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「ドラッグス」 第三話

 加藤亮司、あいつとは同じ中学だった。俺は、中学時代なるべく誰かと接することの無いように生きてきた。しかし、英気ヒロキとこいつは何かと話しかけてきた。英気は幼少期からの仲だったが、亮司とは中学の3年だけの間がらだった。多分生きるリズムみたいなのがあったんだろう。お互い両親がもう他界していたのも大きかったのだろう。何もしないで一緒にいる時間も多かった。あいつは頭がよかったから都心の進学校へ進んだ。俺は、英気と共に地元の高校に進んだ。そんな、亮司の名前がブレイクの顧客リストに載っていた。なぜ、あいつが。俺は正直信じられなかった。

そんなことを考えていると昼休みのチャイムが鳴った。
「おい、飯にしようぜ」英気は俺の目の前に弁当を置くと早速食べ始めた。
「で?次はどうするんだよ?やるんだろ?犯罪者退治、顧客リストがあるなら未然に犯罪を阻止できる絶好のチャンスじゃんか」
「ああ、それだけどしばらくはお休みだ。ちょっとやらなきゃいけないことができた」「なんだよそれー」

 英気は、呆気にとられていた。恐らく英気は亮司の名前がリストに載っていることに気づいていないだろう。元より、こいつと亮司はクラスが別だったということもあって直接関わりがあったわけではない。できれば、穏便に解決したい。そのためには、俺が直接あいつと話して説得できれば良いのだが。

 放課後、俺は一人であいつが利用する駅で待っていた。
亮司が駅から出てきたので俺は手を振った。彼は、俺に笑顔を返した。

しばらく二人とも無言で歩いていた。最初に沈黙を破ったのは亮司だった。
「最近どうなの?」「まぁ、高校は楽しくやれてるよ」 そんな、感じで会話が始まった。お互いの近況のこと、最近できたお店のこと、そんな何気ない内容が続いた。市内を流れる川の橋に差し掛かった時に俺は、急に話題を変えた。

「お前、ブレイク持ってるんだろ?」
「えっ!?」亮司は一瞬固まった後にこう切り出した。
「そんなわけないだろ?急に何を言い出すんだよ!」彼は焦っていた。
「お前がさっきからしてる右手の甲を抑える癖だけど、俺の知っているかぎり中学生の頃はやらなかった。それは、ブレイク中毒者が投薬痕を隠すときにやる仕草だ」

俺の話を聞き終わると亮司は諦めたように微笑み語り始めた。
「さすが、ブレイクの親の子供だな。ブレイク投薬者の癖まで知っているとは恐れ言ったよ」
「なんで、そんなことしたんだ?」俺は亮司の目をじっと見つめた。
「姉さんの無念を晴らすためにはこの世界のゴミ共は粛清しなきゃいけないんだ!」亮司の目には怒りに満ちていた。

亮司には、歳の離れた姉がいた。俺らが中学3年の冬に彼女は亡くなった。彼女は仕事で夜遅くなった日に行方不明になりその3日後に山奥で遺体として発見された。遺体には、無惨にも暴力を振るわれた痕があった。警察の調べによるとこの地域の半グレ集団による犯行とされた。犯人グループは逮捕されたが未成年ということもあり実名が明かされることはなかった。両親がいなかった亮司にとっては唯一の身近にいた家族だった。彼は、よく姉の話をしていた、自分のために一生懸命働いてくれていて将来は姉に恩返ししたいと言っていた彼の目は澄んで美しかったのをよく覚えている。

「あの時、僕は世界を憎んだ。なんで、姉さんが死ななければならないんだ。街を歩けば姉より価値のなさそうなバカで薄汚い人間がたくさんいるのに。こんな世界間違ってる!だから僕が世界を正すために力が必要なんだ!これが僕の正義なんだ!君に何がわかるんだ!正義の味方気取って綺麗事の説教でも並べて説得でもする気か!なぁ!?どうなんだよ!」亮司は拳を強く握っていた。最近、街の不良をブレイクを利用して半殺しにする事件が発生していたのを思い出した。

「いや、説得なんてする気もなければ、自分の正義を君に押し付けようとなんて思ったことはない。ただ、ブレイクの利用をやめてその薬を手放してくれるだけでいい」俺は淡々と答えた。

「ふふっ、君らしい答えだ。でも、このことを知ったということは無事で帰れるとは思ってないよね?」亮司は制服のポケットからブレイクを取り出した。

「本当は、友達には手をかけたくないんだけどしょうがない。僕の正義のためには必要な犠牲さ」そういうと自分の首筋にブレイクを打ち込んだ。

奴に投薬痕が現れる前に俺は、後ろに思いっきり下り距離をとった。そして、すでに手に巻かれているアブソーバーのスイッチを押した。

これは使いたくなかったがこういった事態を想定して一応つけてきた。

俺の右手に現れた投薬痕を見て亮司は言った。
「まさか、君もその薬を使うとは…」亮司は驚いた顔をしていた。
しかし、すぐに攻撃モーションに移った。冗談じゃない、こんな場所で投薬者が暴れたら橋が崩壊しかねない。俺は、迷わず橋を飛び降りた。

