棋譜添削~1.d4 d5なら黒は...Nc6を避けよう

こんにちは、ぽんとです。
全日本チェス選手権が終わり、億劫な棋譜入力が終わり・・・
また後日棋譜の詳細な検討、振り返りをしようと思っていたらTwitterで棋譜添削の依頼を受けたので、軽く棋譜解説を投稿しようと思います。

最近ほぼ毎日の飲酒(適量)によりチェス的な活動が全くできなくなってしまっていたので、それを反省し、Noteや動画制作活動に力を傾ける意味でも、軽くとはいえしっかりやっていきます。

依頼者は黒の方です。悪手やものの考え方のズレに対する指摘の文章で表現がキツいところがあるかもしれませんが、悪意はありません。何卒ご容赦ください。レーティング800~1200程度の方を対象として文章を書いています。

1.d4 d5 2. Nf3 e6 3. Be3?

3.Be3 後の局面

白の目的はわかりませんが、悪手です。
序盤の原則として挙げられるものはいくつかありますが、代表的なのは以下でしょう。

1.センターを取る
2.駒を展開する
3.キングを安全にする

序盤においては主にこの3つを達成するための手を指していくのが通常です。自分がセンターを取るために、相手にセンターを自由に取らせないために1.e4 e5や1.d4 d5といった試合展開になるわけですね。例えばピルツディフェンス、1.e4 d6 2.d4 Nf6 3.Nc3 g6といった手順が白がセンターに2つポーンを並べられたから優勢、となるほどチェスの序盤は単純ではありませんが、センターの支配力が中盤の指しやすさに大きく影響してくるのは確かです。実際、上記のピルツディフェンスでより幅広い選択肢を持つことができるのは白の方です。対する黒は互角を維持するために限られた選択肢の中から正確な手を選び続ける必要があります。

また、来るべき戦い、戦力の衝突時に備え、なるべく多くの駒を前に出しておくことも序盤の重要な目的です。一度に遠くまで行けない、足の遅い駒であるナイトを先に出し、その後でビショップ、ルーク、クイーンを参戦準備させるのが良いとされます。負けた試合を振り返ってみたらc1のビショップとa1のルークが全く動いていなかった、ということがないようにしましょう。

そしてキングの安全性。これが確保できないと、自分自身の計画を実行中にキングが予期せぬ危険に襲われ、計画が邪魔され困ってしまう、という展開になるリスクを抱えます。最悪そのまま寄り切られて負けもあり得ます。キングが危険な状態だといつどこから攻撃が飛んで来るかに常に気を遣い続けなければならず、人間的には非常に指しにくい状態となるので、序盤でキングをある程度安全にしておくのは重要です。

といった序盤の目的を考えると、3.Be3は駒の展開をしてはいますが、どう見てもこのビショップにとってのベストポジションではありません。序盤はセンターポーン(主にe、d、cポーン)の可動性を維持した方が様々な状況に対応できるようになるので、eポーンの前にビショップを置き、自分のeポーンの動きを封じてしまうのはもったいない指し方です。例えば3.Bf4や3.Bg5なら、普通に良い位置に駒を展開する良い手です。後にe3という手を続けることができるでしょう。

3…Nc6?

3…Nc6 後の局面

いささか厳しすぎるかもしれませんが、黒番の1.d4 d5と…Nc6は相性が悪く、黒の可能性を閉ざしてしまう悪手と判断されます。基本的にオススメしません。1.e4 e5の形なら、黒は思考停止で…Nf6と…Nc6を入れて良いケースがほとんどなのですが、1.d4 d5の場合、…Nf6は良くても、…Nc6は良くない場合が多いです。

理由は、cポーンが使えなくなるからです。
1.d4 d5を黒番で持つ場合、センターを取る、駒の展開をする、キングを安全にする、これら全てが終わった後、または途中で、白のセンターに対し攻撃を仕掛けていく必要が出てきます。この時、白のd4のポーンに対し攻撃を仕掛けていくため、…e5または…c5、この2つの手のどちらかが指せることが非常に重要になってくるのです。

Queen's Gambit Declinedの定跡手順の一例を示します。
1.d4 d5 2.c4 e6 3.Nc3 Nf6 4.Bg5 Nbd7 5.e3 Be7 6.Nf3 h6 7.Bh4 0-0 8.Bd3 c5!

