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【一本目:私と奴と浅草の怪しきこと】『いま、なんどきだい』【第三回】

 はじめましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 虎徹書林ぷれぜんつ、木曜日のチョイと怖いお話――略称『虎徹書林のチョイ怖』をお届けします。

 今回の第六話、紙又は電子書籍に収録することが前提の短編小説の三本立て構成です。週に一度の連載で、完結まで五カ月ほどかかります(2024年7月ごろに完結予定)。一回分のボリュームは約5000文字ほどです。
 収録する書籍の出版予定は未定ですが、書籍化するにあたり加筆・修正がされます。また書籍化の規約上、noteでの公開が中止になることもありますのでご了承ください。

<三>
※無料公開中は虎徹書林作品のご紹介(真ん中へんと最後あたりの二回)が含まれます

 一際切れ味のいい川風が、耳たぶをキリっと掠める。隅田川を渡ると秋の気配が一層濃くなって、自分がいつにも増して浅草界隈の喧騒を恋しく思っていることに驚いた。
 東武線の駅舎が見えてくると、鉄板の上でこんがり焼ける肉の脂やソースと思しき香りが、悩ましく鼻先をくすぐる。
 そうだ、まだまだ夏を名残惜しんでやればいい!冷えたビールで焼肉をやっつけてやるのも楽しいではないか。豚バラの甘辛炒めで迎え撃つのも良い、胡瓜の浅漬けも添えるのだ。鶏モモと葱、白レバーの串焼きが名物の立ち飲み屋で、ちびちびと冷酒をやるという手もある――あれやこれや美味そうな画を頭の中で巡らせていると、数センチ後ろから、口笛にも似た甲高い音がして、思わずギョッとして振り返った。
 夕暮れ時の浅草の、肩同士がぶつかりそうでぶつからない雑踏が繰り広げられているばかりで、私を揶揄う人も剰えその影さえも見当たらない。
 みっともなく首をすくめながら、粟立ち止まらぬ項を乱暴に摩り、再び前を向いて歩き始めると、
「イイねえ!蕎麦屋で一杯ひっかけるなんざ、お前もようやく大人になったじゃねえの」
 すれ違いざまに聞こえたサラリーマンの声に、腰が砕けそうになるのを堪えて、手近な細い路地へ逃げ込むように転げ入った。

 隅田川とその周辺は、そもそも悲しく怖ろしい話が多すぎる。
 物心ついた時から自然と耳に入ってくる様々な話の数々に、繊細な私という幼い男児の心は揺らぎに揺らいだものだ。
 例えば、戦時中。空襲から逃げ惑う人々の、特に赤ん坊を守るために己が身を省みぬ母の話。或いは、繋いでいたはずの母の手が人混みの中ですり抜けて、燃え盛る街の中で一人絶望と対峙した少女の話。
 また、もっと時代を遡れば。
 関東大震災の時の、不運が重なった末に失われた多くの命の話。
 江戸時代の大火事の時の、橋の上から飛び込むことを余儀なくされてしまった人たちと、それを良しとしなかった人にもたらされた惨事。
 そういう戦争や災害だけではない。身投げの名所、などと不名誉な通称を付けられた場所もあるほどに、この川は多くの人の死を受け止めてきた。
 幼少のみぎり最も震えたのは、その昔、霊感が強くてその筋では有名だった漫才師が、テレビ番組中ふとした瞬間にポツリと語った自身の話だ。
 その漫才師は隅田川のそばに来ると、どうにも泣けて泣けて仕方がないのだ、と語った。
 修業時代や売れなかった頃は、殊更に心がふさぎ、仕事にならないこともあったが、おまんまのため、と腹を括って芸の修行に励んだから、客に支えられ舞台に立ち続け、テレビにまで出させていただいているのだ、と……子供心に壮絶だと思った。
 あれだけ人を笑わせつつ、その実、どれほどの『死の気配』を背負い、何度踏みとどまったのだろうと想像したら、その晩はぐっすり眠れるはずもなかった。
 だから、というわけではないが。
 この街に真摯に向き合うことは自然と憚られた。何かと縁のある土地だけれど、せいぜいが奴と連れ立って遊び歩き、立ち飲み屋で見知った酔っ払いとひと時のバカ騒ぎに興じるのが関の山だった。
 それが、どうだ!
 平日の昼間っから悶々と、美味いものを喰うという使命を自らに課して彷徨っている。が、何処に行っても漂う奴の「残り香」の前に挫折し、ならばと御破算にする度胸も無く、ただ足の向くまま居るうちに陽はとっぷりと暮れていく。
 私と奴が出逢う前から、隅田川周辺はあの世とこの世の境目で、たくさんの涙と名が大海の向こうにある何処かへと運ばれていった……私と奴が生と死という刃で分かたれたことなど、その壮大で緩やかな時の営みの中の一度の瞬きでしかなく、魚のひと跳ねにも満たぬ些末な出来事である。
 そんな些末な存在たる私に絡み付く、奇妙な藻の如き妄執は、どういう因果により、どこから生じせしめたものなのか。
 奴の、呪いか。それとも。私と奴の、因縁の深さか?
 考えたくは、ない。
 認めたくないものなのだが、あるいは……。

