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言葉と自分。

こんにちは。ぽむです。
お読みくださり、ありがとうございます◎


「noteでやりたいこと」は自己紹介に書いたとおりですが、実はもともと文章を書くのが大好き。
自分の頭を整理するためにも、ここで少し言葉と自分についてまとめておきたいと思います。

始まりは空想から

幼い頃は、既存のおもちゃでそのまま遊ぶよりも、それを動かしてストーリーを考えるような遊びが好きでした。頭の中には細かい設定があって、乱入した弟が勝手に設定を崩すと、イラッとしたりなど(笑)

セリフもト書きもそれぞれ自分で考えて、声に出して、勝手に楽しむ。
創作に限界はない
。自由にどんどん世界が広がっていくことが、子どもながらにおもしろかったのだと思います。

書くことへの没頭

学校の授業で習った金子みすゞの詩に感銘を受けて、ノートに書き始めたり。
森絵都さんの小説に魅せられて、自作の小説を書いてみたり。最後まで書き上げた作品もいくつかありました。
何より書くことが好きでした。

幼い頃からの空想力で蓄えた、たくさんの言葉たちが、文字になって落とし込まれていく感覚が心地良かったからかもしれません。

とにかく余白と暇さえあればあちこちに言葉を書いていました。短編小説のときもあれば、架空のインタビュー記事のときも。笑
アウトプットは私にとって一種の遊びでした。

自分のために書く

そんな私がコンスタントに文章を書くようになったのは、小学6年生の頃。
出発点は日記というより「お手紙」。その日あったことや愚痴などを、会話ベースで書いていくものでした(学校の授業で、架空の人物に宛てた手紙を書いたことがきっかけになった…気がする)。

「書く」ことの始まりが空想なので、イメージが文字に落とし込まれて形になるというおもしろさは知っていました。

小学生ながらに気づいていたのは、【書くことで身軽になれる】ということ。特に思春期特有の友人関係などの悩みは、時間を忘れて一気に書き出すと、次の瞬間には少しすっきりしている。
大人にとっては当たり前なことを、当時子ども心に感じていたのでした。

この習慣が、今も形を変えて続いています。
1日の終わりに、その日あったことを振り返り、言葉にして"放す"。
ちょっとだけ心が軽くなって、自分自身がちゃんと自分の味方になれる時間が好きです。

自分で書いた文章を読み返すことで、
・客観的に物事を見返せる
・一度寝かせることで気持ちを整理できる
というのもすごく重要なポイントだと思っています。
感情的な自分と付き合っていくうえで、「書く」ことは私にとって欠かせないツールです。

「人に宛てる文章」へ

閉鎖的な毎日のなかで、何か新しいことを始めたい。
そう思ったときに、自分が携えていけるものが「書く」ことだった。

それまで自分のために使っていた「書く」というツールで、誰かのために言葉を届けていきたいと思い、始めたのがnoteです。

・自分の「書く」は、どこまで通用するんだろう?
・読み手のいる文章を書きたい。
そして
・とにかく、いろんなジャンルの文章を書きたい!!!
最後の一文に集約されると言えばそれまでなのですが…笑
こんな思いが自分のなかでふつふつと湧いてきたのがはじまり。

今まで挑戦したことのなかった世界へ足を踏み入れたからには、色々な方の文章や知識を吸収したい。
そして、
誰かの琴線に触れる文章たちを「書く」ことができるようになるといいな。

これから書きたいと思っている内容は、自己紹介で触れています。
もしお詳しい方がいれば、ぜひ、フォローお願いします◎

最後までお読みくださり、ありがとうございました!



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