2018 お茶の水女子大学 文教育学部 人間社会科学科 後期日程 小論文 模範解答

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 人間はひとつの身体を持って生まれてくる。この点で人間は生まれながらに他者とは異なる分離された存在である。しかし同時に、人間は他者とのつながりのなかにあることを本質とする存在でもある。こうした分離的かつ関係的な人間のあり方を筆者は「根源的な矛盾」と呼ぶ。人間が自分を個人として形成していくとき、この矛盾が原動力となる。 
 その際、人間は言語を用いて自己形成をおこなう。音声言語は、自分の身体から隔たったところにある他者に対して発せられ、つねに誤解の可能性を帯びている。だから人間は、言語によって、自分と他者が身体のレベルだけでなく、意識や考えのレベルにおいても異なることを否応なく意識するようになる。こうして言語を介して、他者の意識とは別個のものとしての個人的意識が構成される。他方で、人間は他者から区別されると同時に、他者と関係しなければならないものとしても自分を捉え、他者との交流のなかで自己了解を蓄積していく。筆者によれば、このような言語を用いた活動が、単なる一個の身体を持つものとしての自分から、個人としての意識を持った存在へと変わっていく過程である。
 以上のような人間化の過程に対する筆者の考えについて、私は、言語が必須条件であるとは言えないと考える。筆者は、自己意識を持つ個人の成立には言語を介した他者との交流が不可欠だと述べるが、むしろ身体や感覚の水準における区別がより根源的である。たとえば幼児は、まだ言葉をうまく話せない段階から、近くにあるものを口に入れる傾向がある。そうして口に入れたものが苦いとか硬いといった場合、幼児はそれを口から出し、自分から遠ざける。ここには、自分とそれ以外という区別の萌芽が見られる。
また、幼児は1歳から2歳になるまでのあいだで、鏡に映った姿が自分であると分かるようになる。つまり、胸像を自分であると捉えることによって、自分の全体像が意識され、さまざまな身体感覚が統一されていく。ここに個人や自我の芽生えがある。こうした発達段階での自己認識こそ、人間が他者とは違う自分を意識するようになる過程にとって根本的であると考えられる。筆者が述べる言語による他者との隔ての明確な意識は、こうした根源的自己意識に基づいているように思われる。(933字)

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