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ライブがなくなった日の話

2023 年 10 月 14 日、サム・スミスの来日公演が中止になった。


私が到着したのは 16 時頃だった。すでに物販コーナーには人だかりができ、サム・スミスの音源がエンドレスで聞こえてくる。近くのコンビニを出入りするのはライブ T シャツ着たファンたち。ほんのりと高揚感をまとった、見慣れたライブ前の風景がそこにあった。

やがて待機列への誘導が始まり、持ってきた本(大阪で買ったジェフ・ポーカロの伝記本)を読みながら列に並んだ。

繰り返される誘導アナウンスを BGM に順調に読み進め、ふと手元に目をやる。時計は 17 時近くを指していた。
開場時刻が遅れている。でもまあライブに遅れはつきものだ。これだけの規模だし色々あるだろうと呑気に考えていたそのとき、「公演キャンセル」という言葉が耳に飛び込んできた。


事態を把握するまでにアナウンス 3 回分の時間を要した私は、来た道を引き返しながらもずっとぼんやりしていた。結局 2 時間ほど横浜の街をさまよい、横浜駅前の定食屋さんでご飯を食べて帰宅した気がする。日程が被っていたライブの当日券を買いに行こうかとも考えたが、そんな意欲は微塵もわかなかった。公演 2 週間前にサム・スミスに興味を持って追加公演に滑り込んだだけのくせに、心の穴は一人前に空くものだ。

かくして 2023 年 10 月 14 日は、初めてライブ中止を経験した日となった。コロナ禍もあって中止や延期の発表はすでに見慣れたものであったが、こんなに早く自分が当事者になるとは思いもしなかった。


もちろん中止自体は悲しいが、よかったなと思うこともある。

翌日のストレイテナーの武道館公演でも、その 1 ヶ月後の Galileo Galilei の東京公演でも、私の頭にはこの日のことがちらついていた。
会場内に入れるだけで一安心、客電が消えてもう一安心。メンバーの姿が現れると、ほっとして涙が出そうになった。あの日を境に「ライブが見られるのは当たり前ではない」という意識は確実に強くなった。


時が経てば、予定通りライブが始まることにまた慣れてしまうのかもしれない。それでも、2023 年 10 月 14 日のことや、開催されること自体へのありがたみはできる限り忘れないでいたいと思う。

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