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千葉・館山 家族旅行 Day2

早朝に松井さんに誘われ、波乗りに行った。
行き帰りの車内で松井さんの現在の心境を聞いてビックリ!
午前中は、岩場で生き物観察とシュノーケリングをして、
松井さんのCafe(カフェ)で昼食。3人が少し昼寝をしている間に・・
オレは浜辺を散歩中に不思議な魅力を持った老人と出会う。
老人の名はセニョール・クボ
夕方、早めにカレーライスとオムライスを仕込み、
子供たちの夏休みの夜の楽しみと言えば・・・やっぱ花火です。

Day2(2日目)

a.m.4:30 波の音で目が覚めた。
眠い目をこすりながら宿の前の海岸の波をチェック!
残念ながら波はスモール!サイズは膝!

a.m.5:00 松井さんと合流してフラワーパークへ向かった。
波のサイズは腰ぐらいで、モーニングサーフィンには手頃なサイズの波だった。今回は7フィートのミッドレングスボードだけを持ってきていた。
メローな波質にはピッタリなサーフボードだった。
ラウンドノーズのトライフィン(センターはボックスフィン)なので、浮力まかせに走ることも、レールを入れて加速することもできる。
今日の波は浮力に身を任せた方が楽しめそうだった。
オレも松井さんも数本ライドして1時間ほどでサッと海から上がった。

松井さんはCafe(カフェ)の準備があるので、少し慌て気味だった。
そんな帰りの車内で・・
『実は・・今度、Cafeをやめて、宿泊施設にするんですよー!』と松井さん
オレ『えぇー!Cafeやめちゃうんですか?』
松井さん『色々と考えたんですけどねぇ・・・』

見た目の華(はな)やかさとは裏腹に・・Cafeというのは想像以上にモチベーションの維持が大変ということだった。
いつ来るか来ないか分からないお客さんの為に、開店時間中はずっと気を張ってなくちゃいけないことが最大の理由らしいが・・宿泊にすると、前後は準備や片付けなどがあるけど、お客さんが宿泊中は、自由な時間が作れるようで、創作をしたり、波乗りをしたり・・自分の時間を有効に使えるようになるとも言っていた。

その昔、オレの尊敬するリンさんも、そんなことを言っていたことがあった。
リンさんも食堂をやめて宿泊を始めてから、随分と自分の時間が増えたと言っていたっけ!

松井さん本人は・・
『ここからは、第二章の始まりダァー!』なんてケロっとしていた。
いくつになっても何かに挑戦する人の姿って輝いている。
それに、松井さんはとても誠実な人なのだ。
”労働は国民の義務”と、言っていた。その言葉に松井さんの人柄が表れているようだった。

Cafeが閉店となるあとわずかな日までに、”綾瀬はるか”がコーヒーを飲みに来てくれることを密(ひそ)かに願っているんだ。とも言っていた。
綾瀬はるか”推し”の松井さんだった。

余談ではありますが・・松井さんのCafeがある、ここ根本海岸は・・
ローケーションが抜群ということもあって、野外の音楽イベントの会場になったり、ドラマや映画の撮影に芸能関係の方々が度々(たびたび)訪れたりするような注目を集める海岸なのです。

一度その景色を見た人は忘れることがないと思います。
電柱に垂れ下がる電線や沖に浮かぶテトラポットなどの人工物が一切なく、視界に余計なものが入らない、とても珍しい海岸なのです。
人工物の代わりに目に飛び込んでくるのは、御神根(おがみね)を初めとした、強い西風と荒(あら)い海が作り上げた自然の彫刻とも思える屏風岩(びょうぶいわ)の数々。

千葉県は半島なので豊富な海岸線に恵まれていますが、人工物がまったくない海岸となると、そんなにはないと感じています。

長いこと千葉県の海岸線で波乗りさせてもらって、最後の最後に落ち着いたポイントが根本海岸というのも何か深い縁(えにし)を感じないわけにいきません。

因(ちな)みに、旅好き作家の若山牧水も根本海岸を訪れて歌を読んでいます。
きっと、牧水の目にも今と同じキレイなままの根本海岸が写ったに違いないでしょうね・・・・

おっと!余談が過ぎました。
話しを戻しましょう。

部屋に戻るとみんな起きていました。オレが突然いなくなって心配していた様子だったけど・・
オレは軽くシャワーで潮(しお)を落としサッパリして、朝食の準備です。
姪っ子の好きな塩むすびを握って、ウインナーを焼いてあげることにしました。
食後は、家から運んできた三浦産のスイカを宿の庭でタネを飛ばしながら豪快に頂きました。

午前中はシュノーケリングがしたいという姪っ子のリクエストで、根本海岸の東側にある御神根(おがみね)にいきました。
長年の浸食で削られた岩と岩の間には、”カジメ”などの海藻から、鋭い歯を持つ”うつぼ”、キラキラした青い熱帯魚なんかも泳いでいたりします。
海水の流れが速く注意が必要ですが・・充分に楽しめるポイントです。

シュノーケリングに飽きたら岩場の生き物を観察です。
海水がキレイな岩場には、カニも沢山います。
夏はカニの繁殖期なので、オスがハサミを上下に動かして、メスの気を引こうとする求愛ダンスを姪っ子と飽きもせずに、ずぅーっと眺めていました。

海から戻ると、昼食前に、近くのホームセンターに花火を買いに行きました。
今は、花火の種類がスゴイです。お値段もスゴイ!

