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沈香
バスタブに映る月をぼんやりと眺めていた
彼女はもうそこにはいなかった
もう今日からは
自分のせいにしかできない
彼女の骸を盾に逃げていただけだった
最低なことに私は生きたかった
こんなにも
"私は不幸です"
と言わんばかりの顔を提げておきながら
決死の覚悟どころか
やり残したことすら定まらないまま
首が絞まって苦しくなって
体液がのぼったきたからか
直前に吸おうと試みた煙草のせいか
ヒュー、というか細い息しか出来なかった
醜くて滑稽な音は私そのものだった
首が 耳の奥が 頭が大きく脈打っていた
わたしのすべてが 初めて産声をあげた
夜
真っ暗であたたかかくて不気味なバスタブ
私だけの深海がそこにあった
もう君の声しか聞きたくなかった
手足が微かに痺れて
抜け殻のようなコートが床で息絶えていた
この後数時間で容赦なく訪れる初日に
焼かれる他何も出来ないことを悟って
藁にも縋る様なこころで
君の「おはよう」を願った
約束を信じた
あの日、君だけが私の呼吸器だった
君は来なかった
fin.
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