トランペットの主管リバース機の歴史


はじめに


 ここ40年くらいで、ヤマハがトランペット界にもたらした偉業とは何だと思いますか?それは「主管リバース機の世界的普及」です。

 1960年代終わりからR.O. Schilkeによる全面的な監修のもとで始まったヤマハの管楽器製作(とりわけトランペット)は全世界に衝撃を与えました。堅実、堅牢、そして比較的安価な楽器たちはたちまち注目を集め、80年代半ばにYTR-8シリーズが発表されると、Bachと並ぶスタンダードとなりました。とりわけボビー・シューが監修した6310Zは、惜しまれつつも生産終了となりましたが、「Z Horn」の愛称で現在でも評判が衰えることがありません。

 ヤマハがリバース機を最初にYTR-B2Mを作り上げたのは、言うまでもなくSchilkeがそうさせたからであり、Schilkeもまた主管リバース管のトランペット製造をしていたからです。では、Schilkeが1956年に会社を立ち上げ、管楽器生産に乗り出したとき、どのようなモデルが当時の流行だったのでしょうか?Schilkeがリバース管に焦点を当てたきっかけは一体何だったのでしょうか?

主管リバースは主流ではなかった

 まず最初に、1950年代の各社の著名なモデルをさらっておきましょう。以下の通り。

Bach - Stradivarius (Bessonの影響下がまだまだ強かった頃です)
Benge - 3X (こちらもBessonの影響が強く、UMI吸収に遭うまでデザイン面の変更はあまりありませんでした)
Buescher - the 400 (詳細は後述)
Conn - Connstellation (ビッグベル・へビーウェイトの幕開けとなった機種。復刻版も含めると足掛け40年弱ラインアップに残り続けました)
Holton - Model 45 Deluxe, 48 Revelation (本国では有名ではありませんが、実はロングセラー)
King - Liberty, Super 20 (前者はドラマ『カムカムエヴリバディ』にて登場、有名になりました)
Olds - Recording (ピストンが指の位置に合わせてオフセットされているモデル。美しい)
Martin - Committee (詳細は後述)
Selmer - 19A (ルイ・アームストロングの愛機。バランスドモデルといえばこれ)
Reynolds - Professional (メジャーな機種ではないですが、独特な彫刻で知られています)

 さて、上にあげた12個機種のうち、「主管リバース機」はいくつあったでしょうか?答えは2つです。HoltonのModel 48、MartinのCommitteeだけ。他にもMartinはMagnaというリバース管のモデルも発売していましたが、それを加味してもたったの3つに留まります。あまりに少なすぎますね。

さて、1950年代以降に発売された主管リバース機はというと・・・

Yamaha - YTR-632, 634, 636, 637, 732, 734, 736, 737, 6310, 6320, 6340ST, 6310Z, 8310Z (これでもまだ一部)
Besson - 1000
Kanstul - 700 Seriesなど
Antoine Courtois - AC334
Conn - 52B, 80B
Bach - Commercial
Holton - ST-302 (MF Horn)
Schilke - B1, B2, B3, B4, B5, B6など
XO - 1602など
Jerome Callet - Symphonique, Jazz

と、ほぼ全モデルが主管リバースであるシルキーはさることながら、ヤマハがモデルチェンジを重ねてきたことでとんでもなく飽和しきった状態に。Kanstulの700シリーズ、Bessonの1000シリーズやYamahaのYTR-3335など、スチューデント機とよばれるものにも主管リバースを採用するなど、様々な形で変容しています。そして最近勢力を上げつつあるAdamsやVan Laarなどのあらゆるメーカーも含めると、たちまち書ききれなくなるほどに近年ではリバース機は身近な存在になっています。

 話を1950年代に戻しましょう。当時はMartinからCommittee、HoltonからModel 48、それ以外には主管リバースを採用したモデルは無いばかりか、今では当たり前となっている1・3番管リバースも、当時ではポピュラーとはいえませんでした。例として、OldsのRecording、KingのLibertyは、主管、1番管、3番管すべて中管(=通常)の構造となっており、またそれらは評判の高い機種であったこと、さらにはトランペットの設計がそもそも伝統的に中管を採用していたことから、各社もこれに合わせるような状態でした。1930年代、Bessonがトランペット界に影響を与えてきた以降は、BachやBengeが3番管をリバースにしたり、ConnがBessonのモデルを基にした2B(1番管、3番管がリバース。ちなみに後継機種は8B Gustat)を製作したりなど、抜き差し管リバースの動きは見られましたが、旧態依然の状況はずっと続いていました。

Committeeの存在


 では、既存のリバース管モデルが影響を与えるほどの力が無かったのでしょうか?いいえ、全くそんなことはありません。とりわけMartin Committeeは紹介するまでもないほどのもはや伝説級の機種であることと、何より「Committee」のその意味合いは知っておきたいところです。1930年代後半にMartinより製造の開始されたCommitteeは、数々のジャズの巨匠たちがこぞって使い始め、誰もがその暗くこもった、それでいて甘いサウンドにとりつかれ、マイルス・デイビスが死ぬまでCommitteeであったというのはもはや語る必要もない話です。彗星のごとく世に放たれたこのモデル、今でもインスパイアモデル(Adams『A9』など)が各社より出されるほどで、影響は計り知れません。

