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支えているものと 支えるもの

普段 海外一人暮らしをしていて

戸主が事実上 日本人である女の私で

2匹のプードルが家族の全てである場合

自分でも 思うのだから 結構 その暮らしぶりは 遠目で見ても

目立つかもしれない

「独り」であるということと たまたま「一人」暮らしである その他の人とも立ち位置は少し違うようで

いつだったか 険しい顔をして暮らしていたことがあった期間に

ローカルの住民であろう『自筆のサインと電話番号』が明記されてもいたキリスト教の布教パンフレットが丁寧にうちの郵便受けに挟まれていた

クリスチャンに抱いていた’弱き者を助ける’援助精神は ここに健在していることに感心し

スピリチュアルなので ありがたく 気持ちだけ 何かの時のためにそれは箱にしまわせてもらった

見ている者と 感じている者は 本当らしく

本人ですら 思うのだから 事実でないはずはなく

色々と 精神面で きつくなることが 多い

幸いなことに 私は通りがかれば

笑顔で 手を振ってくれる 隣人に囲まれ

必ず丁寧にわたしの名前を よんだりしなが ら
(よく 咄嗟に出るなといつも 感心する)

わたしの わんこも 撫でてくれたりする

つまりは そういう人たちに 自分が支えていられると 思うほど

実際には 情けないほどに

「家族・親戚」の存在がない 海外おひとりさま であるということで

「ここ」だから わたしの 仕事ができるから と大前提があったときと事情が違い

心象的にだんだんと 半径が 狭まってきているには違いないけれど

「ここ」でなくても いいけれど

生かされている「ここ」ということになっている

他人の介在にしか 過ぎない デスクシェア や ハウスシェア

それら他人の出入りに対してですら

自分の感情が大きく浮き沈みするぐらい

心の支えとして 影響を受けている

昨日 面接した もう他にはそんな良い人はいないだろうと思った その人が通勤の事情があって ハウスシェアを丁寧に断ってきたそのことや

寿司巻きの 話で ヒートアップする 2件隣の とても大好きな彼女が

彼氏と 今度 家族を作ろうかと思って 遠くに 引っ越すことにすると

セールボードをうちの前に見て慌てて尋ねるわたしに そう言った時は

正直 うっすら 涙すら 出た

ああ だから

潜在的に 危うくも ぷかぷか ロープで繋がれ 遊泳する 宇宙飛行士に わたしは自分を 例えているのか

わからなかったことも そんな時にだんだんと 見えてくる

わたしを 日頃 支えてくれている人たちは

自分たちの ロープとしての 役割を 喜んで 時には 必然と とらえて

わたしに 優しく 親切に接してくれる

他人が ある時に 配偶者が やるべき程の 厄介なことを自分から申し出てくれたことさえある

わかっていても

支えているものが いつまでも そこにいないからと

思った時に

「支える」わたしの心に

大きな歪みが 来てしまう

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