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『まんしゅう家の憂鬱』

結局、本屋さんにトータル二時間はいた。

まず、地元の駅直結の本屋さんに入り、読みたい本を物色。
そう、今日は鞄に一冊も本を入れずに飛び出してきてしまったのだ。
家には、読むべき本がたくさんある。これでは、積ん読本が増える一方だ。それでも、いま、本がほしい。中毒症状か? それに、ほら、本って、いくらあってもいいものでしょう。無意識ではあるが、わざと本を持たずに出てきたのかもしれない。でも、いいんだ、買うんだ。(おそらく、本を持っていても買ってしまうんだろう。)

最近、左右社という出版社が気になっているので、一軒目の本屋では、左右社の本を中心に探した。『〆切本』シリーズ(1・2しかないが)、『どこでもない場所』(浅生鴨著)、『ウォークス 歩くことの精神史』(レベッカ・ソルニット著)などである。

そして、カウンター横のパソコンの前にいる店員に声をかける。

「左右社の本を探しているんですけど、ありますか?」

店内を二、三周し、探してはみた。左右社の本は何冊かはあったが、自分では到底見つけられないところにもあるだろうと思い、きいてみた。
店員からは、何冊かあるということで案内を受けたが、それらはすでに先ほど見つけていた本だった。
お礼を言い、また店内をうろつく。

そうすると、店員も先の私も見逃していた『幸福書房の四十年 ピカピカの本屋でなくちゃ!』(岩楯幸雄著,左右社)があるではないですか。

しかし、迷った。

欲しいは欲しい。けど、今ここで買わなくちゃならないのか。そんな必然性はない。もちろん、そんなものは普通ないのだが、それでもピンときたり、どうしても読みたくて仕方がなくなって買いたい。
そういう本との「出会い」を私は信じている。

また、そこで岸政彦さんの『マンゴーと手榴弾 生活史の理論』(勁草書房)も見つかる。
話題の新刊だし、私も読みたい。読みたい。

しかし、なぜか手が出ない。

まだなのだと思う。

◇◆

気分を変えて、近くにあるもう一軒の本屋さんに行くことにした。この界隈では、この二軒しか本屋さんはない。

二軒目は、わりとコミックが充実している書店で、いつの間にか私の狙いもマンガにシフトしていた。

そして、思い出す。まんしゅうきつこ先生のマンガが読みたいんだった、と。それなら、『湯遊ワンダーランド』が読みたい。

マンガの棚には普段あまり行かないので、探すのに手間取った。そこには、「エッセイコミック」という棚があり、ここにあるかと思い探したけど、、、ない。ジャンルがわからない。

はてさて。
というか、コミックエッセイじゃないのか。エッセイコミックという風にも呼ぶのか。

とかなんとか考えながら、やはり店員さんにきくことにした。

レジの方へと歩いているときに、又吉直樹さんの小説(『火花』や『劇場』)じゃない本も読みたかったことを思い出すと、店員には

「又吉さんの本はありますか?」

ときいた。

「『芸人と俳人』という本なら、あります。では、ご案内しますね」

と言われ、案内されたその棚をじっくり見る。

すると、『芸人と俳人』の真横にある本の著者名には「まんしゅうきつこ」と書かれていた。

おぉぉ! これだ! これだ!
この「出会い」が欲しかったんだ。
二時間も書店で粘った甲斐があった。
別にクソほどつまらない本でもいい。
私はこれを買うために、今日ここにきたんだ。
そう思った。

又吉さんの本はまた今度にするとして、この一冊だけを購入した。
まぁ、なんとも気分屋な私ではある。

◇◆

近くの喫茶店に寄り、すぐに読み始めた。
帯の惹句にあるように「お風呂で読むのにちょうどいい」くらいサッと読めた。

↑かわいい(彼氏と別れたくないの図)。

↑「ウンコだと思ったし」に笑ってしまったが、なかなかに繊細で、いい感性だな、と思った。


確かに若干、下品ではある。
しかし、思わず吹き出してしまったり、ホロリときたりするところもあり、とても楽しめた。

『小説すばる』なんかで書かれていたなんて全然知らなかったな。

『湯遊ワンダーランド』を買わなくちゃ!
楽しみだ。


『まんしゅう家の憂鬱』/まんしゅうきつこ/集英社文庫/2017.11.17.


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