協働と闘争と(2022.9.3 いわきFCvsAC長野パルセイロ観戦記)
1-0。
2022.9.3 明治安田生命J3リーグ 第23節
いわきFC vs AC長野パルセイロ
結果としては辛くもいわきFCが勝利を掴むことになった一戦を、
素人目に見た個人的な感想とともに、
少し振り返ってみたいと思う。
激しさの序章
16:34
主審の笛が試合の始まりを告げる。
と、開始早々にいわきFCはピンチを迎えた。
前半わずか10秒で、中央からの侵入、そのこぼれ球を拾われ、長野に決定的なシュートを放たれる。
これはGK坂田大樹がしっかりと弾き出し、得点には結びつかなかったものの、既に『いつもとは違う』不穏な空気が漂っていた。
その後、ショートコーナーからのクロスに対しても山下優人が剝がされ、
長野の選手がフリーでヘディングシュートを放つ。
だが、ボールはクロスバーを越えて事なきを得た。
開始からわずか1分足らずの間に2度の決定的なピンチ。
立ち上がりから長野の攻勢がいわきを襲った。
対していわきも、すぐに反撃をする。
GKからのロングボールを2度のコンタクトに競り勝ち、
右サイドでフリーの嵯峨理久にボールが渡る。
切り返してからの左足シュートを放つが、
惜しくも枠を捉えることはできなかった。
ここに至るまで、わずか1分40秒。
今となって思えば、
この時すでに、
激しい刀の交わし合いは始まっていたのだと感じる。
長野の特異な攻撃の組み立て
その後、長野のゴールキックで試合が再開されると、
いつもと違う空気感は
長野の攻撃の組み立て方によって、
よりハッキリとその姿を現すことになる。
ゴールキックを長く蹴ることはせず、
ピッチの一番底となるラインに
3枚のDFと1枚のMFを幅広く並べ、GKも含めた5人で
ボールを繋いでくる戦術を取ってきた。
つまり、いわきの長所であるハイプレスを
『引き込む』ような戦い方をしてきたのだ。
ちなみに、長野はこれを『いわき対策』
のためだけに選択したわけではなく、
前節の北九州戦を見ても分かるとおり、
他のチームにも使用している。
つまり、この戦術は彼らにとって、
『オプション』の一つである。
また、上の記事でも文中で触れられているが、
相手によって3バックと4バックを
使い分けながら、
『相手の長所を消す』
戦い方を選択しつつ、
過酷なJ3リーグの戦を生き延び、
勝ち点を積み重ねているということが分かる。
正直、最初にその組み立て方を目にしたとき、
「ウマいな」
と感じた。
自陣の一番底のラインで
相手のプレスを引き込む、ということは、
もちろんリスクが伴う戦い方ではあるが、
いわきFCにとっては
有効に働く戦術だと感じた。
いわきFCにとっての長所の一つとして、
『密集』が生み出す展開の速いフットボールがある。
選手同士の距離が近いことで、
素早くボールを狩り取り、
素早く攻撃に繋げることが出来る。
その結果、相手が各選手に対応させる暇を与えず、
正に『電光石火』でゴールを奪うような
闘い方を得意としている。
対して、ここで密集を『引き込まれる』と
どうなるのだろうか。
ボールを保持する相手選手に、
いわきの選手が次々にプレスをかけに行く。
すると、必然的にライン間の距離が広がり、
中央、またはサイドでボールを受けられる
プレスのかけられないスペースが広がる
ことになるのだ。
合わせて、その組み立てを自陣深くで行うことによって、
いわきのセンターバックは
ハーフウェーライン(ピッチ中央の白線)よりも
前に出てくることがやりづらくなる。
これは『オフサイドラインの無効化』
が強く影響している。
オフサイドはハーフウェーラインよりも
敵陣側に侵入した際に適用される。
逆に言えば、自陣にいる段階でパスが出され、
相手DFの裏でボールを受ける場合には、
DFよりも攻撃方向に前に出ていたとしても、
オフサイドは適用されないのだ。
裏への抜け出し、そこからのGKとの1対1は
決定的な得点チャンスとなってしまう。
そのため、センターバックはハーフウェーライン付近に
『ピン止め』されたような形になる。
こうして、長野はいわきの長所である
『密集』をうまく利用し、
全体的な密集を作らせないようにしつつ、
ハイプレスの連動の過程で
空いたスペースを有効に活用しながら、
「いわきFCさんの土俵では戦わないよ」
と言わんばかりに、
あくまで自分たちのスタイルで
がっぷりよつを組んできたのだ。
ここからしばらくの間、
一進一退の攻防が続くことにはなるが、
いわきの裏のスペースや空いたスペースを
徹底して狙ってくる様は、
戦い方は多少違えど、
今シーズン唯一、ホームでの敗戦を喫した、
4月17日のFC今治戦を彷彿とさせた。
いわきFCの対応
こうした長野の攻めに対して
手こずりながらも、
いわきFCは徐々にそれへ対応していった。
あくまで自分たちのベースは崩さず
自陣深くでボールを繋ぐ長野DFに
持ち前の激しいプレスをかけながら、
ボールを奪った後のショートカウンターで
幾度となく好機を演出した。
だが、今日のそれにはいつもの爆発力は無い。
基本的に自陣深くに長野の選手が少なくとも5人いるため、
