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平成30年北海道東部大震災つぶやき

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その時のわたしの気持ちを記録しています。
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2018年9月の記事一覧

亡くなった義父の葬儀のために滞っていた携帯の機種変更にいって驚いた。まさに私が出かけたその日からキャンペーンが始まっていて、万単位で色々な値引きをしてくれた。さらに震災の影響で携帯を変更する人のために手数料の3000円もいったん支払って戻ってくるらしい。お義父さんありがとうね。

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地震の揺れが身体にしみついているのか、今もときどき揺れていないのに揺れを感じることがある。かとおもえば、実はそれが余震のときもあるので気が抜けない。そんな中での義父の葬儀は本当にキツかった。それでも肩の重しが一つとれたことは確実なのだ。次は相続の手続き、それが次の仕事になる。

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葬儀が終わって丸二日。なんだか全身が痛い。緊張と寝不足と、そして嫁として働くことの大変さを味わった。大好きな人達だけど、大事な人を亡くしたせいか、テンションが高かったり低かったり周りに配慮はできないみたい。しょうがない。たくさんの「感謝」という言葉をもらったけど、なぜか空虚だ。

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友引の日曜日は、火葬場がお休み。葬儀の前に親戚一同で、小樽に来ています。曇り空、涙雨がポツリポツリと頰にあたるけど、野外に一人いて空を見上げているわたし。この雲をかき分けて天国にむかうのは大変かもしれないが、まあお義父さん頑張って。いとこたち同士仲よく遊んでるのが嬉しい。

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昨日の23時11分、義父が天に帰りました。1月4日からの闘病生活。いろいろなことが思い出されるけど、誤解されたり、嫌われたりしていたとしても、死に迎られる一瞬で、私がどんな気持ちだったかはわかってもらえたと思う。最善のタイミングでしたお義父さん。肉体をぬいで軽やかに羽ばたいて。

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早朝にスーパーに出かけたら、卵、牛乳、食パンは豊富にあった。夕方だとすっかりなくなっているとのことなので、働いている主婦は大変かもしれない。一時的に、9時に買い物をすませて出勤してもいいという会社はないのだろうか。こういうときなので特例を設けてもらえるといいのにと思う。

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義父の病院にきています。昨晩夫が行ったとき起きていたらしいので、昼夜逆転しているのかもしれない。義母は辛抱強く待っている。二人きりにしてあげる為、廊下で待機中。地震の影響はなく、自家発電でのりきり、通常のケアを受けていた様子がみられました。向かいのベットが空。退院した事を祈ろう。

また新しい朝、曇り空。義父の入院先が震源に近いので主人が今夜いくといって車で出かけた。義母は食事と介護のついたマンションにいてくれる。ありがたい。家にいたら料理がへたな嫁のありあわせ食事でかわいそうなことになっていたと思う。ホームエレベータもあるけど止まったらと思うと使えない。

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人工透析をしている友人のご主人の無事を確認。難病で引きこもっていた友人とも連絡がとれた。二人は子どもたちが小学校からのママ友で、それぞれにいろいろな問題を抱えながらも10年以上のつきあいである。短いメールの文字から真情が伝わって泣けてきた。それだけのことだけど書き留めておこう。

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行列遺伝子のようなものが日本人にはあるのだろうか。地震の後のこの秩序はいったいなんなのだろう、スーパーでガソリンスタンドで、黙々と並ぶ人達の姿が素晴らしい。泣きわめく子供も中にはいたけど、じっとみんなで我慢している。天災の多い国柄のせいもあるのかもしれないけど、本当に頭が下がる。

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とにかく車が通っただけでも余震のような気がして今日はまだ眠れない。もうすぐ3回目の3時8分。それを過ぎたら眠ることにしよう。今日も1日いろいろなことがあったけど、これから毎日生きていることに感謝していこうと思ってる。こうして何度も書いていると記憶が定着する気がする。忘れるな自分。

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家の中にいると息が詰まるような気がして外に出てみる。相変わらずいろいろなところに沢山の行列ができている。やっていないイオンの駐車場に止めて青空を見る。「生きているってなんだろ生きてるってなあに」そんなフレーズが頭の中をぐるぐるする。いたずら書きしたくなるような雲の写真を撮った。

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粋な計らいなのかしら、au 見たことない状態です。

noteに自分の拠点を移したとききめたこと、自己宣伝のためのフォローはしない。いいなと思える人に出逢うため。そして自分がよしと思えるものが書けてマガジンができそうなら初めて色々な人に話そうと思う。ツイッターと違ってフォローがいないから、何度もつぶやきを連投できる、幸せなことかも。