透影の紅【第10話】

 
「占いには人を変える力がある。使い方次第では、大きな災いをもたらすことだってあるんだ。それを忘れないために、ボクは『禍いの星』と付けたんだけど……残念ながら、力を悪い方向に使う子が現れてしまった」
「それって、星廻(せいかい)の儀で起こったことよね?」
 紅莉の質問に、マルコは肯きで返す。
「星廻の儀……って?」
「六冊の本が集まり、禍星の子に祝福を授けることをそう言っているよ」
「ってことは、何回かその星廻の儀があったってことか」
「当然、人は死ぬからね。新たな禍星の子が生まれ、全員が揃った時にはやっていたんだよ。それで前回の時に偶然、とても欲深い奴が出てしまってね。いやぁ、参っちゃったよ」
 ――前回の星廻の儀。
 それは今から十七年ほどさかのぼる。悠真たちが生まれる、一年前のことだ。
「ある男がね。すべての本を一冊にまとめて、独り占めしようとしたんだ」
「本を?」
「そう。前回の星廻の儀、つまり六冊の本と二十一人の禍星の子が揃った時だね。彼らは本を巡って、命懸けの争いを起こしたんだ」
 本を持っている人間は大きな力を振るえる。一冊だけでも凶悪なのに、全ての本を一人の人間が持ったりなんてしたら……。
「あれは酷い有り様でね……禍星の子は一人を残して全滅。関係者も大勢の人が死んだよ。それだけじゃない。最後の戦いがあった際に、ボクが宿っていたタロットの本が燃やされてしまったんだ」
「そんなことが……」
 本の為に殺し合いをするだなんて信じられない。
 挙句の果てに、マルコの本を燃やすなんて。祝福を与えてくれた恩を仇で返すようなものだ。
「そのせいでボクは今、本来の力を十全に使えなくなってしまったんだ。まぁソイツのおかげで、ボクは紅莉に出逢うことができたんだけどさ~」
「あの時のマルコは小さなノートの破片だったものね」
「紅莉だって、あの頃は小さくて可愛らしかったよ?」
 あぁ、なるほど。ここで紅莉が出てくるのか。
 自分の知らない紅莉をマルコは知っている。恋愛のような繋がりではないのは分かるけども、なんとなく心がモヤモヤする。
「ねぇ。悠真クンも知りたい? もちろん、聞きたいよね!? ボクと紅莉の運命的な出逢いをさ!」
「えぇ……? うーん、いや。まぁ、少しは?」
 なんだか、知りたいような知りたくないような。しかしこの悪魔はどうしても喋りたいようである。駄目と言っても勝手に喋りそうだ。
 紅莉は興味がないのか、追加のお菓子を探して、奥にあるキッチンへさっさと向かってしまった。
「十七年前の星廻の儀で、ボクの本は燃やされてしまった。それはこの教会も一緒だったんだ」
「それはつまり、教会ごと燃やされたってこと?」
「そう。ひっどいよね~。教会は全焼。だけど運よくページの欠片が燃え残ったんだ」
 それは偶然だったのか、マルコの力だったのか。教会の外にある納屋に一枚の破片が入り込んだおかげで、存在が消えるのはどうにか免れたようだ。
「だけど、誰も廃墟になんか来てくれないしさぁ。そのまま朽ちて消えちゃうかと思ったんだ。……だけどボクを見つけてくれた人が現れたんだ」
 マルコの視線の先には一人の少女が居た。彼女は冷蔵庫の中にチーズタルトを見つけ、許可も得ずに食べ始めた。
 マルコはその一部始終を見て、クスクスと笑う。
「その時の紅莉はまだ小学生でさ。たしか……そう。自分のリコーダーを探しに来たとかって言っていたかな」
「え? リコーダーを!?」
「うん。教会に隠されちゃったんだってさ」
 崩れかけた教会で、泣きながらリコーダーを探す紅莉の姿が想像できた。
「ねぇ、悠真クン。紅莉って、クラスメイトから虐められていたんだって?」
 ――彼は、怒っている。
 自分の恩人を傷付けられたからだろう。優しい声色だが、これは悠真に対しても怒っている。
「……そんな事も知っているんですか」
「付き合いの年月で言ったら、ボクも負けていないからね」
 悠真は否定も、肯定もしなかった。
 たしかに幼い頃の紅莉は、クラスの女子に虐められていた。
 無視をされたり、悪口を言われたりしていたのは同じクラスメイトだった自分も知っている。
「あはは、ゴメンね。キミを責めるつもりじゃなかったんだ。それに、悠真クンが救ってくれたって聞いたよ。さすがだね。まさにキミは、紅莉にとってのヒーローだ」
「いや、俺はそんな立派なもんじゃ……」
