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【第8回ポリガレ『飛ぶ教室』】そのナッジ、本当に効きますか?

2回目の投稿になりました!行動科学の研究者の端くれ、山本です(プロフィール)。

いつの間にか日本でも普及しつつあるナッジ。いまでは多くの種類のナッジが研究され、実証されてきました。しかし私のように、ナッジの表面上だけを見て、ナッジはすごい!と思ってあまり調べないで試してしまったら、お金も努力もつぎ込んだ実験や介入のやり直し・・・と涙を流すことになります。強力なナッジでも、失敗した例は取り上げられず、成功したものばかりが目に入ってくるので、上手く行かない場合もあるということを頭にいれるのはとても大事です。なので今回は、ちょっと踏み込んでナッジの奥深さと落とし穴について紹介したいと思います。

まずナッジと聞いてパッと思いつくのはデフォルトナッジではないでしょうか?有名な Johnson & Goldstein (2003) の臓器提供に関する論文は社会的にも大きな影響を与えました。この論文を知らない方のために内容を簡単に説明します。臓器提供に同意する人の割合が下の図のようにヨーロッパの国でかなり大きな差があります。

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図1:ヨーロッパの国々で臓器提供に同意した人の割合(黄色がオプトイン、青色がオプトアウトの国々)

この同意する割合が高い国と低い国の違いが、臓器提供に関する質問の違いだったのです。割合が低かった国々では、日本の仕組みと同じように、臓器提供をしないオプションがデフォルトで、臓器提供したい場合にそのオプションを選択するようになっていました(オプトイン)。一方、割合が高かった国々では、臓器提供をするオプションがデフォルトで、臓器提供をしたくなければそのオプションを選択しなくてはならず(オプトアウト)何もしなければ臓器提供に同意することなります。

これを最初に聞いたときは、衝撃でした。まさかそんな僅かな違いでこんなにも人の行動や選択が変わるなんて・・・と自分をナッジにさらに興味をもたせてくれた研究でした。私は数年前デフォルトナッジ最強!デフォルトナッジの研究なら間違いない!と短絡的に考え、感情が与えるナッジへの影響を調べた実験などをして、失敗します。なぜ失敗したのか・・・その有名な論文の前身である Johnson et al. (2002) の実験を見てみましょう。

この実験参加者は、健康に関するサーベイに答えます。回答終了後、もし将来似たようなサーベイがあったら連絡をしてほしいかどうか聞かれますが、この聞き方がオプトイン(Noがデフォルトで選択されている)、オプトアウト(Yesがデフォルトで選択されている)、ニュートラルの3種類あります。このうちどれかがランダムに参加者に質問されます。ニュートラルとは、どちらかの選択を選ばせる質問方法です。

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図2: オプションボタンでの質問で連絡をしてほしい(Yes)と答えた参加者の割合(Johnson et al. (2002) 一部修正)。

結果は、臓器提供と同じように、オプトインとオプトアウトに大きな差がありました。オプトアウトでは連絡をしてほしいと答えた参加者が30ポイント以上も高くなっています。一方注目したいのが、ニュートラルの質問。オプトアウトの割合とほとんど変わりません。質問は、ニュートラルの形式で聞くことも多いのではないでしょうか?よって、このような場合には、ニュートラルからオプトアウトに変えたところで、効果はほとんどないでしょう。そう、まさにここを見落としていて、私の実験と費やした時間は泡と消えてしまったのです・・・

この論文の違う実験も見てみましょう。先ほどのオプションボタンの質問もよく見かけますが、同意書を読んだかどうか、プライバシーに関する質問、商品にオプションを追加するかどうかなど・・・チェックボックスを使った質問もよく見ますね。ということで、Johnson et al. はこの形式でもオプトイン、オプトアウトを使って実験を行いました。オプトアウトのバージョンは「連絡してほしい」に既にチェックがされています。

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図3:チェックボックス形式の質問で連絡をしてほしい(☑)と答えた参加者の割合(Johnson et al. (2002) 一部修正)。

面白いことに、先ほどのオプションボタンの実験と比べて若干割合が違っています。チェックボックスのオプトアウトよりもオプションボタンでのオプトアウトの方が割合がかなり高いのは意外ではないでしょうか?チェックボックスを外すという行為は”No”と自ら表明するよりも心理的に楽なのかもしれませんね。

最後に、連絡をしないでほしいという否定的な質問に対してチェックがついているものとついていないもののパターンです。少々ややこしいですが、今度は「連絡しないでほしい」のところにチェックが既に入っているのがオプトインです。このチェックを外すことで、連絡してほしいという選択になります。

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図4:チェックボックス形式の否定的な質問で連絡をしてほしい(◻:チェックなし)と答えた参加者の割合(Johnson et al. (2002) 一部修正)。

なんと、連絡をしないでほしいかという否定的な質問でのオプトアウトバージョンの割合は驚異の95%越えです。改めて、デフォルトナッジの効果ってすごいなぁと思わされますよね。また、質問のフォーマットを変えるだけでも参加する割合がこれだけ変わるので、デフォルトナッジを実際に使うときにとても参考になります。

いかがだったでしょうか?私が紹介したのはこの2つの論文だけですが、まだまだ面白いデフォルトナッジの論文がたくさんあります。デフォルトナッジに関わらず、違う種類のナッジも表面上だけを見ていると、とんでもない見落としがあることに気づくこともあります。みなさんには、私のように失敗しないために、よく調べて奥深いナッジを楽しみながら、自らの実験や政策、普段の生活に活かしてみてください!

Reference 
Johnson, E. J., & Goldstein, D. (2003). Do defaults save lives? Science, 302(5649), 1338-9
Johnson, E. J., Bellman, S., & Lohse, G. L. (2002). Defaults, framing and privacy: Why opting in-opting out. Marketing letters, 13(1), 5-15.
『飛ぶ教室』は、ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの、知恵と勇気を題材にした児童文学小説です。
タイトルの『飛ぶ教室』は、小説内の戯曲の題名で、世界中を飛び回って現場から学ぶ、未来の理想の学校を描いています。
知恵と勇気を持って社会を変えようとする方のために、最先端で現場主義の学びの場を提供したいという想いを込めて、ポリガレの『飛ぶ教室』を開講します。

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