 とはいえ。

 私はある仮説によって可能性を見出したのだ。
 今度こそ、あの合同墓を隠れ蓑として好き勝手させるような真似はさせぬ。
 もはや影とも呼べぬ奴の抜け殻が、許されざる態度で愚弄するというのなら、私はそれを葦の船に乗せて隅田川に浮かべ、常世の国とやらへ、二度とその衣の端なりとも戻って来れぬよう弔い切ってやる。
 そう決意を新たにすると、武者震いだろうか背筋がひとつ大きく波打ち、不覚にも少々驚いてしまった。多少なりとも久しぶりの安堵で、迂闊だった。


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 奴が、いや奴の残滓が、羨ましさのあまり化けて出たところを存分に煩悶させ、弱ったところをあの世に押し戻す――この時には本作戦の完璧ぶりに気を良くしており、私はそのための飛び切りの蕎麦屋を探すことにした。
 浅草には新旧取り交ぜて美味い蕎麦屋が多い。
 しかし、その中から、奴が訪れたことのない蕎麦屋を探すというのは、それなりに困難だった。
 陽が落ちきってからしばらく、気温が一段下がったように感じたので、衿を少々合わせ直してから、懐に忍ばせておいた襟巻を首に掛けた。薄手の、肌ざわり滑らかで吸い付くように柔らかな、風呂屋でしか飲んだことのないコーヒー牛乳を思わせる素朴な色味のカシミヤの襟巻。
――遠からぬうちに形見になろうから、今のうちに貰ってくれよ。
 そう言ってこの襟巻を私に託してから、奴は二年と四か月、生きた。それ以上の長い年月を、奴は春夏秋冬、この襟巻と共に過ごしたわけで、数度クリーニングに出したところで奴の体臭と煙草の煙たさは取れやしない。
 防寒具として、塵除けとして、くれてやると言われるまま便利に使っていたのが仇になったか……自分のために衣服を揃えるといったことに無頓着に生きている自分を、この時ほど呪い、呆れたことは無い。
 近いうちにもう一度こいつをクリーニングにでも洗い張りにでも出して、こざっぱりさせてやろうじゃねえか!とばかり、フンと鼻を鳴らしてぐしゃっと丸め再び懐に押し込んだ。ここで痩せ我慢をせずにどこでするというのか。執拗に首筋をくすぐる川風を無視して、私は奴との思い出の手垢がついていない場所を求めて歩を進めた。

 通りの向こうを見やると、隅田川とそれに沿って走る高速道路の上の車のライトが見えたり見えなくなったりする、やけに街灯の暗い路地がある。その道は、私が馴染みとしている飲食店が集う一帯への近道だった……のだが。
 どういうわけだか。曲がる角をひとつ間違えた、というわけでもない。
 サテ、見知った通りに出たという手応えが、無い。
 昼と夜とで表情をガラリと変える、下町という土地の特性だという理由も、この時ばかりは通りそうになかった。
 いや軒先の設えや立て看板の一つ一つは、それこそいつもそこに在るように在る。どこがどう怪しいのか、語る言葉を持たないのでただただ訝しむばかりだったのだが、如何せん、私の精神状態が安定しているとは言い難い時分でもあったし、必要最低限の警戒を怠ってしまった。
 慣れた調子で細い路地を出たり入ったり、そのまま歩き続けること、七、八分ほどだったか。
 目下の一里塚とも言うべき飲食店街一帯、古巣に戻ってきた懐かしさを常日頃から湛える提灯が連なる通りの入口に立った時、私はようやく何かが……端的に言えば街の様子が、奇妙なことになっていると気が付いた。
 確かに、見慣れた暖簾も看板も、時代を映し過ぎではないかというくらいに煤けている。が、それに見合うだけの、この時間のこの街に無くてはならない人懐っこさと賑やかさが無かった。
 浅草の街の中ならば、条件に合う蕎麦屋が見つからなくても――まかり間違って迷子になっても、何かしら必ず美味くて安心できるものを食わせてくれる店に辿り着くはずなのだ。それなのに……目の前に居並ぶ店たちは提灯に灯がともっているにも関わらず、なぜだろう、まるで私と目を合わすのを避けて押し黙っているかの如く、余所余所しい。
 周囲をきょろきょろと見回す。と、違和感は更に鮮明に、強く、心の臓を締め上げた。
 私以外の、人間が、猫が、瞬く電光掲示板が――動いているものが、見当たらない。雑踏も酔っ払いの笑い声も聞こえてこない。
 いつもなら、煮染めた穴子やモツ煮の香りにつられ、手っ取り早くレモンサワーをやっつけたい誘惑に駆られ、居ても立っても居られないはずである。しかしそれを誘う、袖すり合わせる飲み仲間の気配がどこにも無いのだ。目が合えば立ち飲みカウンターの向こうから手招きするであろう、気のいい女将の顔も見えない。
 それどころか、この時間はほぼ開け放されている入口の戸が、どこの店もぴったりと閉じられている。
 私一人が取り残された、とでもいうのか?どこに?誰に?そう自問自答を始めた途端、急に空腹感が襲ってきた。
 いや、空腹などという生易しい表現では追い付かないだろう。私の本能が血糖値を急降下させて、昼間の私にはまったく予測できなかった事態を、気絶という安易にして最も避けねばならない方法で乗り切ろうとしているようだった。
 意識を手放さないように、ままならない足腰を引きずりながら、手近な縄暖簾を潜って店内を確かめようとした。が、何故だか、それも悪手であると感じ、引き戸の取っ手に手を掛けるのが憚られた。開けようとしたところで、きっと釘で打ったように開かないのだろうという妙な確信があった。
 縁起でもない――と思いつつ。
 もしここで空腹のままに路上に倒れたとして、果たして、私を気に留める馴染みの面々が急に閉ざされた店の戸口から飛び出してくるだろうか?
 または、残った力を振り絞って何処かの店の戸を開けたとして、私は誰に何と言って、飯なり酒なりにありつくのだろうか?
 威勢よく、死の気配を出し抜こうと蕎麦屋を目指していたのはどこのどいつだ?

