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頑張る理由が欲しかっただけなのかもしれない


仕事をしていて、思わぬ壁にぶつかる瞬間というのがある。

自分が思い描いていた理想のようなものに辿り着くためのロードマップが何一つうまくいかない。

私は何か行動をする前に、大成功した時を考えてやる気を出すタイプだから、現実とその想像が離れれば離れるほど焦ってしまう。軌道修正しようと頑張るのだけど、あ、これもうだめだ、と底が見えてしまった時、とんでもない絶望感に襲われる。
大成功を考えるということは、自然と大失敗パターンも考えてしまっているもので。こうだけはなりたくない、これにだけは、ならないようにしなければ。という最悪の状況。それを考えることでそこまで酷くはならなかったからよかった、と自分に言い聞かせる、いわば逃げ道にもなっている。

私が今まで働いてきて、一番大きな壁にぶつかった時。それは人間関係の壁だった。
ある日突然、周りが敵だらけになった。支えてくれていると思っていた上長でさえ、裏では私の悪口を出汁にみんなと仲良くするような、そんな卑怯な真似をしていて。
四面楚歌。共に働く仲間なはずなのに、目標とするものは同じはずなのに、なんでこんな敵対されなきゃいけないのか。裏切られなければならないのか。
後になってわかった話だが、その原因となるものは本当に小さな勘違いで、その誤解すらとければすべてが解決したのだけれど。

時間にして数ヶ月の問題だったけれど、その期間は思い返した今でさえ嫌な気持ちになるほど、すごく苦しかった。直接的な原因が私の中にない分、心を入れ替えるようなこともできないし、でも毎日のように浴びせられる冷たい視線と、全然和らがない周囲の態度に、酷く疲弊していた。

どうすればいいかわからなくて、考え込んでひとり泣いてしまうような日もあった。

底が見えかけていた。もう、底に足をつけてしまおうかと思ってしまうときもあった。

そんな時偶然、元同僚がLINEをくれた。
何気ない業務連絡のようなLINEだった。
その子とは、いつもふざけ合うような言葉の掛け合いしかしていなかったし、本音をぶつけ合うようなことは一度もしていなかった。
だけど、その子の働き様を私はただ尊敬していた。
だからきっと、なんとなく、出た言葉だった。
どうしようもない弱音を、どこにぶつけていいのかもわからず、ぱんぱんになった頭と心が吐き出した悲鳴のようなものだったんだと思う。

「もうどうすればいいかわからない、辛いかもしれない」

と、格好悪い言葉。


その子は私の事情なんて知らないから、こんな言葉を聞いても、何弱音言ってんだと怒られるかもしれないし、普段こんなこと言わない私を過剰に心配してくれるかもしれない。
そのどっちでもよかった。返ってくる言葉に期待していたわけじゃない。ただ、当時の私はどうしようもなかったのだ。誰でもいい。なんでもいいから、自分を気遣う言葉が欲しくて堪らなかったのだ。

けれどその子がかけてくれた言葉は、叱咤でもなければ同情でも心配でもなかった。


ああ、私まだ頑張れるな、と思った。
頑張らなきゃ、と前を向けた。

自分の中の何かが温度を上げていく。真っ暗な中に見出したこの熱が、この温かさが、私のエンジンだ。


「あなたが頑張る限り、味方でいるよ」


そんな心強い言葉あるかよって。

次は私が誰かに、そんな一言をかけてあげられる人になりたいと思った。

#エンジンがかかった瞬間

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