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この街でいまボクは #1 渋谷スクランブルスクエア

僕と渋谷、奇妙な再会

 ”渋谷”と言われたとき、どのような街を思い浮かべるだろうか。若者の街、ファッションの集積地、流行や文化の先進地―それぞれが持つイメージは微妙に異なりつつも、特に渋谷が生活圏にない人には概ね近いようなものになると思う。

 僕の地元は埼玉県川越市で、東京といえば東武東上線が向かう池袋という人間である。2008年に(その時には地元にはいなかったのだが)東京メトロ副都心線が開業したことで、川越でも「渋谷」という行き先を見かけるようになったが、縁遠い場所に変わりはなかった。中学3年生の時だっただろうか、東急東横線がギリギリ渋谷の街の景色にあった頃、初めて乗り換えで訪れた渋谷駅で右も左も分からなかったことだけが記憶に残っている。

 初めて渋谷を意識するようになったのは、地元から神奈川県の大学まで通うようになってから。湘南新宿ラインの車窓から渋谷の街並みをぼんやり眺めるだけだったはずが、大学に行く日が減り定期券を手放した後、割の良いアルバイトのためにいつの間にか渋谷に通っていた。
 東横線・副都心線の地下深くにあるホームに降り立って、どこにいるのか分からなくなりそうな通路を人の波に乗り、田園都市線・半蔵門線からハチ公口の方へ向かう人とぶつかりそうになりつつ、職場のある渋谷駅の西側―道玄坂の地上へ出ていく。これを繰り返す日々。渋谷で働きこそすれど遊ぶことはなかったので、当時は渋谷に対して典型的なイメージを持つに留まっていて、2018年に就職して静岡県沼津市に引っ越した僕は、もう渋谷との縁もないだろうと思っていた。

 しかし、世の中というのは不思議なことが往々にしてあるもので。TVアニメをはじめとしたメディアミックスプロジェクト・ラブライブ!シリーズをライフワークとしていた僕の前に、突如として渋谷の街が現れたのである。今回はコンテンツの話ではないので詳細は省くが、奇妙な再会を果たした僕は2021年に再び渋谷の地を踏み、そしていまこの街を改めて見つめることになっている。

谷底にそびえる最高峰

 前置きが長くなったがここから本題。渋谷の街を語るには僕の経験はまだまだ足りないので、今回は渋谷駅前に建つ渋谷の最高峰・渋谷スクランブルスクエアからこの街を見つめてみたい。街について語る企画の初回で施設を題材にするのも妙な話だが、ここはひとつお付き合いいただけると幸いである。

 渋谷スクランブルスクエアは、渋谷の再開発の一環として2019年に開業した複合施設。主に地下2階から14階までは商業施設、15階から45階はオフィス等、そして46階と屋上は展望施設という構成になっている。15階から45階については縁がなく触れられないことはご容赦いただきたい。
 Googleストリートビューを見る限り、2017年には工事中ながら姿を現し始めていたのだが、先述したように渋谷駅の西側にばかり向かっていた僕は、恥ずかしながら2021年までこの施設の存在を知らず、久しぶりの渋谷の地上から見上げる高さ229mのビルに圧倒されるばかりだった。

 渋谷スクランブルスクエアは渋谷駅と直結していて、京王井の頭線の渋谷駅が位置する西側の渋谷マークシティや、同じく渋谷駅東側の複合施設・渋谷ヒカリエ、南側の渋谷ストリームとも地上を通ることなく行き来できるなど、渋谷の街の新たな中心地だ。東急線・地下鉄とつながる地下2階からJR線・東京メトロ銀座線の改札がある3階まで、すべてのフロアから出入りができるのには驚かされる。
 渋谷駅南側から地上に現れる暗渠の渋谷川を中心として、西の道玄坂と東の宮益坂に挟まれていることから分かるように、渋谷という街は読んで字の如く谷の街だ。人間による開発は渋谷の地上に道路を、そしてその上に鉄道を敷き、さらには地下にも鉄道を通した。その全てとつながる渋谷スクランブルスクエアは、横にも縦にも複雑につながる「スクランブル交差点」なのだということを実感させられる。

