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今月のユウウツ『ノーラン映画』


 突然だけど『TENET テネット』はもう観た?(以下、ネタバレ上等の内容になっているのでそこんとこヨロシク!) もちろん、僕は公開初日に観に行きましたよ。なんせ今年最も楽しみにしていた作品のひとつですからね。しかも、これがもう期待を大きく上回る仕上がりで、大興奮のまま映画館を後にしたわけですよ。そこまではよかった。そこまでは……。

 しかし、帰りの電車の中、ついツイッターで感想を検索しちゃったもんだからさぁ大変、「あれ、オレが観たのは別の『テネット』だったんじゃ……」と困惑するほどハイレベルな謎解き合戦が繰り広げられていて、瞬間冷却的に劣等感に苛まれた。この劣等感と向き合うために、そもそも自分は本作の何に興奮していたのかを頭の中で整理してみた。で、去来したのはやっぱり、あの逆再生映像だ。あそこには、映画作りの初期衝動が息づいていた。自分もそういう経験あるけど、映画を作りたくなってカメラを持った映画研究部員がまず何をするって、撮った映像の逆再生なわけですよ(あとはスローモーション再生。これも『インセプション』でノーランはやっていたね)。そういう初期衝動を、最新技術を駆使してやっているってことに感動したわけ。だけど、ツイッターの人たちはそれが物語の中でどういう理屈になっているかってことばかり語り合っていて、しかも僕にはまったくついていけないとくる。

「それでいいんだよ」と助け舟を出してくれたのは、同じく初日に『TENET テネット』を観た映画好きの友達だ。いわく、「ノーラン映画の面白さって、車とか飛行機がバンバン破壊されるところにあると思うわけよ。その意味で、マイケル・ベイの『トランスフォーマー』シリーズなんかとやっていることは変わらない。実写だからノーランのほうがすごいとすら言える。なんだけど、多くの観客は『トランスフォーマー』が好きとか言いづらいわけよ。バカっぽいって思われるから。ノーランが時間ってテーマを扱うのはそれに対するやさしさだよ。もしパレスチナ問題だったらここまでノーランはウケてないでしょ。時間ってテーマが素晴らしいのは、誰でも深いこと考えられるってところ。深く考えられる部分もあるから、やっていることはマイケル・ベイとほぼ変わらないのに、好きって言っても恥ずかしくない。考えてみれば、『インターステラー』だって、難しい話に見えるけど、結局は子供部屋と多次元空間が繋がってましたっていう、『ドラえもん』みたいな話でしょ。その昔、『ベスト・キッド』のキャンペーンで来日したジャッキー・チェンとジェイデン・スミスがTVに出ていたのね。インタビュアーに『オールタイム・ベスト映画は?』と聞かれたジャッキーが『サウンド・オブ・ミュージック』と答えると、ジェイデンは『化石じゃん!』とあざ笑ってから言い放ったんだ。『僕は『インセプション』だね。あれこそ映画芸術だよ』って。これがノーラン現象の正体。だから、君が逆再生映像にただ興奮しただけでもまったく問題ない」とかなんとか。

 いや、全然助け舟になってなくね? こんなに斜に構えた発言もそうない。一理ありそうな部分もあるからむかつくけど、僕のほうが『TENET テネット』を楽しんだ自信があるからよしとしよう。まぁ、そんな意見も含めて、ノーラン映画には話したくなる作品が多いってことだ。ただ、意見を聞く友達はちゃんと選びましょう。

illustration: Yoshikazu Ebisu text: Keisuke Kagiwada

シティボーイならではの憂鬱に正面から向き合っていくポパイのコラム連載です。本誌では悩みをトリッキーな角度から解決する「今月のナイスアイディア」も掲載しています。イラストは漫画家・蛭子能収さんの描きおろし!

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