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<祝!『流浪の月』本屋大賞受賞>凪良ゆう最新刊『わたしの美しい庭』のデザイナーが「色」に込めた企みとは

ひょっとしたらバズったと言っていいのでは……?
みるみる増えていく文芸編集部のツイッターの「いいね」を見ながら、ぼんやりそんなことを考えていました。

2020年本屋大賞を凪良ゆうさんの『流浪の月』(東京創元社)が受賞!
凪良さんといえば、新刊『わたしの美しい庭』をポプラ社から刊行しています。その嬉しい報を聞いて、僕はすぐに受賞帯の検討に入りました。
作家さんが文学賞などを受賞されると、その情報を掲載した受賞帯を作ったりします。すでに刊行されている本に巻替え、読者に「受賞した著者のこんな面白い本もありますよ~」と伝えるためです。みなさんも「〇〇賞受賞!」と書いてある帯を店頭でご覧になったことがあるかもしれません。

もちろん今回もそうした帯を作ろうと思ったのですが、担当営業のFさんと話していたのが「凪良さんをお祝いしたいよね!」ということ。
『わたしの美しい庭』は凪良さんの最新刊だし、読者に受賞をお知らせするだけではなくそれ自体が凪良さんのお祝いになるといいなあ……でもどうしたらいいかなあ……とぶつぶつ相談していた中で、ふとFさんがつぶやきました。「お祝いカバーにしたら素敵じゃない?」

『わたしの美しい庭』のタイトルは水色の箔(箔押し:キラキラした印刷加工のこと)が押され、とても印象的に輝きます。この機会に他の箔色バージョンを作ればとてもめでたく、しかもそれが複数色並べば、店頭で輝いてお祝いにふさわしいのではないか
その案を聞いて僕は「それ、絶対やりましょう!」と二つ返事。
編集者はいつだって箔を押したい生き物なのです。

そんなこんなで4種類の箔色を追加したお祝いカバー&帯が完成しました。
わくわくしながら完成した見本をツイッターにアップしたところで、冒頭に戻ります。
普段は二ケタ程の「いいね」が、みるみる3ケタに。4/13日時点では450以上の「いいね」がつきました。


(ポプラ社文芸編集部ツイッター的にはめちゃくちゃ多いのです。よかったらたまに遊びに来てください)

「いいね」を押してくださるだけでなく、「ぜひ欲しいです!」「お祝いカバーっていいですね」など温かく嬉しいリプがたくさん届き、沈みがちな気持ちがとても明るくなりました。

そんな反応を見て、これはふたたび「あの人」に話を聞きたいかも……という欲が出てきました。
そう、『わたしの美しい庭』のデザイナー、bookwallの築地亜希乃さんです。
装丁の秘密やたくらみについて語ってもらったnoteインタビューが大反響を呼びましたが、

築地さんならば今回の重版にも何か仕掛けがあるのではないか。いや、きっとあるに違いない!


せっかくの機会なのでインタビュー番外編として、重版帯や箔押し加工について余すことなく伺いました。
※bookwall、ポプラ社ともに在宅勤務中なので、WEB通話での取材を行いました。
(聞き手:文芸編集部 森潤也)

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新帯デザインの企みと、箔色の意図


 『わたしの美しい庭』のお祝いデザインありがとうございました。写真をツイッターに掲載したら反響が大きくて、すぐに400以上のいいねが付きまして。


築地 わー、ありがたいですね。嬉しいです!

森 気が滅入るニュースばかりなので、こんな時だからこそ明るい話や美しい話を届けられるといいなと思い、築地さんのインタビュー番外編をお願いした次第です。


築地 私も明るい話がしたいので、ぜひ!


 さっそくですが、今回の新帯のこだわりポイントを伺いたいです。


築地 一番のこだわりポイントは飾りで入れている「バラ」!……なのですが、その部分のお話をする前にデザインの過程を順番に説明しますと、まず、全体イメージは森さんから頂いたラフがベースになっています。
メインキャッチの「『流浪の月』本屋大賞受賞!」は目立たせるため中央に、「祝」は左の一番目に飛び込んできやすいところに置きました。これは横組みのデザインですと人の目線は左から右に動くからです。
ちなみに「祝」の囲みがなみなみしているのは花をイメージしまして、右側の「凪良ゆう最新作」の部分は切なさやシャープさをイメージして、ガラスのひび割れみたいなものを想像して五角形にしました。

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 へえー。それは気づかなかったです。ガラスのひび割れをイメージされたとは思ってもいなかったので感激しています。


築地 最後にバラをどうあしらおうかと考えたんですが、この本は「風通しのいい本」ということをずっと意識して造っていたので、バラの所は華やかさは出したいけど重さは出したくないと思って線画に。線の色も墨(黒色のこと)ではなくピンクにして軽さや可愛さがでるようにしました。


森 飾りの要素であるバラは最後に考えるんですね。


築地 そうですそうです。帯は広告としての役割が高い部分ですので、まずは必要な要素をしっかり見せることを考えて、最後にできた余白のスペースでどれだけ遊べるかを考えるようにしています。だから一番こだわる部分でもあるんです。

 今回、カバーのタイトル箔を重版限定で新たに4種類作っていただいたわけですが、追加の箔色として、この4色(金・ピンク・サンセットオレンジ・キウイグリーン)を選んだ理由はありますか?