8…c5! 後の局面


黒はこの手順で互角を取れるとされています。
この手順中、黒はもっと早い段階で…c5と指すこともできますが、…c5はセンターで戦力の衝突が起こり、戦いが始まる手なので、その前にある程度駒の展開を終わらせたり、キャスリングを済ませたりしてから…c5を入れるのが一般的です。

もう1つ例を。Semi-Slavです。黒はいったん…c6としておいてからタイミングを見て…c5とすることもあります。
1.d4 d5 2.c4 c6 3.Nc3 Nf6 4.Nf3 e6 5.e3 Nbd7 6.Bd3 dxc4 7.Bxc4 b5 8.Bd3 Bb7 9.0-0 a6 10.e4 c5

10…c5 後の局面

両方とも、…c5という手で白のセンターに反撃できることが重要な意味を持っています。…e5ができればそれでも良いのですが、白のNf3の影響で黒からの…e5がやりにくい場面がままあり、…c5に頼るケースの方が多いです。

黒から早期に…Nc6を入れてしまうと、重要な反撃のリソースである…c5の可能性を自ら潰してしまいます。私はこれはもったいない指し方だと思いますので、先に…Nf6-Be7-0-0といった、ほぼ間違いのない手を入れておいてから…Nc6の是非を判断するという指し方でも遅くはないと思います。

4.c3 Nf6 5.Nbd2 Be7 6.g3?

6.g3 後の局面

白はBe3としてしまった以上、f1のビショップを展開するためにg3とするしかないわけですが、Nbd2でe3のビショップの退路を自ら断ち、黒が…Be7を指して白からのBg5への備えができた今、黒からの…Ng4という手の脅威にさらされています。6.Bf4、6.Bg5、6.h3あたりで黒の…Ng4への対策を講じておくべきでした。

6…0-0?!
先述の通り、6…Ng4!がベストです。…Nxe3を狙っており、これが入れば白陣にダブルポーンができて形が悪くなるだけでなく、黒はツービショップを手にできます。白はNbd2によりビショップを引くことができず、…Be7によりBg5とすることもできないため、逃がすなら7.Bf4となりますが、これには7…g5!で黒良しとなります。

分岐変化 7…g5! 後の局面

e3のビショップが…Ng4で攻撃される、というのは様々な定跡で見かけるアイデアなので、チェスを続けているうちに慣れ親しんでいくと思います。

7.Bg2 b6
Queen's Gambit Declined(1.d4 d5 2.c4 e6)やFrench Defence(1.e4 e6 2.d4 d5)の黒番では、c8のビショップをいかにして有効活用するか、という問題を解決するのが序盤の1つの目的であるとも言えます。白はこのビショップを有効活用させたくないと思っているし、黒は早いところ有効活用できる配置につけたいと思っています。黒は…e6を指してしまっており、…Bf5や…Bg4というビショップの展開ができないため、だいたいは…b6から…Bb7、または…Ba6という手で活用していくことになります。…Bb7としても、黒は自分のポーンがd5にあるうちはビショップの利きがd5で止まってしまうので、…Bb7ですべて解決、というわけでもありません。c8の白マスビショップを何とかして有効に使う、という視点はとても大切です。

8.Qa4
白はクイーンの位置を決める前に、適切でない場所にいるe3のビショップの再配置をした方が良いです。例えば8.Bg5など。序盤の指し方の原則の1つに、「ベストポジションが明確である駒を先に、そうでない駒を後に展開する」というものがあります。d1のクイーンはまだベストポジションが定かではありませんが、e3のビショップについてはf4またはg5がベストポジションであることが局面から明らかです。そういう手を先に指して、まだベストポジションが明確でない駒の展開は待てるギリギリまで待っておく、という指し方ができるようになると、序盤の駒配置に無駄がなくなり、指し手を最善に近づけることができます。

8…Bb7 9.b4
上記の原則の延長になりますが、この手は近いうちに間違いなく指す、という手を先に指し、柔軟性を最大限保つのが、相手にギリギリまで手の内を隠し、自身の指し手の幅を最大にする良い指し方なので、ここは9.0-0が良いです。間違いのないキャスリングを先にやっておいて、その後で他のピースやポーンの配置を決めれば良いです。

9…a5

9…a5 後の局面

白の性急なポーンプッシュに対抗する良い手です。

10.b5 Nb8?!
細かいですが、10…Na7の方が良い手です。理由は、…Rc8が可能になるため。この後、黒は自陣の解放のために…c6と指す手が必須になってきますが、白もまたNe5を入れてc6に利かせてくる可能性が高く、そうなると…Rc8なしに…c6を入れるのが難しくなります。

11.c4?!
11.Ne5で黒の…c6を止めるのがベストです。また、こういったポーンブレイク、ポーンで仕掛けて戦いを始める手は一旦やると後戻りが利かないため、キングを安全にする、ピースをベストポジションに展開するなど、やれることを可能な限りやって準備してからやるのが望ましいです。ただ考えもなしに戦端を開くのではなく、その前に準備せよ、ということです。

11…Ne4?
同じナイト跳ねなら、先述の11…Ng4!の方が白にとって厳しい手です。この局面での黒の主目的、優先順位を考えると、f6で既に良い位置に展開されているナイトをe4に運ぶことよりも、c8、b8、a8で眠っている戦力を前に出すこと、…c6でクイーンサイドを解放することの方が大事なので、11…Nbd7などと進めても良いと思います。

12.c5?
シンプルにポーンが落ちる悪手です。駒を相手にくれてやる時は、せめて目的を持たせましょう。

12…bxc5 13.dxc5 Bxc5 14.Bxc5 Nc5 15.Qh4?

