トランジット中に起きた事件
日本を出立した時は、まさか "王家の竜" Draco excelsiorがタイで待ち受けているとは思わなんだ。流石はブータン、ドゥック・ユル(雷竜の国)を名乗るだけのことはある。
我々を乗せて飛び立った個体は白く、名をAlbusというそうだ。高貴さの象徴であり、光そのものとも言えるかも知れぬ。
タイのスワンナプーム空港からブータンの空の玄関口であるパロ空港までアテンドしてくれるそうだが、着陸が難しいことで名の知れた空港であるから、気の抜けない空の旅となりそうだ。
ミール・イン・ザ・乱気流
いつも思うのだけれど、こんな空の上で当たり前に食事にありつけるのは、なんと凄いことだろう。もちろん美味しければ嬉しいことこの上ないけれど、贅沢さを求める気には到底なれない。人それぞれだろうが、私は密かに珍しさや思い出になるような面白さを求めている。
だがこの時ばかりは、最早それどころではなかった。
早めに食べ終えて食後のコーヒーを受け取る者もいる中、我々を腹の中につめた雷竜が激しくうねる。うっかり膝に転げ落ちるマッシュルーム。2秒で拾い上げて口に放り込むも気が気ではない。
かっ込むようにして食事を終えたところで、トレーを回収して回っていたCAさん方が慌ただしく撤退していったかと思えば、どうやら後方の簡易の座席に収まりシートベルトで身体を固定したようだ。
座席に磔のまま、落ちてゆく感覚と浮遊感を同時に味わう。テーマパークで味わうスリルとは比べ物にならない臨場感だ。
これはもしかすると、本当にもしかするのではないだろうか。
コルカタでのトランジット
気がついた時には、経由地コルカタに居た。
どうやら放心していたらしく、目の前に取り残されていたはずの食事のトレーはいつの間にかなくなっていた。
コルカタでのトランジットは、搭乗者を待つ30分ほどの休憩だ。
ここからブータンまでそう遠くはないとはいえ、先ほどの揺れのこともあるから皆考えることは同じ。すでにトイレの前に出来上がっていた長蛇の列に、私もいそいそと加わった。
機内に出現した開かずの間
しかし2つあるトイレうちの1つは一向に空く気配がない。
先ほどの度重なる揺れが原因で気分の悪くなった人も居るのだろうと心配していたら、CAの一人がやってきて何か気づいたような顔で列を見渡した。「あら? まさか貴方達、みんなトイレ待ち?」
ブータン王国現王妃のようなキリッとした顔立ちに一同の視線が集まった。
皆で肯定の意を伝えようとウンウンと頷くと、あーゴメンゴメンといった風に開かずのトイレ個室へ向かってゆく……
と思いきや、真っ直ぐに使用中の個室へ向かい鍵を開けようとするので、並んでいたメンバーが慌てて止めに入った。
どうやら回収した食事のゴミ袋を一時的に片方の個室へ放り込んでいたらしい。おそらくは上空で一旦安定した間に怒涛の勢いで回収して周り、着陸に備えて大急ぎでまた着席したのだろう。
確かにあの局面では仕方あるまい。
なんとも波乱万丈な空の旅だったので、こちらとしては大変な仕事だなと思うけれど、豪快に、しかし優雅に、ゴミ袋を小さな空間から引き出した彼女は、「さっ空けたよ〜どうぞ〜」と極上の笑顔を振り撒きながら颯爽とそれを持ち去っていった。
妙な一体感の中、限られた時間で順に手洗いを済ませてゆく。トイレ前の行列が一気に解消されたことは言うまでもない。
そして彼女は雷竜の国より現れた救世主として、皆の心に刻まれた。
おまけの軽食
おかげさまで機内食が何だったのかすっかり忘れてしまったけれど、先ほどよりも安定したコルカタ〜パロ間のフライト中に軽食が出された。
サンドイッチらしきものとパウンドケーキとゼリーと豆菓子。山歩きのバックパックに放り込んでおけそうな食料たち。ひとまずゼリーとラップに包まれたサンドイッチだけ食べた。
程よく膨らんだ豆菓子の袋からこちらを見ている何とも言えないキャラクターが印象的だった。
現実と虚構を織り交ぜた創作紀行文を展開しておりますので悪しからず。
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