 そのCommittee=委員会に携わった人物のうちのその1人が、Schilkeでした。BachやBenge、ReynoldsにSchilke、そのほか当時先鋭のアーティスト達が新たなモデルの開発に携わったCommitteeでした。「委員会と称して実際にはデザイン面においてほぼシルキーが担当した」という噂もあるように、主管リバースというアイディアを持ち込んだのは言うまでもなくSchilkeであると私は思います。

余談:Buescher the 400


余談ですが、Martin Committeeに真っ向から対抗した、これまたトランペット史に強烈な爪痕を残したモデルがありました。それがBuescherのthe 400。これはCommitteeの特徴を真反対にしたもので、以下にあげると

軽い (1020gぐらい) ⇔ 重い (1200g弱)
1番管は中管 ⇔ 1番管はリバース
2番管は中管 ⇔ 2番管もリバース
3番管は中管 ⇔ 3番管はリバース
主管の配置が手前 ⇔ 主管の配置が奥
ベルクランツなし ⇔ ベルクランツあり
かなりシンプルな設計で、デザインもすっきりしている ⇔ バルブケーシング同士を半田直付け、更にはベルとマウスパイプもバルブケーシングに半田直付けという他に類を見ない設計。さらには全抜き差し管には共鳴用のリングが取り付けられている

・・・という、裏Committeeと呼んでも差し支えないほどにトンデモな機種で、実際海外では「Poor's Committee(貧乏人のためのコミッティ)」という異名を持ちます。特に2番管リバースって聞いたことありますか?私はこれとXOのモデル以外には知りません。どう考えても、the 400のほうが高級そうなのですが・・・?

 話をCommitteeに戻します。SchilkeはCommitteeに主管リバースというアイディアを持ち込み、それが見事ヒットするのですが、しかしこの突飛にも思えるアイディア、どこから引っ張ってきたのでしょうか?

HoltonとSchilke

 実は答えは既にこの記事内に書いてあります。何か一つ忘れていませんか?そう、HoltonのRevelationです。

 それは1920年代。A/B♭切り替えロッド付の機種や、芸術品といって差し支えない豪華な彫刻をあしたっら機種、さらには特異な形状のコルネットなんかを各社が発売していた、まさに管楽器生産の全盛期のころ。あらゆる革命を色んなメーカーが起こそうとしていました。その中でHoltonが1921年より製造を始めたのが、主管リバースを採用したRevelationモデルでした。当時の周囲からの評判は良かったとのことで、Revelationモデルは改良を重ねながら1950年代までラインナップに残るほどの大成功を収めます。そしてこの機種は、当時Holtonの楽団に在籍し、かつ楽器製造に見習いとして働いていたR. O. Schilkeの目に留まります。この出会いこそ、今に至る主管リバース普及の原点となります。

 では「チューニング管をリバースにしよう」というアイディアは最初にどこより来たのでしょうか?それはトランペットではなく、どうやらコルネットに焦点を当てるのが良いようです。それはRevelationモデルの出る前の話になります。

 1900年初頭は、トランペットよりもむしろコルネットのほうが地位があり、今ではほぼ無名となった数多くのメーカーが独自の技術でコルネットを製造しまくっていました。とにかく個性が爆発しており、ロータリー機構があるのは当たり前、配管が複雑怪奇なのも当たり前、何やっても自由といった風潮でした。その中で、C.G. Connより1910年ごろより発売されたNew Invention Circus Boreという機種。何と主管がリバース式になっているのです。コルネットの長い歴史を見ても、主管がリバースとなっているコルネットはそうそうないでしょう。当時の、各社のコルネットの競争状況から見て、他にはない要素を取り入れようと考えたのでしょう。実際、Connは「オペラグラス」と呼ばれる珍妙なチューニングシステムをのちに開発しています。また、コルネット製造で短期間ではありましたが活躍していたCouturier社からも、1918年辺りには主管リバースのトランペット、コルネットをラインナップに加えていました。

 New Invention Circus Boreは加えてリードパイプが「2」の形をしており、Holtonもこの形状をしたコルネットを製造しています。どちらが先かは定かではありませんが、とにかく「主管リバース」というアイディアはこの時点でHoltonが得たのではないかと思います。

おわりに

 
 HoltonのRevelation、日本では全く持って知名度はありません。しかし、もしあなたが主管リバースのトランペットを手にしたとき、そのルーツを一度思い出してください。そして、今に至るまでの長い年月に思いを馳せてみてください。

References

https://www.trumpet-history.com/Holton%20Models.pdf

https://cderksen.home.xs4all.nl/ConnLooksCornet.html

http://schilkemaniacs.web.fc2.com/BiographyandBackground.htm