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木の芽時

春が近づくと、空気全体から発せられている香りに気付く。

わが身を包む不安な香り。

「木の芽時」という言葉がある。それは春の季語。

この場合の「春」は陰暦二月のことだから、今でいうなら2月から4月くらいの時期。

まさに春の訪れの時期だ。

ちなみに、長いこと「きのめどき」と読んでいた。正しくは「このめどき」のようだ。間違えてる人は多いんじゃないだろうか。

春は木の芽時なのだと考えれば、春の香りの正体は木の芽の芽吹く際に発する香りなのだろうか。

それとも、人知れず咲く木々の小さな花の自己主張なのか。

神前にお供えする「榊」という木があるけれど、葉の小さい種類の所謂「ヒサカキ」は、この時期が開花期であり独特の強い匂いを発する。

決して爽やかな香りではないけれど、人によっては少々癖になる香りでもある。

花の香りにもいろいろあるけれど、もしかしたらヒサカキの花の香りは、木の芽時の風を彩る香りの代表選手なのかも知れない。

冒頭で、春の香りを「不安な香り」と書いた。

ヒサカキほど匂ってしまえば、最早「何となく不安だ」などと言ってはいられないレベルだけれど、いつも感じる春の香りはさり気なく微妙に香る。

正体不明、出所不明の香りなのだ。

今年もそんな春が近付きつつある。

朝一番に庭に出ると、どこからともなく甘い香りが漂って来る。

間違いなく庭の草木のどれかから香っているのだけれど、時折鼻腔を掠める程度の仄かな香りの主は、今年も判らず仕舞いになりそうだ。

いつしか香りは町中に拡がり、どこに行っても包まれ続けるようになる。

今年もそんな不安な香り漂う日々が、すぐそこまで来ているのだな。