日報 - 20210510 - “三日坊主の手持ち無沙汰”

さて三日目。三日坊主になるかならないか、運命の分かれ目。

今日も何か出来たかというとそうでもないかな、なんて思ったりしたり。少なからず作業はしたものの、横になっていることが多かったと思う。

私はいつ頃自覚したかはわからないが、手持ち無沙汰というものが非常に苦手だ。何かやっていないと気分が悪いというか、気持ちが落ち着かないというか、どうも虫の居所が悪いというか。

そのために何か焦るように作業をしたり、結果過集中を起こしてしまったり。どうしてもこれは慣れないし、全然改善する感じも起きない。まあ改善することもなく、死ぬまで性格として共にやっていくのだろうとは目に見えている。

鬱の症状が重かった頃、何も出来なかったとか、何かしたいのにできない、やる気が起きない、それだけで実に苦しかった。誰が言ったか、「家事が出来ていないことで人は死なないが、家事が出来ていないことを考えることで人は簡単に死ぬ」とか、「永遠に続く8月31日」とか。ニートであった期間も長かったし、その中で深い鬱に悩まされたことも長かった。今ではだいぶ精神的に落ち着いているが、つい一年くらい前までなかなか厳しかったと思う。

私が救われてしまったのは、ひとえに幸運があったからだと、そうとしか思えない。

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