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メンヘラという状態異常を抱えながら初期装備でラスボスに挑んでしまっていた話

1年くらい前から付き合いのあるセフレの🐊さんはお金持ちだ。わたしが愛してやまない四駆たちをトミカのように買い漁り、自宅のガレージに所狭しと並べている。
パッと見は爽やかなイケイケお兄さんという感じで、トトロのようなキュートなお腹がわたしを虜にさせていた。

ゴリゴリの元ヤンだがオネエっぽく喋る🐊さんはちょっとメンヘラ気質なところがあり、🐊さんの機嫌ひとつで振り回されるわたしはメンタルをやられつつも彼から離れられずにいた。なぜなら🐊さんはこれまで会ってきた男たちの中でもトップクラスのSだったからだ。
🐊さんは身体だけでなくわたしの心を痛めつけてくることもしばしばあり、ひとたび機嫌を損ねれば徹底的に謝らされていたのだった。

そんな日々を送っていた中、🐊さんが前に「Tinderやめた、お前としか遊んでない」と言っていたのが突然最近になって本当なのかが気になって仕方がなくなってしまったわたしは別人としてTinderに再び舞い戻り、Tinderの奥地へ向かったのだった。
いや、すぐだった。奥地なんかに到達せずともすぐに🐊さんは見つかった。長期の海外出張に行っていたはずなのに、いつのまにか帰国していたようだがわたしには数日前から連絡すらくれていないじゃないか。
少し考えた後、「もう帰国したんですか?」とLINEを送ってみた。返事どころか既読すらつかない。
🐊さんからの返事を待たずにTinderの🐊さんにライクした瞬間、マッチの画面が表示された。それから程なくしてメッセージが届く。わたしのLINEは数日既読無視が基本なのに。しかもやり取りの3通目でいきなりLINE IDを送りつけてきやがった。
わたしは言った。
「🐊さん、Tinder再開してたんですね……」と。
すると🐊さんは慌てたように「名前と雰囲気でわかった。俺もお前のこと探してた。許さねえわ」とブチ切れてきたのだった。悲しいかなドMの性で反射的に謝ってしまったが、なぜ怒られるのかはわからなかった。言い訳として苦しすぎるからだ。自己紹介とLINEのIDまで送ってきておいて、それはないだろう。どうせTinderで女を引っ掛けてよろしくやるつもりだったんだろう。
その後も🐊さんからの謎の精神攻撃はやまず、何に対してなのかよくわからない「お前を許さない」を連発されたわたしは思わず「何を許して貰えばいいんですか?」と反抗した。そこでやりとりはピタリと止まったのだった。

そして🐊さんへの勘繰りが止まらないわたしは一旦Tinderを退会して、また別のプロフィールで再登録をした。今回は課金して距離も変えるという手の込みようだ。
そしたらまた釣れたんだ🐊さんが。あーこれは有罪確定ですわと思いながら違う人のふりをしてTinderでやり取りしていたら、なぜか突然「意地悪言ってごめんね」「早く会ってぎゅーする!」とLINEが来たのだった。メンヘラかよ。わたしは戸惑った。なんて返信したらいいか迷っているうちに、Tinderのやり取りの何かに勘付いた🐊さんから「知らない女からLINE来たんだけど誰?」とメッセージがきた。もちろんしらばっくれた。『Tinderでマッチした』ではなく『LINEがきた』とあからさまな嘘をついてきているところがもう🐊さんが真っ黒であることを証明していた。それにしてもこの人も精神が不安定すぎやしないか。わたしは次第に恐怖を覚えていった。

わたしには全然LINEを返してこないが、架空の女にはメッセージがポンポンくる。わたしは細心の注意を払いながらやりとりを続け、パートナーはいるのかという話題に触れた。
すると「気になる人はいるけど子供がいるのが引っかかる。仕事は海外メインだし忙しくてその子も子供も構ってあげる暇がなくてつい冷たくしてしまう。向き合っているつもりだが今の自分は恋人も配偶者も要らないと思っている」と話し始めた。出来すぎている。わたしは『わたしだとわかった上でわたしを安心させる嘘をついているのでは?』と勘繰った。なんせ相手は億プレーヤーだ。2枚も3枚も上手のはずである。そう簡単にはいかない。
架空の女になりすましたわたしは怪しまれないように🐊さんの話の聞き役に徹し、なんやかんや話した後「ありがとう、いい人見つけてね!」とマッチを解除されたのだった。わたしもTinderは用済みになり退会した。

翌日の夜、🐊さんのターンが始まった。大勘繰り大会だ。わたしはしらを切り続ける。向こうもおそらく確信がないのか具体的なことを言わずにとにかく高圧的な態度でわたしを弱らせて全部吐かせるつもりのようだった。なんとかわたしは耐えた。
「何を言いたいのかわからない」と何度伝えても答えは返ってこない。それもそうだ。お互い嘘しかついてないからだ。