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築地 まず金色は、本屋大賞の一位なので「金」メダルのイメージです。ピンクとキウイグリーンはイラストから取りまして、ピンクは花の色、キウイグリーンは植物をイメージしています。また、絵全体に光が差し込んでいるので、サンセットオレンジは太陽の光をイメージして選びました。最初の箔である水色よりも濃い色にはせず、全体の明度が同じように見えるように注意しました。


森 ちなみに築地さんのオススメは何色ですか?


築地 そうですね、実物を見てからまた決定したいですが、サンセットオレンジが楽しみです。


 サンセットオレンジ、赤でも銅でもなくて素敵な色ですよね。僕はキウイグリーンがイチオシですが、ピンクはカバーが春の庭みたいに見えてかわいいです。

「水色」に込められた想い


 そういえば最初に『わたしの美しい庭』のタイトルデザインを決める時に、水色と墨の箔押しという候補がありましたよね。あの時はなぜ、その2色だったんですか。

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(提案してもらったタイトルデザイン。左は幻の墨箔バージョン)


築地 実は最初、タイトルは墨箔がいいかなと考えていました。一番の理由はタイトルが読みやすいことです。もう一つは「タイトル」と「イラスト」がしっかり分かれて見えること。普段私たちが読んでいる本は白地に墨で文字が書かれているので、墨は一番見慣れていて、色によってイメージがつくことがなく文字情報だけしっかり入ってくるので良いかなと思ってたんです。


 それだけ聞きますと墨になりそうな気が……。


築地 そうなんです!でも、タイトル色の検討をしていた時に墨以外で「水色」がいいな、って感じた瞬間があって、その時はイラストに風が通っていることと水面を思い浮かべて、水をイメージできたのがきっかけです。そこからどうして水色に惹かれるのかを今回の書籍の内容を踏まえて考えていきました。
一つの場所にとどまったり、常に流れ続けていたり、温かくも冷たくもなる、海でいうと浅いところや深いところがあったり……水の特性を考えた時に、今回の内容に出てくる人間の生き方や性格に水という存在がどんどんハマっていくんじゃないかと思いまして、そんなことを考えたら、墨にするより水色にする理由がばーっと広がっていったんです。候補としてその2色をお送りしましたが、水色だと凪良さんの本の内容も引き立たつし植田さんのイラストとの親和性も高いかな、と最終的には思っていました。


 水色にそんなメッセージが込められていたとは……。


築地 いや、めちゃくちゃ悩みました(笑)。


 最初に水色と墨のデザイン候補を出してもらったときに、編集長は墨推しだったんですよ。


築地 その気持ちも分かります。墨が好きな人もいるだろうなと思います。


 墨はタイトルの可読性も高いし、全体が締まってかっこよかったんですが、僕は水色がすごく好きだったので水色で強行しました(笑)。 築地さんも水色推しでよかったです。


築地 他の色も考えたんですが、自分の中で一番しっかりした理由があったのが水色でしたね。

「色」に影響を与えるいろんな要素


 タイトルデザインをするときに、色味で意識することはありますか?


築地 イラストや写真などベースの画像を踏まえて、どの色が立ってくるか考えて作っています。ただ、ミステリや温かみのある作品などジャンルによって色を最初に絞ることもありますし、出版社さんで変えたりします


森 へえー。出版社によっても変えたりするんですね。ちなみにポプラ社の場合はどのような意識をされてるんですか。


築地 パキっとした原色寄りのデザインもラフの提案には入れつつ、色味調整をけっこうしてます。C100じゃなくてC80にしておくとか、M100ではなくM60にしてY10を入れるとかですね(※C=シアン、M=マゼンタ、Y=イエロー。80など数値によって色の濃さが違う)。ポプラ社さんの持っている柔らかいカラーを踏まえて、強い色を出す本ではないかなというときは色味を抑えたりしています。あとは編集者さんによっても少し変えたりしますね。


森 それはなんとなく分かります。編集者も人によって傾向や好みがありますよね。


デザイナーにとって箔押し加工とは


 色の話を伺って気になったんですが、墨箔って要するに黒ですよね。金みたいに分かりやすくキラキラするわけではないので、箔押し加工をせずに、ただの黒色でもいいと思うんですが、なぜ墨箔を考えられたんですか。


築地 箔押し加工をすると文字が立ってくるんです。加工だから光の反射で光るので、通常の墨と比べると店頭で映えるなあと思いました。


 なるほど……。ちなみにデザイナーさんは箔押し加工というものをどう捉えられているんですか?