現代の商業施設のカタチ

 駅に直結するとなると、まず思い浮かべるのはいわゆる「駅ビル」だろう。渋谷スクランブルスクエアもその例に漏れず、副都心の一大ターミナルである渋谷駅を利用する人たちが買い物を楽しむ姿は絶えない。しかし僕は、商業施設部分は単なる「駅ビル」ではなく、新しい形の「百貨店」のようなものだと思っている。
 百貨店というと入り口のある1階から低層階は婦人向け商品、上に昇るにつれ紳士向け商品やファミリー関連のものになっていくのが一般的だ。同じく駅直結の百貨店がある、池袋や新宿を思い浮かべてもらうと分かりやすいだろう。百貨店に入ってまずあるものといえば化粧品売り場を連想する人が多数派だと思う。
 しかし渋谷スクランブルスクエアの場合は、1階はスイーツを中心とした食品売場、2階から5階にファッション関連、6階でようやく百貨店の定番である美容関係―という具合だ。百貨店らしくない作りのように見えるが、地下2階の東急フードショーエッジの直球なデパ地下感や、12階・13階のレストランの品の良さ、若者の街にしては並ぶ専門店がハイランクな価格帯であることから、百貨店という言葉が似合っているという印象を受けた。渋谷の再開発には東急が大きく関わっており、その流れでバトンを受け取った東急百貨店東横店のDNAを受け継いでいるのだろう。

 まだ一応若者に含まれそうな僕自身も含め、若い世代が百貨店に行くことは少ないと思う。地元の川越にも丸広という百貨店があるのだが、家族抜きで買い物や食事をすることは当然なかった。
 しかし、そんな百貨店に近いと感じた渋谷スクランブルスクエアには、先述したように商品の価格帯が高いにもかかわらず、若者の姿も多いのが印象的だった。立地によるところも当然あるだろうが、それ以上に施設で過ごす時間に付加価値が大きいのが要因ではないだろうか。
 若者にも馴染みの深いテナントが入っているだけでなく、ゆったりと過ごせるカフェが様々なフロアに散らばっていたり、中層階からでも展望が楽しめたりと、あまり買い物をしない僕にとっても「見て回る楽しさ」が感じられた。そこが電車で街に出るついでに寄る駅ビルと違う点で、買い物以外の過ごし方が充実していて施設自体が目当てになるのはショッピングモールのようでもある。だからこそ様々な年齢層の客が訪れる「スクランブル交差点」なのだと思う。
 百貨店といえば商業施設の代表格だが、「買い物をしたいから施設に行こう」ではなく、「この施設で時間をかけて過ごしたい」と思えることこそが、苦境に立たされている百貨店に求められている新しい姿なのかもしれない。"モノ"だけでなく"トキ"を扱うことに、昔から街の目玉であり目的地である「百貨店」が「百貨店」であり続けるためのヒントがあるように感じた。

渋谷の「いま」を感じる

 低層住宅から高層ビルまで、数多の建造物が建ち並ぶ世界有数の都市・東京。そんな東京で一面に広がる空を見られる場所は滅多にない。渋谷スクランブルスクエアの46階と屋上に位置するSHIBUYA SKYは、ただ単に渋谷そして東京の街の景色を楽しむ施設ではなく、「空と繋がり」「街を感じる」ことができる場所だ。高さ229mを超える展望台は東京にもいくつかあるが、窓ガラスだけに仕切られた屋上の端まで入れる、オープンエアの空間はここだけだろう。街の眺望、空気、音―その全てに触れることのできる感動は計り知れない。ヘリポートの人工芝やハンモックで仰向けになり、街を感じながら青空だけを見つめる時間は特別だ。
 それだけに非常に人気のある施設で、渋谷の街に出てきた若者から、東京に遊びにきた訪問者、そして海外からの旅行客と、様々な客で賑わうことも多い。混雑している時は街の音より多様な言葉の方がよっぽど聞こえてしまうが、その時間もまた渋谷の街を感じていることに他ならない。再開発により少しずつ姿を変えてきた今日の渋谷の街は、単なる若者の街というイメージを超え、多様な人が「スクランブル交差点」のように交わり、浅草や京都のように日本の代表的な街になったことの証左なのだから。

