USJ編(完)ゾンビDEダンスのよる。


USJに夜の帳がおりる。
ゾンビDEダンスの幕が、あがる。

長々とUSJについて書いてきた。
ダンス覚えたり、歌唄ったり、美味しんぼごっこしたり、パルクールしたり、熊兄弟に嬲られたり…さんざんUSJの魅力について書いてきた。

だが、一番書きたかったのはこの『ゾンビDEダンス』の夜のことだった。



USJに夜の帳がおりる。
ゾンビDEダンスの幕が、あがる。

すっかり日も暮れて、東の空にやたらまるくて大きな月が浮かぶ。白く、眩しい。
夜のうす絹を纏ったUSJが、妖しく境界を滲ませる。

夜のUSJは初めてではない。
そして、今までに特別な何かを感じたことは無い。

昼のUSJは日常の延長だった。
夜のUSJはただ昼の延長だった。
私の中では。前回までは。

今回もそうだと思っていた。

違った。この夜は違う。
今回はそう感じた。


いったいなにが私の心をざわつかせ、なにがこうも強烈な余韻を残したのか。未だによくわからない。
ただ、これだけは言える。

夜のUSJが私を連れ去った。
魂ごと私を連れ去った。


そう、私はいつの間にか連れ去られていたのだ。
日常から、魂ごと。




朝からぼんやりUSJに滞在していた。明るい陽射し、アトラクションの行列。良くも悪くもテーマパーク。そして、夢中になってアトラクションを巡るうちに、いつの間にか陽が暮れていた。途切れることなく人が流れて、ハロウィンナイトに浮かされた人々がゆらりゆらりと集まりだす。

仮装している者もスルスルと衣擦れの音を立てて練り歩き、このUSJを埋め尽くす。紫色のネオンやらアトラクションの照明が、闇の暗さに干渉し、その暗がりに濃淡をつける。園内には絶えず白いスモークが充満している。そこに様々な光が薄く投影されて、闇に更なる複雑な色味を加えている。

見上げると白くまるい月が煌々とUSJを見下ろしていた。

紫色の月夜の浮世、私の魂がUSJを彷徨う。


デスメタルが延々と鳴り響いている。

ゾンビがまわりを跋扈している。

わたしはふわふわと漂う。

ただ、呆けているわけてはない。
むしろ感性が、滾る。

ゆえに、考えなくていいことまで考える。
それはあまりにもどうでもいいことであり、あまりにもそそることでもあった。そういうふうに、ふわふわと漂う。心は、滾る。


遠くでジェットコースターがゴゴゴとレールを鳴らして、悲鳴とともに闇を滑り落ちていった。


歩く街並みには、ゾンビが跋扈している。かれらは時折、こちらを威嚇してくる。彷徨うゾンビを味わいながら、ゆるゆると街をさまよう。

どこからここに行き着いたのか、いつからここに自分がいるのか、自信がない。

きのうもない、あしたもない。ただ、『今』が滔々と目の前に広がる。

何者でもなくふわふわと漂う。からだの横には娘がいる。なにかをしゃべっていたが、こえがこもってよくおもいだせない。
仮装の幻想、妖しい喧騒。闇の濃淡にうっとりしながら足を擦るようにして彷徨う。

行き交う人々の心の高鳴りと興奮が、闇に溶け出してとろとろに流れでる。

夜の帳はその織りあげてる網の粘度を強くして、その人々から溶け出した、瘴気にも似たあやうい熱気を絡めとってゆく。紫色の濃度がぐんぐんと強くなっていく気がした。


帰りたくない。


ふわふわと漂う。


延々とデスメタルが響き渡る。
地響きのような重低音が窓ガラスを振動させる。
USJの人工池に波紋を打って、闇を伝って音が舞う。
デスメタルが闇に絡まる、響き渡る。



重低音が掻き鳴らす、わたしの心を掻き鳴らす。
網膜から流れ込む狂おしい闇と、鼓膜から流れ込む艶かしい音に、身体が徐々に溶けてゆく。

手先を見ると身体の境界はもうすっかり滲んで、どこまでが自分かもう判別がつかない。


ああ、もうこれでいい。
わたしはすでに紫色に染め上がってるに違いない。





ゾンビが跋扈する。人々は彷徨う。
夜の帳がすべてを包む。
ここはすでにマージナルですらないのかもしれない。


やがて、デスメタルが音をしまう。





ふっ、と一拍音が止む。




キンッと静寂。

ゾンビの波をかきわけて、
再び、音が聞こえだす。

途切れることなく流れ込む波が、蝸牛のなかを跳ね繰り返る。電気パルスが大脳の聴覚中枢に叩き込むように走る。


あぁ、きたか。






『唱』だ。





USJに反響させて音が空高く舞い上がる。行き交う人々に喜色が浮かぶ。
不規則に動いていた群衆のなみが、駆け巡る旋律とともに足並みを揃える。
歌い出す者、踊る者、調子を合わせて共振をおこす。
共振は伝播し、狂乱の宴が今始まる。



出発前からシュッシュ、シャッシャと狂うていた親子の目は据わっている。

おとう!

うむっ!

陽気な妖気を解き放ち、闇を纏って踊り出す。
風のやんだUSJ、音圧だけが空気を廻す。


もう、日常なぞはかけらもみあたらない。


どろんと蕩けた闇夜の浮世、

踊りの宴が今、幕をあける。




このゾンビはレディ・ジェーン・グレイのような気がして密かに興奮していた。



今これを書きながら、この興奮が子供の頃に感じた、縁日の空気に似ているような気がしたが、それもなんだかしっくりこない。なんでもいい、ようは、あの日、私は魂を連れ去られたのだ。

私は未だにあのゾンビDEダンスの夜を想い、身悶えている。





そして、この春、再びUSJに行く。



次回、海遊館編につづく。


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