 彼は紅莉から聞いたことを大げさに言っているのだろうが、こうして他人から言葉にして褒められると何だか照れ臭い。
 そもそも、深く考えての行動ではなかったのだ。
 友人がイジメに加担しているのが気に入らなかっただとか、クラスの雰囲気が悪くなるのが嫌だったとか、そんな自分勝手な理由だったはず。
「それでも彼女は救われたんだから良いんだよ。ボクじゃできないことだ」
「う、恥ずかしいからそれ以上はやめてくれよ。それより、紅莉はそれからどうしたんだ?」
「おっと、そうだったね。彼女は十年を掛けて本を復元してくれたんだ。それも、独学でね」
 ほとんど力を失っていたマルコはいわば、休眠状態に近かったという。今のように実体化することや紅莉に話し掛けることもできなかった。
「最初はただ、そのページに書かれていたタロットの意味を調べようとしたみたいなんだ。そう、今のボクが描かれている、悪魔のカードの意味を」
 まずは家にあった辞書で悪魔とタロットの意味について調べた。次は学校の図書館にあった本でタロットの使い方を。
 一冊の自由帳に調べた結果を少しずつ、自分なりの言葉で書いていったそうだ。
「成長するにつれて、どんどんと専門的なことも調べていたよ。歴史だとか、著名な占い師についても。図書館とか本屋に足しげく通っていたからね。そしていつしか、お小遣いで買ったタロットで占いをするようになった」
「紅莉がそんなことを……」
 悠真の知らないところで、彼女はコツコツと占いについて勉強していた。
 記憶を探ってみれば、たしかにクラスの女子の中で占いが異様に流行っていた時期があったことを思い出した。
 あれはたしか、誰かが中心となってやっていたはずだ。顔は思い出せないが、やたら当たると評判で、隣のクラスメイトや一部の先生までその人物に占ってもらっていた。
「そうか、あれは紅莉だったんだ……」
「彼女の情熱と執念は、大人顔負けだったよ。そうして長い年月をかけて、紅莉はタロットの書を復元させたんだ」
「えっ。それじゃあ、紅莉が持っている本っていうのは」
「ボクのこと。つまりはタロットの本だね」
 なんてことだ。そんな貴重な本を、あの紅莉が……。
「ねぇ。もう、その辺で良いでしょう!? そろそろ恥ずかしいんだけど!」
 マルコと話し込んでいる間に、紅莉は席に戻ってきていた。
 チーズタルトの食べかすが口元についている。この様子だとおそらく、あるだけ食べたんだろう。
「すごいな、紅莉は。そんなに当たるんなら、俺も占ってもらっておけば良かったよ」
「えへへ~。そんなに褒められると照れちゃうなぁ。そうだ! 今から悠真君のこと、占ってみよっか?」
 悪い結果が出ないか、ちょっとだけ怖い――が、祝福を受けた人間の占いに興味がある。もしかしたら本の行方や、あの女に関するヒントが分かるかもしれない。
 そんな期待を込めて、悠真は紅莉に占いをお願いをしてみることにした。
 紅莉もそれに了承し、自分の鞄からタロットカードを取り出した。
「じゃあ、ちょっと待ってね!」
「準備に時間が掛かるのか?」
 机の上に広がっていくカードを見ながら、紅莉に尋ねる。
 今回のカードは、公園で見た小さなものとは違っていた。カードの柄は兎がモチーフにされているようで、デフォルメされている絵がとても可愛らしい。
「うぅん。とにかくしっかり混ぜないといけないの」
 机の上でグルグルと回転させながら、カードをシャッフルしていく。やがて完全に混ざりきったのか、紅莉は「こんなものかな」と言ってカードをひとまとめにした。
 そのあとも何度か山を作ったり分けたりを繰り返し、最終的に机の上で一つの山になった。
 これで準備は完了なのだろうか。
 紅莉はカードの山を握ると、机でトントンと綺麗に揃えてから口を開いた。
「今回は簡単に三枚のカードで、悠真君の過去から現在、そして未来について見てみます」
「お、おう……」
 占いはもう始まっているらしい。何かのスイッチが入ったのか、目の前の席に座っている紅莉の雰囲気が変わった。
 キッチンに居る三人の誰もが口を閉ざし、机上のカードに視線が集中する。
 紅莉は何かを念じながらスッ、スッと一枚ずつカードを引いていく。
「……出ました」
 悠真の目の前に、計三枚のカードが置かれた。