 2023年の元旦、僕は初日の出を見るためにこの場所にいた。朝6時前、まだ暗いうちに昇った屋上で聞いた街の音が忘れられない。未明にこの場所に入ることは普段はできないので、日も昇らないうちの渋谷の街の音を聞いたのは初めてだ。いつもは身を冷やす風も穏やかだったその時、渋谷の街にあったのは静寂だった。
 日々夜まで賑わい、年越しのような特別なときにはそれが際立つ渋谷の街。地上ではまだ楽しく過ごしていた人もいたのかもしれない。ただ、地上229mにいる僕が聞いたのは、まごうことなき「渋谷という街の静寂」だった。歩くのが億劫になるくらい人の絶えない、常に変化を続けるこの街にも眠っている時間があるのだと気がつき、それなりの頻度で訪れる渋谷にも知らないことがまだあることに息を呑むような気持ちをおぼえた。

 初日の出の後には近くにある金王八幡宮の神主を招き、新春祈願が執り行われた。雲ひとつない澄み切った空に昇った太陽と静かな祈願の時間に、かつてなく心が洗われるような気分だった。渋谷の中心でこんな体験をするとは数年前には思ってもみなかったし、そもそも可能だとすら絶対に思わなかったことだ。
 渋谷駅の近くでありながらも、原宿や青山の方面に向かうと落ち着いたエリアが存在し、僕が足繁く通う穏田神社など心静かに過ごせる場所も少なくない。恵比寿の方には以前利用して気に入った改良湯という銭湯まであり、渋谷という街は―どこまでを渋谷の街と捉えるかによっても変わりそうだが―想像もつかないほど豊かな場所だと感じた。再会前は僕には合わないとばかり思っていたはずが、知れば知るほど徐々に惹かれてしまうのが、渋谷という街の不思議な魅力なのかもしれない。

変わりゆく街を見つめて

 渋谷の街は現在、100年に一度と言われる大規模な再開発が進められている最中だ。”渋谷スクランブルスクエア”といえば渋谷駅東側に建つ高さ229mのビルを指すが、それも2027年には”東棟”という「一部」になる。JR渋谷駅直上には”中央棟”、そして西側の東急百貨店東横店跡地には”西棟”が建つという。湘南新宿ラインの車窓から毎日眺めていた宮下公園は様変わりし、JR渋谷駅では80年以上使われた1番線・山手線外回りホームが役目を終えるなど、この街の姿は日々変わっていく。
 街歩きを趣味とする者として、渋谷に限らず常に感じていることに、「街は生き物」という言葉がある。街を構成するのは突き詰めると人間であり、人間の営みによって建物や店が生まれ(あるいは消え)、それが街という大きな塊を作り機能していく。無数の細胞が組み合わさって生物を構成し動かしていくのと同じなのだ。そしてその活動は日々同じように見えて少しずつ変化し、時に思いがけないようなことも起きる。
 SHIBUYA SKYから関東平野を一望した時、目の前に広がる生き物たちの途方もない活動にただただ圧倒された。そして足元の渋谷という生き物が動いた先には何が待っているのか、首都圏を離れた遠巻きの人間ながらも、僕は期待の方を大きく感じている。

 渋谷の街に立つ最高峰・渋谷スクランブルスクエア。様々な人が行き交い動かしているこの施設自体もまた、ひとつの街のように生き物であると思う。谷底から高みへと手を伸ばす人間の力強さは、これからこの街で何を生み出していくのだろうか。この新しい「スクランブル交差点」に足を踏み出した時、その景色が垣間見えるのかもしれない。

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