外壁塗装

おれの住む集合住宅に足場が組まれて1ヶ月が経った。何のお知らせも来ていなかったので、なんの工事をするか、工期はいつまでなのかわからない。
でも共同玄関を出たところにペンキの入った缶がいくつも置いてあったのを見て、外壁塗装だなと察した。そこは常にペンキのシンナー臭が立ち込めている。


外壁塗装なので当然おれのベランダでも作業は行われる。それに伴ってベランダの窓に半透明のビニールシートが張られた。窓が汚れないように養生しているのだろう。

これにより完全にベランダに出ることができなくなった。それどころか外気をベランダの窓から取り込むことすらできない。これがめちゃくちゃストレス溜まる。はやく窓全開にして換気したい。洗濯物をベランダで外干ししたい。ベランダに出て陽の光を浴びたい。あー、ストレス。


塗装は平日だけでなく土日も行われる。
毎朝9時ごろになると職人さんが足場を伝っておれの部屋のベランダに舞い降りて作業をする。
ある日曜日の朝、例によって職人さんらがベランダに舞い降りてきた。
おれが部屋にいるのを知ってか知らずかたわいもない会話を始めた。


プロテインの話をしていた。「マイプロテインは味の種類が豊富らしいですよ!抹茶とかチョコとかあるんすけど、ピーチティー美味いっす」って言ってるのがはっきりと聞こえてきた。


実に興味深い話だ。ちょうどまさしく今Amazonでマイプロテインを買おうとしていたからだ。なんてタイムリーなんだ。そして抹茶にするかピーチティーにするかちょうど悩んでいたところだった。


マイプロテインのピーチティーが美味いという話は以前脳筋の先輩からも聞いていた。

これでピーチティー味に2票入ったため、おれはピーチティー味のマイプロテインとプロテインシェイカーを買った。

テンション上がる。早速部屋で筋トレを軽くし、ランニングウェアに着替えて外に飛び出た。「帰ったらプロテインが飲める」ということがモチベーションになっているためか、いつもよりランがハイペースになった。心臓の動きも調子が良く、日頃から地道に鍛えている体幹がおれの背中を後押してくれる。前から受ける風の抵抗よりも体幹が背中を押す力の方がわずかに上回っている感覚がある。そのためか、全く抵抗を感じない。常時ドリームオーラをまとっているかのようだ。「おれ、フォルテみたいだ…」とだけ脳内で呟いた。

速く走るよりゆっくり走った方がダイエット効果あるってなんかネットかなんかで見たことある。だから本当はゆっくり走りたい。気持ちはゆっくり走ろうとするのだが、身体が言うことを聞かない。次へ次へと勝手に足が地面を蹴り続ける。とどまることを知らない。

鼻と口は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことだけに集中し、耳には風の音や街行く人の雑踏、カラスの鳴き声などが入ってくる。走っているとすれ違う人の表情までは捉えることができないため、ほとんど正面に広がる夕暮れ時のオレンジかがった空をぼーっと眺めていた。四肢は、脳から伝達されてきた「走れ」という指令に忠実に従うのみで、ほぼオートマティックに動いている。思考は停止しており、いま暑いのか暑くないのかすらよくわからないくらいクリアな状態だ。ただ走り続けることだけを考えているこの時間が至福だ。

気づけばあっという間に5km走り終えて家に着いた。急に立ち止まるのはよくないので、ゆっくりと家の周りを歩く。思い出したかのように全身から汗が噴き出始める。


呼吸が乱れることなく疲労感もほとんどない軽快な走りだったなと今日のランを振り返りながら、水温を低めに設定したシャワーを浴びてクールダウンする。


そして風呂上がりにマイプロテインピーチティー味をシェイカーで作って一気に飲み干した。


美味い。しつこさもなくこれなら毎日飲めちゃう。


姿見でお腹周りを確認すると、心なしかいつもより引き締まっているように見えた。
気分が高揚する。


それにしても外壁塗装工事は一体いつまでやるのだろう。はやく終わってほしいなと思いつつも、日に日に綺麗になっていく我が共同住宅の外観を見てちょっと良い気分になっている自分もいる。


見た目がいい感じに仕上がると気分も上々になるんだなー。


この外装塗装が終わる頃、おれのお腹周りはどれくらい引き締まっているんだろうか。

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