15.Qh4? 後の局面

わざわざ自分から、1ポーン損の状態で、悪形であるダブルポーンを抱えた終盤に突入する必要はありません。15.Qa3など、クイーンを盤上に残し戦い続ける手を選ぶべきです。

15…Qd6?!
15…Qxh4でクイーン交換してしまって良い局面です。白は1ポーン損で形も悪いエンドゲームになります。黒は…c6でクイーンサイドを解放して以降、1ポーンアップのエンドゲームを楽しめるでしょう。

16.a4 d4?
センターポーンは進め方を間違うと一気に形成を損ねるので注意が必要です。この手の問題は、ポーンによるe4とc4マスの支配が失われ、白にNc4を許してしまうこと。白はこの手が入るだけでd2のナイトに素晴らしい仕事と配置が生まれ、かなり指しやすくなります。ポーンがd5にあり、e4とc4を黒が支配している限り、白から可能な動きが大きく制限されているのがポイントです。黒は1ポーンアップなので、まずは自陣を安定させることを目的に手を選ぶのが安全かつ良い指し方です。16…e5、または16…c6が良い手でしょう。まだ展開できていないナイトとa8のルークを展開する意味で、17…c6の方が私は好みです。

17.0-0

17.0-0 後の局面

黒の悪手により、白の方が若干指しやすくなっています。

17…d3
しつこいようですが、クイーンサイドの展開が詰まってしまっているのを何とかする方がこのポーンプッシュより優先度が高いです。よって最善は17…Nd7です。

18.exd3 Qxd3 19.Qf4 Ne4??

負けを招いた手です。
白のg2のビショップは今でこそf3のナイトに利きを塞がれていますが、いつ火を吹くかわからない危険なピースであると見なした方が適切でしょう。
黒のe4のナイト、d3のクイーンが安定しない、白に狙われやすい配置であること、b7のビショップが守られていない浮き駒であること、b8のナイトとa8のルークが展開されておらず戦いの準備ができていないこと・・・様々な要因が白優勢を導きます。

20.Nxe4 Bxe4
20…Qxe4 21.Qxc7も黒が相当厳しいです。クイーンサイドの展開の遅れがここで響いてきます。

21.Ne5

21.Ne5 後の局面

勝負ありです。突如開いたg2のビショップの利きとクイーン取りの狙いから、黒は駒損を避けられません。

21…Bxg2 22.Nxd3 Bxf1 23.Rxf1 Nd7
このナイトはもっと早くに戦いに参加したかったことでしょう・・・

24.Qxc7 Rac8 25.Qxd7 1-0


本譜を踏まえ、黒の指し方にいくつかアドバイスをするなら、以下のようになります。

1.1.d4 d5では…e5または…c5による反撃が重要との意識を持つ
黒はどこかで白のセンターに反撃する必要が出てきます。その時、…e5もできない、…c5もできないだと、反撃手段を欠いてしまい、白だけが自由に指せる展開となってしまうケースが多いです。黒として、…e5または…c5を狙う姿勢を常に持っておいた方が良いでしょう。その関係で、…c5をやる前に…Nc6としてしまう指し方は相性が悪いです。(1.d4 d5 2.c4 Nc6、チゴリンディフェンスという定跡もあるにはありますが、…c5をあきらめ…e5に賭ける指し方で、上級者向けです)

2.なるべく早く全ての駒を戦いに参加させる
b8のナイトを展開すべきタイミングで他の手を選んだ場面がちらほらあり、結果的にもうどうしようもなくなってから…Nd7、…Rac8が入ることとなりました。センターでポーンがぶつかり合うと戦いが始まるので、その前になるべく多くの駒を展開し、準備ができている状態とした方が良いでしょう。既に展開した駒をもう一度動かすよりも、まだ初期位置にいる駒を動かす手の方が良い場合が多いです。

3.ポーンが進むことで支配が弱まるマスに気を付ける
黒は16…d4?という手により優勢の大半を失いました。これはe4とc4という重要なマスの支配を失ってしまったからです。ポーンは前に進むたびに支配する斜め前2マスが変わり、また、一度進んだら戻ることができません。ポーンを動かす前に、「この手により大事なマスの支配を失わないか?」「相手に強い狙いを生んでしまいはしないか?」と確認できるようになると、不用意なミスを防げます。


1.d4 d5の黒番は難易度が高い序盤のうちの1つだと思いますが、ここを盤石に指せることは実力の証左でもあります。基本事項を意識して指し続けるだけでもだいぶ違ってきますので、次は白を返り討ちにできると良いですね!

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