透影の紅【第13話】

 
 教会で本の悪魔であるマルコと会った次の日。
 悠真たちは占い師が運営するカレイドスコープへと向かっていた。
 最寄りの河口駅から電車に乗り、隣りにある氷川市へ。
 氷川駅の改札から出て、西口へと向かう。この駅は河口駅に比べて倍以上も大きい。電車の種類も多く、新幹線も通っている。
 規模に比例して利用者も多く、構内は制服やスーツを着た人たちで溢れかえっていた。
 学校をサボっている手前、警察に補導されないように私服でやってきたのだが、これでは逆に目立ってしまっていた。
 少しだけ気まずい思いを感じつつ、二人は目的のビルがある三番街の方へ歩いていく。
 事前にマルコからビルの名前は聞いてある。マップアプリで検索し、場所も把握済みだ。あとはナビに従って行けば辿り着くはずである。

 今日の空は曇天だ。午後からは雨が降るらしい。
 だけど最近はもう暑い日が多かったし、これぐらいの方が涼しくて助かる。
 それに今はデート中だ。握っている手に汗を掻きたくなんてない。
 そう、二人の手はしっかりと握りあったままなのである。電車を降りた時から、ここまでずっと。
「星奈にバレたら殺されるかもな……いや、でも向こうだって……」
 悠真は言い訳をしつつも、罪悪感を覚えていた。手を繋いでも、恋人繋ぎにはしなかったのはそれが理由だった。
 駅からロータリーに向かい、三番街へと入る。ここはアーケード街になっていて、雨の日でも気にせず歩くことができる。
 繁華街というだけあって、居酒屋や風俗店が多い。まだ月曜の朝だというのに、立ち飲み屋には顔を赤黒くした中年が、お猪口を片手に酒を呷っていた。
 やはりここは、少し治安が悪そうだ。通りすがる人の目が、醜い欲に塗れている気がしてならない。
 以前、悠真は友人たちとここへ来たことがあった。その時は確か、カラオケボックスを探していたとかそんな理由だった。その時は放課後だったこともあって、もっと雰囲気が悪かった。スーツを着たホストや、キャバクラの客引きが何人も居たのを覚えている。
「どうしたの、悠真君?」
「え? あ、いや……何でもないよ」
 無意識に護らなきゃ、と思ったのかもしれない。つい握る手に力が入ってしまっていた。
「あ~、もしかして悠真君。ここに入ろうとしてた?」
「え?」
 なんのことかと紅莉の視線の先を辿ってみると、そこには白い建物とピンク色の看板が立っていた。
 少し老朽化はしているが、これはいわゆる恋人たちの愛の巣――ラブホテルだ。
「ち、ちがうよ! そんなわけないじゃん!」
「ホントにぃ? いいよ、私は。悠真君とだったら……」
 ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべ、紅莉は悠真の腕を抱きしめた。女性特有の柔らかな感触が伝わってくる。
「ばっ、馬鹿! ほら、行くぞ!」
 顔を真っ赤にした彼は涙目になりながら、ひとり先を進む。
 そんなやり取りをしながらしばらく歩いていくと、紅莉がスマホを片手に「あのビルみたい」と呟いた。
 事前に聞いていたビルの名前は『御幸(みゆき)ビル』。
 視界の数メートル先にあるビルの入り口にもそう書いてある。どうやら迷わずに目的の場所を見付けられたようだ。
 悠真はそのビルを、入り口のある一番下から上まで眺めてみる。
 いち、にぃ、さん……五階建てだ。四階の窓には、カレイドスコープという紫の看板があった。最上階には事務所が入っているのか、特に店の看板はない。
 マルコが表向きは占い専門の会員制バーだと言っていたが……ハッキリ言って、お隣りのビルと見た目はほとんど変わらない。
 とてもじゃないが、ここが政治家も頼る日本有数の占い師が集まっている場所だとは思えない質素さだ。唯一変わっているとすれば――。
「で、どうする? これじゃあ中に入るなんて無理そうじゃないか?」
 御幸ビルが数人の男に包囲されている。それも、紺色の制服を身にまとった警察官たちに。
「警察かぁ……さすがにこれは予想してなかったかな」
 何か事件があったのだろう。随分と物々しい雰囲気だ。
 ビルの入り口も封鎖されており、ドラマで見るような鑑識が黄色いテープをくぐるようにして出入りしていた。あの様子では関係者以外は入れそうにない。
「ねぇ、悠真君。野次馬が結構いるし、そこに混ざれば様子が分かるかな?」
「止めておいた方がいいんじゃないか。なんだか揉めてるっぽいし」
 野次馬の中に、マスクをつけた動画の配信者らしき人物が居る。スマホを使って実況しているようだ。それを警察官がうっとおしそうに叫んでいるのが聞こえていた。
 何があったかは知りたいが、警察とは揉めたくはない。
 仕方なく、二人は現場から少し離れた場所にある喫茶店に移動した。何か情報が転がっていないか、手分けして調査することにしたのだ。
「うーん。なるほどね」
 二人でアイスコーヒーを飲みながら調べているうちに、幾つか分かったことがあった。
「これ見てみろよ」
 悠真はスマホを紅莉の目の前に置いた。画面に表示されていたのは、一週間前に起きた、とある事件のニュース記事だった。
『氷川市で男性殺害。ビル内で意識不明の状態で発見、病院で死亡が確認された。死因は首を絞められたことによる他殺とみられる。犯人とみられる妻は行方不明』

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