河川敷に着地すると亮司を見上げた。奴も橋から飛び降りた。奴は着地と同時に俺に向けて走り出した。俺と半歩のところに距離を詰めると奴は右ストレートを放った。見え見えのストレートに当たるほどバカじゃない。俺は、初撃の攻撃を交わすとカウンターを腹にお見舞いした。亮司は、「ごふぉ」という声とともに後方へ数メートル吹っ飛んだ。

やったか?そう思った。しかし、亮司は俺の期待に反して立ち上がった。「さすがに、投薬者相手だと一筋縄ではいかないね」
「遅い」俺は、亮司に向けて言った。その時、俺はすでに次撃の飛び蹴りに向かって飛び上がっていた。

”アンチパターン”旧市街地の長髪の男が言っていた。俺のブレイクスキル。凄まじい脚力と投薬者の能力を数十秒間発動できなくするスキル。これが決まれば例え亮司が倒れなくても畳み込むように攻撃できるはずだ。

ズドン!凄まじい轟音と共に俺の右足に電撃の流れるような衝撃が走った。
決まった!

しかし、俺の蹴りを大きな悪魔の手のようなものが阻んでいた。でかく禍々しい手。大きさにしてたたみ2畳分の掌がそこにはあった。
俺があっけに取られているとその手が俺の足を掴み振り回せれハンマー投げの要領で投げ飛ばされた。

俺は受身を取り損ないそのまま地面に叩きつけられ、吐血した。俺が体を起こすと頭上に巨大な手が浮いていた。
「これで終わりだ」亮司がそう言うと、大きな手が俺に目がけて振り下ろされた。俺は、ギリギリのところで後ろに飛びかわしたが奴の手は地面を叩き割った。

やばい!追撃が来る!そう感じたが追撃は来なかった。おそらくだが奴の禍々しい手の射程は約10mちょい、それより先には移動できないのであろう。射程、攻撃範囲、腕の機動力、速度このうち俺があの腕に分があるのは機動力と速度くらいだろう。

亮司の目の前には大きな左右の掌が二つ浮いていた。このまま突っ込んでも勝ち目はない。俺は奴との距離感を保ちながら後ろに回り込むために周囲を高速で移動した。しかし、攻撃を仕掛けるために距離を詰めようとしても奴の二つの巨大な手からの攻撃が来る。このままでは、いずれブレイクの効果が切れて不利になるだけだ。俺は、奴の正面で止まった。

「どうだい?僕の”デビルハンド”の力は?もう諦めたかい?」
「いや、とっておきをお見舞いしてやる」
俺は、一歩一歩やつの射程に踏み込んだ。
「とっておき?そんなことがあってたまるか!」
奴の大きな右手が硬い拳を作り俺に向かって飛んできた。

その瞬間、俺は奴の手を飛び越えるようにジャンプした。そして、手を踏みつけて前方への推進力を得た。

「紅蓮玉!!!!」
そう言って俺は右手に握り込んでいた物を奴に向かって投げつけた。
紅蓮玉なんてそんな技無い、だが、"とっておき"などと言った後の投擲物なんて防がないわけにはいかない。奴はまんまと俺の投げた煙玉をもう一個の巨大な左手で防いだ。ドパン!そんな乾いた爆破音と共に周囲に煙が広がった。

奴は、俺に攻撃する際必ずに俺の方を見ていた。あの大きな手は視力による補助がないと正確に物体を捉えることはできないつまり一時的に視覚を奪ってしまえば正確な追撃はできない。

「どこだ、どこ行った?」亮司の声が響いた。
「おい!こっちだ」亮司は後ろから聞こえた声に硬直した。

「これが俺のとっておきだ!!!!!」俺は、力いっぱいに回し蹴りを炸裂した。

バチィ!!!!、電撃の流れる感覚が俺の足から亮司の体を貫き吹き飛ばした。

亮司は、全身を地面に打ち付けた。奴は寝転がったまま悔しそうに言った。
「君の正義の力の方が僕の正義よりどうやら上だったようだね。もう起き上がれない・・・」
「いや違うな、憎しみを持って力を振りかざすのは正義でもなんでもないただの復讐だ。俺の方が、復讐心が強かっただけの話だ」
「へへ、そうかい」俺らその後黙り込んだ。

その後、英気に連絡をとって迎えにきてもらった。ひとまず、俺の家に亮司を運んで薬の効果が抜けるまで亮司と一緒にいた。

「どうするんだ?亮司のこと警察に突き出すのか?でも、このまま解放したとしても禁断症状もあるしまた薬を使うんじゃ・・」英気は心配そうに言った。
「僕も正直、薬をまた使わない自信はない。たまに、薬を打たないと身体中がうずうずして、ソワソワして落ち着かない時がある。極力我慢しているけど打った時の快感と安心感だけには抗えない。正直もう打てないと思うだけで心臓がぎゅうっと締め付けられる」そういうと亮司は目を落とした。

「頼れる人がいる」俺はそういうと一本の電話をかけた。


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