築地 「目立つ!」「豪華!」「手が込んでそう!」です。自分もこうやって装丁のお仕事をさせて頂く前は、加工された本に対してそのように思っていました。本を買ってくれる方が書籍自体に物体としての特別感を感じて、本の価値を引き上げてくれるものじゃないかなと思います。あとは、デザイン的な話で言いますと、私たちがデザインする表1(本の表面のこと)はもちろん平面なのですが、作るときは立体で考えるんです。一番下にイラストや写真などベースの層があり、その上の層にタイトルと著者名があるという二層構造です。2層は本当にざっくりとした分け方で画像の使い方、タイトルの作り方で層を増やすこともできますし、使用するイラストや写真自体にも層はあるので、書籍によって何層にも重なっていきます。


森 うーん、レイヤー的な考え方ということですか?


築地 そうです! デザインをする時にそういう考えで作ると、平面的ではなく立体的で広がりのあるデザインになると松(bookwall代表:松昭教)から教わりました。その視点で考えたときに、箔などの加工はもう一層つけ加えられるわけです。墨の箔を押すとタイトルの上に層がのるので、さらに強力にできるわけで、そういうふうに表現の幅がぐっと広がるというか、更に奥行きを感じるというのが、デザイン的な視点で見たときに箔(加工全般)から感じるものですかね。


 それをロジカルに説明できる築地さんがすごいですね……。


築地 いえいえ……全部松から教わったことでございます。

加工をデザインに取り入れるということ


 『わたしの美しい庭』では、箔押し以外の加工は考えましたか?


築地 UV加工(※紫外線を照射することで硬化するインキを使った印刷加工のこと。加工部分が盛り上がって見える)を使おうかなと考えたことはあります。水面部分にUVを盛って本物の水のように見せたり、細い線のようなUV加工を入れて、全体に雨が降っているように見せてもいいかなと考えたこともあるんですが、植田さんのイラストを最優先で考えていたので、絵が見えにくくなることはやめようと思ってタイトル回りだけの加工にしました。

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(水面部分。加工が施されてリアルな水面になっていた……かもしれない)


 加工をデザインに取り入れるときはどの段階で考えるんですか?


築地 うーーーん、難しいですね。松からは、加工をしなくてもデザインとしてしっかり成立するものを作らないといけないと言われています。はじめから加工を前提としたデザインをすることもできるんですが、そういうものは加工ができなくなった場合にデザインとして成立しなくなる可能性があります。だから『わたしの美しい庭』の場合でも、加工してもいいよと森さんから言われていましたが、いったんそれは置いておこうと思いました。そして植田さんのイラストが出来あがった時点で加工の可能性も一緒に考えはじめました。


 加工ナシでもデザインとして成立する前提があった上で、加工の可能性も検討していくというわけですか。


築地 そうですね。ただ、それはあくまでbookwallの進め方かもしれません。


森 なるほど……。とても勉強になりました。


築地 こちらこそです。今回はせっかく5色の箔色カバーを作らせてもらえたので、どの色が人気なのか知りたいですね。


 同じ本の違うカバーが同時に店頭で並ぶことはまずないんですが、それができる機会なので、ピンクの売れ行きがいいとか、なにか傾向が見えたら面白いなあと思いますね。


築地 もしかしたら女性はキウイグリーンが好きだったりして。


 最終的に人気なのはシンプルな金かもしれない(笑)。


築地 ぜひそれぞれの好きな色を探して欲しいですね。


 今回も本当にありがとうございました。

☆今回のお祝いカバー、みなさんは何色が好きかアンケートを実施中です! ポプラ社文芸編集部ツイッターで募集中なので、ぜひみなさんのイチオシを教えてください。ちなみに元の水色は殿堂入りです。



今回のお相手=築地亜希乃(つきじ・あきの)
1991年生まれ。長崎県対馬出身。東京造形大学卒。「あるかしら書店」「学校に行きたくない君へ」(共にポプラ社)「君の膵臓をたべたい」「鬼人幻燈抄」シリーズ(共に双葉社)などを手がける。児童書の仕事がやりたいです。

▼凪良ゆう『わたしの美しい庭』大好評発売中! ぜひコロナが落ちついたら、書店に出かけてお祝いカバーをご覧になってください。

しょえい


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