裏のスペースはほぼ消されているに近い。
結果、中盤でボールを繋ぎながら、
相手のスライドの遅れを誘いつつ、
我慢強くひたむきに攻める姿勢を続けた。
勝敗を分けた1プレー
前半26分。
この試合において最大のチャンスが長野に訪れる。
いわきのクロスを拾った長野のMF水谷拓磨が、
前線に残っていたMF森川裕基にロングパスを送る。
そのままサイドを攻め上がり、
中央に走り込んだFW山本大貴に合わせた。
ボールは確実に枠へと向かっていたが、
いわきGK坂田大樹の足が間一髪防ぎ、
ゴールポストを叩いた。
このシーンは本ゲームにおいて、
長野が狙いとした形が
ほぼ結実していた状態であり、
この1点が入らなかったことによって、
長野は結果的に勝ち点を逃すことになる。
ここはもう、
システムうんぬん、戦術うんぬんの話ではない。
ポジショニング、冷静な見極め、瞬間的な反応―――
様々な要素がぶつかり合った結果、
坂田大樹の右足が勝った。
この1プレーは、
決勝点をあげた谷村海那と並んで、
この試合の勝敗を決定づける
大きな大きな『局面の勝利』であったと思う。
得点後の試合経過
その後、試合時間が進むにつれて
いわきが押し込む時間帯が増える。
ひたむきに
我慢強く
あくまで自分たちのスタイルで
いわきFCは闘い、攻め続けた。
長野も前半と同様にゴールキックからの組み立てを基本としながら、
虚を突くようにロングボールを蹴り込む場面を織り交ぜつつ、
いわきの『攻撃の壁』の裏側を取ろうと、
工夫を凝らしていたが、
徐々に落ちていく自分たちの運動量と、
いわきの対応力により劣勢となった。
最終のスタッツを見てみると、
長野のシュートが前半5本だったのに対し、
後半は2本。
いわきは前後半とも10本ずつ放っていることを考えると、
勢いはいわきに傾き続けていったことが分かる。
そして後半38分。
全員がひたむきに闘い続けた結果が、
谷村海那のゴールへと繋がった。
さて、ゴールシーンはもう分析よりも
歓声と歓喜をもって、他の諸氏に
語ってもらうのが良いと思うので
ここでは詳細には触れないが、
問題はその後だ。
失点後も長野は基本的な戦術をベースとしながらも、
短い時間で得点を取るために
縦へのスピードが速くなったように見えた。
だが、同時に気持ちのスイッチも
違う方向に入ってしまったのかなぁ、と
思われるシーンが散見されるようになる。
ファールの後に無理矢理いわきの選手を引き起こそうとする。
倒れたいわきの選手を踏みつける。
不用意な言動で退場になる。
ここまで必死に闘っていた
試合内容がもったいないなぁ、
と感じさせる瓦解だった。
もちろん主審のゲームマネージメントにも
多少の問題はあったと感じるものの、
勝つためにやってきた準備、
闘い続けた85分間を、
自ら手放してしまった感覚は否めない。
以前のコラムでも少し触れた部分ではあるが、
フットボールの構成要素の一つとして、
『闘争』というものもあるが、
最も大事な要素は『協働』である。
冷静さを失っていなければ、
まだ数回チャンスを作れる時間が残されていた。
いわきFCを応援する身としては、
助かったなぁ、という一抹の思いはあるものの、
フットボールを愛する身としては、
闘うことと争うことは違うんだなぁ、
ということを思い知るような結末だったことは、
残念でならない。
もはや試合終了のホイッスルが鳴る前後は、
長野は審判と争っているように見えた。
試合終了後、
長野のシュタルフ監督と審判団との
コミュニケーションの齟齬が原因となって、
モメるシーンがあった。
(詳細は下記を参照)
ここはもう、どちらが悪いということを言っても、
違う争いの火種を生むことにしかならない。
ただお互いに冷静なやり取りができていれば、
リスペクトフェアプレーデイズに
そぐわないような結末には
ならなかったであろうとは思う。
プレーヤーも
マネージャーも
コーチングスタッフも
レフェリーも
人間である。
人間であるからには
間違いが起こることは必然だ。
もちろんそういったことが起こらないように
対策や予防をするのは前提として、
最も大事なのは、
間違った時にどう振舞うか。
そういうことを、
自戒を込めて学ばせてもらった、
貴重な機会であった。
次回の対戦では、
純粋に『闘い』を楽しめる
試合になることを願う。
おわりに
最後にもう一つだけ、
触れておきたいことがある。
それはいわきFCの得点が生まれる直前のこと。
1点を争う激しいゲームだったにもかかわらず、
長野の選手が両脚を攣ってしまった際に、
両チームの選手がケアをしていたこと。
そして、
いわきDF江川慶城のポジティブな声掛けによって、
拍手が会場を包んだこと。
それに呼応するように盛り上がる応援。
その直後に生まれた決勝点。
爆発的な歓声と熱狂。
あのシーンは、
フットボールにおける『協働』と『闘い』が生む感動が
つまっていた場面だなぁ、と
しみじみ感じている。
これだからフットボールはやめられない。
そして、
これだからいわきFCの試合を
また見に行きたくなる。
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