昼食は松井さんのCafeでパスタを頂きました。
Cafeのテラスからは根本海岸が一望できます。最高の場所です。
Cafeの建っているこの場所は、その昔・・リンさんが経営していた食堂の駐車場だったことを知る人もだんだんと少なくなってきています。
リンさんには、よく車を駐車させてもらっていました。

始めてこのCafeの店内を目にした、義理の姉と姪っ子はとても気に入った様子でした。ここがCafeでなくなることを残念がってもいました。こればかりは時代の流れで、しょうがありません。

松井さんは話しの引き出しがとても多い人で・・
『この間なんか、お笑い芸人の◯◯が・・ここの海を見渡せる席に座って、ひとり海を見ながらため息ついてたんですよぉー!』とか

『女優の◯◯さんは、とっても礼儀正しい人だったんですよー!』とか・・・

それを面白おかしく話してくれるもんだから2人も大喜びしちゃって・・楽しい時間でした。Tシャツやポストカード、缶バッチなどの物販もしているので、それらにも大いに興味を示していました。

5年間のCafeの営業を終え、新たに宿泊としてスタートする松井さんの第二章をみんなで応援しようと思います。

3人が部屋に戻ってシエスタ(昼寝)をしている間に、オレは根本海岸の西側にある岩場に散歩に出かけました。そこでとっても不思議な魅力を持った老人と出会いました。その人の名前はセニョール・クボと言います。

海岸を散歩中に挨拶を交わしました。すると・・

『ここは、昔から何にも変わっていないんですよ。』と話し始めたのです。老人の声に何かを感じたオレは・・

『よかったら詳しく話し聞かせてもらえませんか?』と話しの続きを促しました。

そこからオレは、老人の話しに引き込まれていきました・・・

若い時にパナマ運河で通信員をやっていたというセニョールは、当時のことを噛み締めるように話してくれました。大西洋と太平洋の橋渡しをする運河の仕事に携われたことは今も誇りに思っていると話されていました。

通信員を辞めて日本に戻ってきてからも色んなことがあったそうです。当時の日本でスペイン語を話せる人は、まだまだ少なく大変に重宝(ちょうほう)されたそうです。

キューバの革命家だった、若い頃のチェ・ゲバラや同じくキューバのフィデル&ラウル・カストロ兄弟が日本に来たときは通訳として同行していたそうです。
この方たちが親日家だったことや何故(なぜ)キューバが革命を起こさなければいけなかったのか!? なんてことも・・わかりやすく話してくれて、とても勉強になりました。他にも・・・・

・イタリア人にとってのシエスタとは・・・
・カトリックとプロテスタントの大きな違いは・・・
・トランプ大統領(当時)は本物の・・・だ!
・飛行機のファーストクラスとエコノミークラスは・・・
・”マカロニ・ウエスタン”の原題、実は・・・
・トランプ大統領が支持される理由とは・・・
・クリントン◯◯は、◯◯の隠し金庫!?

とにかく、セニョール・クボの話しだけで一冊の本が書けるんじゃないだろうか!?ってくらいに話しの引き出しが豊富で、ずっと聞いていたいと思いました。

オレは、ただただ話しを聞いていただけなんですけどね・・

『話しを聞いてくれてありがとう!』とお礼を言われちゃって・・
セニョールの顔は、とても満足そうでした。聞いてみると・・セニョールは南房総に住んでいるのではなくて、若い頃の思い出があるこの場所に、娘夫婦とぶらりと立ち寄っただけと言っていました。

セニョール・クボという呼び名以外は、どこの誰かも分からないけど・・・貴重な話しを沢山聞かせて頂きました。

Gracias  señor (グラシアス セニョール)

散歩から戻ると3人は昼寝から目覚めていました。
そして、海水浴に行くと言って出かけて行きました。

オレは、夕食のカレーライスを仕込むことにします。
ビールをチビチビ飲みながら、野菜や肉を切って炒めたりしている、こういう時間は結構楽しい。普段から料理している訳じゃないけど・・・食材やスパイスが起こす化学反応が楽しくて、時折、無性に何か作りたくなることがあります。
だからレシピは見ません。材料とスパイスの分量だけザックリと分かればあとはアドリブで調理!さて、さて今夜のお味は?・・・

姪っ子はまだ辛(から)いものが苦手なようなので、別にハヤシライスを作っておきました。カレーもハヤシもルーが違うだけなのでたいした手間が掛かりません。

丁度、料理が出来上がった頃に
”ただいまぁー!”と姪っ子たちが帰ってきました。
宿の女将さんが、カボチャの天ぷらに、イワシの天ぷら、ちくわ天にサツマイモ天などなど・・沢山の天ぷらを揚げて持ってきてくれました。
4人では食べ切れない程の量を頂いて、今日の晩ご飯もスゴイボリュームです。

片付けを奥さんと義理の姉に任せて、部屋の中で姪っ子とおもちゃドローンを飛ばして遊びました。ドローンって不思議な動きをしますよね。
姪っ子は、女の子の遊びより男の子の遊びに今は夢中なようです。

陽も沈み、外が真っ暗になった頃、ようやく花火の出番です。
バケツに水を入れて懐中電灯と昼間買いに行った花火を持って海岸へ行きます。
オレは花火の火付け役に専念して姪っ子たちに渡していきます。
『こんなに真っ暗なところ、埼玉にはなかなかないよ!』って義理の姉が驚いていました。
聞けば・・花火をやっているだけで通報されちゃう場所もあるようなんです。
ここならそんな野暮なことを言う輩(やから)はおりません。
今日だけは思いっきり花火を楽しんじゃえー!

夜空一面の星たちと花火の光が暗闇の中で、ものすごくアートしていた。








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