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ちよ日記 2023/10/18(水)
昨日酔った勢いで半分ぐらいこの日記を書いていた。公開するか迷ったし、立場上こういうことをインターネット上に書いていいのかどうか怪しいところではあるけれど、最近ずっと思っていたので公開する。
今の学校に赴任してからもう3年目になり、現在担任している子たち(5年生)との関わりも、同じく3年目になる。
採用試験に受かってしまったせいで来年は別の学校に異動になることがほぼ確定してしまった今現在、教え子たちがかわいくて仕方がない。異動したくなさすぎると話題に。
今担任している子たちが3年生のとき、今の学校に赴任し、3年生の担任を持った。
当時同じ学年を一緒に受け持った先生は2人いたのだけれど、主任(学年のリーダーの先生)の先生は何というか『恐怖政治型』で、3年生にする指導としては強すぎるというか、怖すぎた。なんか給食中に怒鳴ってると思ったら給食の皿(プラ製)を叩き割ったりしていたし、近隣住民から、怒鳴り声に対して心配の電話がかかってきたりしていた。ゴリラかよ。
主任が担任する1組は、統率が取れているけれど『先生が怖いから』しっかりやっているだけであって、本当にまとまったクラスではなかったように思う。
主任は去年も担任を持っており、子どもたちにとっては持ち上がりだったため、学年全体で主任に対する恐怖感が蔓延していた。隣のクラスから怒鳴り声が聴こえてくると、わたしのクラスまでビクッとなって静かになるくらいには。
わたしともう1人の先生にも、主任と同じやり方を統一させようとする人だったので、自分のやりたい指導ができなくて動きづらい場面も多かった。まあやり方が統一されているのは悪いことではないのだけど、2年目ペーペーのわたしが「こういう指導もしましょう」などと口出しできるはずもないので従う他なかった。
もう1人の先生(B先生とする)は穏やかで、授業が上手くてすごい仕事が早い(小並感)人だったので、救われていた。B先生はあまり子どもが好きではないらしく、子どもたちと深く関わることはしなかったし、自分の仕事以外はほぼやらない(働き方としては正しいので何も言わないが)人だったので、当時2年目のわたしとしてはかなり苦しい状況だった。
それでも何とか地獄みたいな1年を耐え抜けたのは、やっぱり子どもたちの存在が大きい。というかそれしかない。『この学年の環境は間違いなくおかしいけれど、せめて自分のクラスだけは何とかしよう』という考えだけで働けたので。
主任は度々、子どもたちを厳しく指導したり、時には理不尽な指示を出したりした。
その度にB先生とわたしできちんとした指示に直して子どもを動かすのはしょっちゅうだった。…ということを思い出したら世界を破壊したくなってきた。
運動会の練習はわたしが主だったので、学年全体に話をする機会も多かった。主任がいない日に、『主任の指示で困ったらわたしの言う通りにすればいいよ』と言っておいたりもした(反逆)。B先生はウケていた。
このあたりから、子どもたちとの距離が縮まって、より仲良くなれた気がする。子どもたちも『(3年生の担任の中では)優しい』という印象を持ってくれたようで、他のクラスの子たちもよく懐いてくれたし、信用してくれた。
『これが本来の"統率"だ』と主任に言ってやりたかったが、給食のプラ皿のように真っ二つにされたくないので言わなかった。それからもいろいろあったのだけれど、3年生の修了式を笑顔で迎えさせてあげられたのは結構泣きそうだった。
そんなこんなで地獄のような1年間を耐え抜き、去年、今年と築いてきた子どもたちとの関係はかなり深い(わたしが思っているだけかもしれないけれど)……と思う。
1番苦しかった1年のことを書いただけで終わりそうなのでわたしが担任している子たち、および学年のかわいいところを書く。
『ちよちゃん』みたいに、名字をもじったあだ名で呼んでくるところ。
大人を舐めるな。かわいい。まあわたしが『困ったらちよちゃんの言うとおり でヨロシクね』と主任がいない時に言い続けていたのでそれのせいだと思う。わたしのせいだった。
田舎の子どもなので大人びた感じがなく、年相応のことで楽しめるところ。
なんなら幼いまである。男子も女子も休み時間になるたびにくっついてくる。
でもかわいいから許す♡
阿呆しかいないところ。
遠足の自由時間で漫才やって学年中盛り上がるのぽまいらだけだよ。
わたしのことが好きすぎるところ。
わたしもぽまいらのことが好き♡
週末に控えた運動会が終わったら、いま担任している子たちとの大きな行事はない。
あの子たちの修学旅行や卒業式が見られないのは本当に苦しい。
5年生の時の思い出なんて、大人になったらほとんど忘れてしまうような記憶だと思うけれど、残された数ヶ月の時間で、できる限りのことを教えていきたいと思う。
来年の担任が変なやつだったらしばいた後に世界を滅ぼす予定。
それでは、さようなら。
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