透影の紅【第8話】

 洋一の館を訪れた次の日。
 悠真は紅莉とあの夜に会った公園で待ち合わせをしていた。
「お待たせ、悠真君!」
 ベンチでぼうっとしていた悠真の背後から、紅莉が元気よく声を掛ける。
「おはよう、紅莉……なんだか、すごい気合が入ってるな」
「えへへ。ちょっと張り切っちゃった」
 ピンクで縁取られたスニーカーにストライプのスカート、そしてフリル付きの白シャツ。悠真が彼女に抱いていた暗いイメージとは真逆の、爽やかな初夏のファッションだ。
 本来ならば紅莉の服装を褒めるべきところなのだろう。確かに可愛いし、ギャップにときめいたといえばそうだ。しかし寝不足で頭が働かない今の状態では、なんとも気の利かないフレーズしか出てこなかった。
 とはいえ、だ。女子と日曜日に二人きりで会うという意味を理解し、思わず頬を赤らめた。
 つまりは、デートである。
「じゃあ、悠真君。行こっか」
「あ、あぁ……」
 紅莉は固まって動かない悠真の手を取り、公園の外へと歩き出す。
 道中の会話はほとんど紅莉が一方的に話しかけ、悠真はただ相槌を打つ。そうして三十分ほど歩くと、可愛らしく思える小さな教会が見えてきた。
「ここに手掛かりが……?」
 事前に紅莉から教会に行くと聞いていたが、こうして実際に見てみると……普通だ。
 教会を見たのは初めてなので、何が普通だとは言えないのだが……これと言って特徴もない。あまりに違和感なく、周囲の街並みに溶け込んでいる。こうして紅莉に案内されなければ、教会だと気付かなかったかもしれない。
「ここの主はちょっと気難しいんだ」
「主……?」
「神父が住んでいるんだけど、なんていうか……そう、中立なのよ。あの女の敵では無いし、味方でもない。だから私たちのことを助けてくれるとは限らないの」
 なんだそれは、と悠真は耳を疑った。
 向こうは人を殺そうとしている悪人だろう。仮にも神に仕える神父なんだったら、善人の味方をしろと言いたい。
 悠真の眉間に皺が寄っているのを見た紅莉は、頬を掻きながら弁明することにした。
「でも安心して。そいつは私のことが大好きだから、きっと味方になってくれる」
 まったく安心できないような説明に不安を覚えつつ、悠真は紅莉の後に続いて教会へと入っていった。

 礼拝堂を通り、二階へと上がった先にある居住スペース。そこの小さなキッチンで、教会の主は二人を出迎えた。
「やぁ、紅莉。いらっしゃい」
 穏やかに挨拶をした化け物は椅子に座り、優雅にティータイムを楽しんでいた。
 ――コイツは化け物だ。人間の姿を被っているだけ。それも、恐ろしいほど整った顔の皮を。
 悠真は第一印象で彼をそう感じ取った。
「今日はよろしく、マルコ」
「ふふふ。承知いたしておりますよ、御主人様」
「その呼び方はしないでって言ったよね!?」
「おぉ、そうでした。申し訳ありませんでした紅莉様」
 黒の神父服を着た男はちっとも悪びれていない様子で、カモミールの香りが薫るハーブティーに口を付けた。
 見た目の歳は二十代ぐらい。鴉のように真っ黒な髪。それなのに顔は日本人離れしている。名前からして日本人じゃないのだから、きっと外国の人間なのだろう。
 甘ったるい台詞やキザったらしい仕草も、イケメンがやるとこうもサマになるのか。悠真は少し感心した様子でマルコを見つめていた。
「ふぅん、君が悠真クンかぁ……」
「どうも、はじめまして」
 どうやらマルコは悠真のことを知っていたらしい。彼の顔を見て、マルコは嬉しそうに目を細めた。
「……罪の匂いがしない。いいねぇ、こういう無垢な人間が、いったいどんな罪を背負うのか……ふふ、是非とも味わってみたい」
「えっ、ちょ……なに!?」
 ゾクゾクっと嫌なモノが悠真の背筋を流れた。
 追い打ちをかけるようにマルコはチロ、と真っ赤な舌を唇から出した。どこか背徳的で、不思議な色気を感じる仕草だ。
「はぁ、これだから会わせるのが嫌だったの。気を付けて、悠真君。マルコは本当に見境ないから」
「はあっ!? いやだって、コイツは男なんだろ!?」
 初対面でコイツ呼ばわりをしてしまったが、今はそれどころではない。
 金切り声を上げた悠真を見て更に機嫌を良くしたのか、マルコは音も無く立ち上がると、彼に近寄り耳元でこう囁いた。
「ボクは女かもしれないよ? 試してみるかい?」
「んなっ!?」
 マルコの人差し指が悠真の胸元に触れ、そのまま弧を描くように撫でまわされた。さっきは背筋がざわついただけだったが、今度は全身を鳥肌が襲う。
「ちょっと、マルコ!?」
「ふふふ。彼、面白いね」
 ヘラヘラと愉悦するマルコ。悠真はとんでもないところに来てしまったと、さっそく後悔し始めていた。

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