 私はすっかり意気消沈し、今やヒダル神に魅入られた旅人のように、通りの端に座り込んだ。
 目を閉じると、脳裏に忽然と、一人の老人の姿が浮かんだ。
 彼のことはよく知っていた。三度、四度と、ポテトサラダの美味い店で安酒を奢り奢り奢られ楽しく飲んだ。
 その気のいい爺さんが、どこか含みのある笑顔で私を見つめ、五歩ほど離れたところに立っていた。
「よう、お前ェはあれだ、ちっとばかり情が深すぎるんだェ」
 爺さんは絞り出すようにそういうと、一歩、また一歩と近づいて来、やがて私の視界に彼の爪先しか見えなくなるほどそばに寄ると、私の頭に右手を置き頭蓋の中へと食いこませるべく指を曲げた。
 そんな馬鹿なことが、起こるはずもないのに。私の脳に爺さんの指が、くい、と触れた。
「あン時ゃありがとなィ」
 あの時、とは。何時のことを指している?

――オイオイ、忘れてやるなよ兄弟。

 嗚呼、そうだ。そうだった。
 界隈でも有名なこの呑兵衛の爺さんが、亡くなる一週間ほど前だった。
 一滴も飲まずに通りを行くままの爺さんを、特に気も留めずに見送って、後日、行く店行く店暗黙の裡に決まっていた爺さんの指定席に菊の花が生けてあるのを見つけ酷く後悔したのだった。
 さっきの、爺さんの笑顔はあの日のそれだった。
 あの日爺さんは、やっぱりどこか思うところのある目で通りから店の中の私を見、ニタァと笑って、挨拶しに来ただけなんだ、と言った。
 私の喉が勝手に震え、せり上がってくるものを抑えられなくなる。
「止せ……止せ止せ止せ……よぉせええええええええッッ」

 カッと見開いた目に飛び込んできたのは、赤や黄色の提灯が不規則に瞬く光景だった。
 行き交う人と人の影が、通りを埋める灯りという灯りを時に遮り時に揺らし、靴音やさざめきを呼び起こして、時の流れに私を再び連れ戻した。
 いったい全体、どうすればこんな冗談を誰が思いつき、引きずり込めるというのだ?
 不愉快なババァだけでなく、善良な酒好きの爺さんまでも、何故奴の側に……いや……そうではない、彼や彼女の姿を自在に操り、延いては奴の『影』を騙る面妖な何某かが存在するのでもなければ、ここまで手の込んだ悪ふざけは実現不可能。
 つまりこれは、私が創り出した幻などではない、のか?
 仮説――私の内から生じた夢想が私自身を侵すという説に立ち戻っても、虚が実を越え今回のように身体に直接の影響を及ぼすならば、さすがに身が持たぬ……私も早晩、三途の川を渡る羽目になる。
「万事休す、じゃないか」
――風向きを自分で変えるんだ。できるだけ突拍子もない方法で、な。できるだけ迅速に、前だけを見て。ここではそれが叶うんだ。
 奴がこの浅草という街に惹かれていた真相に、その一端に、意識の先端が触れかけた私はまるで目的地が定まったような顔をして、その場を後にした。

第四回へ続く

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