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20歳の自分に受けさせたい文章講義#13

今回は編集について紹介します。

①要約

(ア)推敲=編集
 推敲とは何だろう?誤字や脱字の修正、改行、読点の位置の改善など、思いつくものは多くある。しかし、それは推敲の本質だろうか。そもそも文章の推敲とは、もっと大きな範囲で見るべきである。大胆に文章を付け加えたり、消したり、まるで「切る、貼る、足す」かのようなものが、推敲の本質ではなかろうか。
「切る、貼る、足す」という作業は推敲よりは編集に近い。つまり推敲=編集である。赤ペンでちまちま作業するのではなく、文章に大胆にハサミを入れる勇気こそが、本物の編集(推敲)になる。
 編集の種類は2つあり、書き始める前の編集と書き終わった後の編集がある。ここでは書き始める前の編集について書いていく。
 書き始める前の編集とは、何を書くかではなく、何を書かないかに注目することである。文章を書く前は、元ネタというものがあるはずだ。自身の経験や知識など元ネタは多く存在する。しかし元ネタが多すぎるせいで、どこまで書けばいいか見えなくなってしまうので、元ネタから書くものを探すのではなく、何を書かないかを考えることが重要。

(イ)引き算思考
 何を書かないのかは引き算思考である。仮に足し算施思考で高校生活について書こうしよう。高校生活といえば、部活、体育祭、文化祭、修学旅行、友達や恩師との思い出などがある。これらすべてを書いてしまうと、読者として何が重要で、何を言いたいにかわからなくなってしまう。
 しかし、引き算思考であれば、高校生活を語る上で外せないのは、部活なのか、体育祭のなのか、文化祭のなのか、友達、恩師なのかを考え、外せない者だけを書くことで、読者も何が言いたいのかがわかり、読者の椅子に座ることができる。ひいては、自分が大切にしていることや、価値観がわかっていく。
 足し算・引き算思考についてもっとわかりやすくしてみよう。野菜ジュースとオレンジジュースで例えてみる。野菜ジュースは数十種類の野菜が足し算されており、正直何を飲んでいるのかわからない。トマトなのか、ニンジンなのか、リンゴなのか。~味とは表現しにくい。
 反対に、オレンジジュースは引き算である。おいしさを出すために、果汁を引き算している。もちろん果汁を減らしても甘味や香り、オレンジ色は残されている。それがオレンジの本質である。
 例えば、オレンジ色の砂糖水を飲んだ時、多くの人はオレンジジュースっぽいなにかと思うだろう。逆に無色透明のオレンジジュースを飲んだ時、オレンジの味はするけど、こんな色をしているはずがないと混乱するのではなかろうか。
 つまりここで、オレンジジュースのオレンジ色は引き算できないものとわかる。
 オレンジジュースにとって大切なものとは、①色②甘み③香り>>>④酸味となり、引き算のプロセスだからこそ分かったことである。
 こうしてみると、伝わる文章を書くのであれば、オレンジジュースを参考にした方がいい。何を書かないかは単なる消去法ではなく、自分にとって何が大切なのかをあぶりだす自己探求と自己分析作業になる。

②感想
 引き算思考は嫌いなものに注目するという考え方に似ている。嫌いなものに注目することで、自分がどうありたいのかが明確にわかり、自己分析の助けとなる。事実、反面教師という言葉も存在するぐらいだ。
 文章においても、伝えようと思いに固執するのではなく、これは絶対に伝えたいという部分を深く理解し、読者の助けになるように文章を書くことで、読者の椅子に座ることができる。必ず読者はいるということを忘れないようにしなけらばならない。







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