 それぞれ右から順に、川を船頭が客を渡している絵、人の足首に縄を括られて逆さに吊るされている絵。最後にこちらを背に荒野を向いている人の絵だ。
 駄目だ。どう見るべきなのかが、さっぱり分からない。いくら絵をジッと見つめてみても、それが意味するものを察することができないのだ。取り敢えず、この真ん中の男は見るからに良い意味ではなさそうである。
「えーっとね。私から見て左……悠真君からは右ね。こっちから過去、現在、未来を表しているの」
「過去……現在がこれかぁ……」
「次はカードの意味ね。過去がソードの六。現在が真ん中が吊るされた男。未来がワンド……これは棒ね。それの三よ」
 やっぱり見た通りのままだ。この男は吊るされていた。
 ということは、どういうことなんだろう。苦しいってことか? いや、首を縛られているわけではないから、また違う意味なのかもしれないな。
 じいっと真ん中のカードだけを睨む悠真を見て、紅莉はフフッと笑った。
「まずは過去ね。これは困難に向かう時、誰かの援助を受けられるって示されてるわ」
「困難と、援助……あー、なるほど?」
 それには心当たりがある。まさに今こうなっている原因とも言える、あの襲撃事件だ。そして助けというのは紅莉のことだろう。
「そして現在。これはどちらかと言えば良い兆候よ」
「良い兆候? いや、吊るされてるんだけど、この人。本当に大丈夫なのか?」
「ふふ。男性の顔を良く見てみて。なんだか平気そうな顔でしょう? この人は自分から望んで吊るされているんだよ」
「ええっ!? 自分で!?」
 現在の自分は、まさかの変態だった。ということは今の状況を俺は楽しんでいることなのか!?
 悠真はそんな事はない、と頭を振る。
 それを彼女はクスクスと笑いながら「大丈夫、分かってるよ」と手を振った。
「このカードは報われる努力を意味しているの。だから今の行動を信じて、このまま突き進むべきって事かな」
「え、そうなのか? なんだぁ、良かった……」
 思わずホッと安堵の溜め息が出てしまった。むしろ今の自分が望むような答えだった。あとは未来が気になる所だが……。
「うんうん。三枚目は新たなる旅立ち。先はまだ見えずとも、しっかりと大地に立って進んでいける。そんなカードだよ」
「そっか……そうなのかぁ! あぁ~、良かった安心したぁ!」
 始まるまでは不安だったが、やってみればどれも良い結果だったようだ。思わずホッと胸を撫でおろした。
「あはは。たとえどんな結果が出ようと、大丈夫だよ。私が一緒に居る限り、絶対に悠真君のことを救うから」
「紅莉……」
 この数日、彼女にはすでに何度も助けられている。今だってそうだ。そばで懸命に支えようとしてくれている。
「ありがとう。俺も紅莉に何かあったら身体張って護るから」
「えへへ、嬉しい。でも、無理はしないでね? 私、悠真君が居なくなっちゃったら、耐えられないと思う……」
 ――やっぱり、優しい。こうやって、紅莉は欲しい言葉を言ってくれている。
「はぁ。そろそろ、ボクが居ることも思い出してほしいんだけど?」
「あっ……」
 すっかり蚊帳の外に放り出されてしまっていたマルコ。ニコニコとした表情のまま、彼はこめかみをヒクつかせていた。
「ボクは紅莉の事が大好きだけど、今のキミはなぁんかイヤだなぁ」
「はぁ? なんでよ!?」
 おっと、なんだか不穏な雰囲気になりそうだ。
 そう感じた悠真は、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「そ、そういえば紅莉。タロットの話はその辺にして、そろそろ教えてくれよ。この教会には、何しに来たんだ?」
 マルコの話を聞かせたいだけだったら、わざわざ時間の無い今やるべきことでもない。他に何か理由があったはずだ。
「うん。あのね、マルコ。貴方に聞きたいことがあって」
「はぁ……紅莉には関わって欲しくないから、絶対に言わないって決めていたのに……」
 マルコは額を手で抑えながら、深い溜め息をついた。
 彼も彼で、紅莉がどうしてやってきたのか予想はついていたらしい。態度から察するに、あまり良い事ではなさそうだ。それでも、紅莉は引くつもりはなかった。
「分かってる。だけどお願いしたいの。私に、カレイドスコープの本拠地を教えて」

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