて、収益物件は想定していないのではないかと思います。この点は明示されていませんが、読んでいてそのように感じるというレベルです。

告知書/物件状況報告書との関係では、いまどきの告知書だと事件・事故・火災の記載欄みたいなものがあるでしょうから、告知書を出す場合には、(告知義務とは別の問題として)あるのにないと書いてしまうと、嘘を書いている、ということになってしまいます。このため、事件・事故があった場合で告知義務はないと判断し、告知しないことにするなら、告知書をどうするのか、という問題があると思います。

この記事は民事上の責任に関して書いています。行政庁が宅建業者をどのように監督するか/しそうかという切り口では書いていません。

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