メンヘラ同士の生死をかけたライアーゲームが、幕を開けたのだった。

クスリをやっているわけでもないのに勘繰りが止まらないわたしはストレスでメンタルをやられまくった結果、ここにくるまでまともに飯が食えなくなり満身創痍となった。
しかしこのメンヘラとメンヘラの血で血を洗う争いに負けるわけにはいかない。わたしのメンタルはそろそろ限界を迎えようとしていた。
わたしはもともと戦闘民族である。「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」とキリストは言ったが、右の頬を打たれたら馬乗りになって顔面をボコボコにするのがわたしの信条だ。それなのにマゾヒストであるためにサディストには左頬を差し出すどころか五体投地してしまうのであった。マゾとは悲しい生き物なのである。
そんな悲しい習性があるために、自分を傷つける存在にすら縋るのをやめられず、常に傷だらけになっている。いつしか「好き」は「執着」「依存」に変わってしまっていた。メンヘラほど粘着質な生き物はいない。粘着された者の一部はメンヘラの瘴気にあてられてメンヘラ呪物と化す。メンヘラ呪物を次々と生み出すわたしはいわばメンヘラ特級呪物だ。五条悟ですら祓えまい。
だからそろそろわたしは🐊さんとの関係を終わらせなければならなかった。メンヘラがメンヘラと居ても傷つけ合うだけなのだ。が、わたしだってやられっぱなしで黙っているような女ではない。散々自分を振り回し傷つけてきたこの人物を、一発は殴り返さないと気が済まなかった。反撃の時を狙う。
だが🐊さんの勘繰りも止まらない。「色々わかった」「知り合いに調べてもらった」「俺の口から言ったほうがいいか?」と大嘘をついて揺さぶりをかけてくる。
わたしは額面通りの言葉しか受け取ることが出来ず、また押しにもクソ弱いためこういった駆け引きの場面ではだいたい爆死する。が、ここでもまた耐えたのである。確固たる強い意志を持って「こいつを殺す」と決めたからだ。自分で自分を褒めたい。
おそらくほぼバレているのだろうが、今回のなりすましの経緯のシナリオを作ることにした。
関係性に悩み相談している友達はいた、今回Tinderであなたを見つけた時にショックで心の整理ができず思わずスクショをその友達に送ってしまった、後から『その人はもうやめなさい』と言われたが友達が何を知っているかは知らない、とにかくLINEを送ってきた人物とは無関係である。これらを更にそれっぽく書いて、『この間からショックが大きく精神的に参っていて考えがまとまりません』と添えたメッセージを送る。既読は時間をおかずについた。が、返事はない。不安すぎて死にそうなわたしは1時間に一回LINEのスタンプを送ってはブロックされていないかの確認を繰り返していた。
そしてあと少しで退勤時刻になろうかという頃、🐊さんからの鬼コールが来た。恐怖だった。仕事中なのでもちろん出なかった。🐊さんは死ぬほど忙しいのでこちらの都合など関係なく、平日の昼間であろうと自分の言いたいことがあるタイミングで突如電話をかけてくる。そしてそういう時はだいたいイライラしているのだ。怖かった。もう割と限界が近い精神状態で怒りの感情をぶつけられてしまったら、耐えられる自信がなかった。
メッセージで退社予定時刻を伝え、駐車場で待機していると携帯が鳴った。震える手で応答する。すると🐊さんはすぐに喋り始めた。
「友達って何?誰に何を送ったの?言って」
不機嫌である。だが以前電話に出た瞬間からブチギレていたこともあったのでこれはまだ可愛い方だった。緊張で声が震えて上手く喋れない。気持ちを落ち着かせようと思っても呼吸が乱れて上手くいかないのだ。声を振り絞りながら、準備していた話を伝えた。
「で?それでなんか解決したの?友達にそうやって言われて言いなりになるわけ?そういうの一番嫌い。じゃあ友達に死ねって言われたら死ぬの?」
🐊さんは捲し立てるように言った。『人から死ねって言われたら死ぬのか』理論はわたしもよく使うやつだった。そして、話しているうちにだんだん🐊さんの声のトーンが優しくなってきていることに気づいた。
詰められた後に優しくされて気持ちよくなってしまったわたしはこの後全てを白状することになる。🐊さんが計算してこういうことをしてきているのだとしたらと思うとゾッとした。
後から優しいトーンで話してくれた時の内容を後から整理してみたら、半分くらいは嘘を言っていることがわかった。わたしはこの時やっと、敵がどれほど邪悪な存在であるかを目の当たりにしたのである。大きすぎて全貌すら掴めていなかったのだ。
「で。本当は?言ってみなよ、怒らないから」
『怒らないから本当のことを言いなさい』をこの歳になっても言われるとは思わなかった。
「ごめんなさい」
気がつくとわたしは泣きながら謝っていたのだった。
「よく言えたね、わかったよ。理由までは話さなくていいから。大丈夫だよ」
優しく宥めてくる🐊さんにすっかり丸め込まれてしまったわたしはさめざめ泣きながら「最近冷たくされてる気がして辛くて。もう優しくしてもらえないのかなって思って違う人のフリして話しかけてみたら、前の楽しかった時みたいにお返事きたのが嬉しくて、ダメだと思うけど途中でやめられなくなっちゃったんです、ごめんなさい(大嘘)」と話すと🐊さんはとても優しい声で「わかったよ、怒ってないから。もう大丈夫だよ」と言った。
人はこれを、DVと呼ぶのである。

戦いはわたしの完敗だった。わたしの敵う敵ではなかったのだ。メンヘラという状態異常を抱えたまま初期装備でラスボス戦に挑んでしまったのだ。無理な話である。2枚くらいは上手かと予想していたがもっと上だった。全貌が掴めなすぎて何枚上をいかれているのか見当もつかない。
わたしは愚かだった。

初めから、優しい🐊さんなど存在しなかったのだ。わたしは何一つ本当のことを教えてもらっていなかった。
🐊さんのことがすっかり怖くなってしまったわたしは、無事にこの人から離れるための助走をつけ始めた。

もうすぐさよならの時が来る。

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